拝啓、愛しい人。
拝啓、愛しい人。どうしていますか。
私は、送り先を見失う、いっそ迷い子のような心持ちでペンに指先を引っ掛けています。私なんぞの指でも容易に絡みしなだれ掛かるさまです。
幼きころ頬に熱を孕ませながらおずおずと差し出した私の手と、それを確かと寄り添わせ絡ませてくれた貴方の手を指先を思い出してやみません。幼くとも、貴方の指先はペンなどより遥かにしっかりとしていたのに、です。
もしかしたら、ついこの間に烏瓜を流すあの川の岸ですぅと軽く、しらしらと輝くお月様にかざしてみせますと青白く浮かび上がるその尊きものを拾い上げた為かもしれません。それは、こうして綴っている私のもう片手の中に在ります、握ったそこに。ちくりと手の肉を刺しながら、今も青白く光っていることでしょう。
貴方と共に迎えることができぬケンタウル祭が幾度繰り返されたでしょうか。熱の為に許されなかったあの夜のことを、幾度も私は思い出します。泣きながら貴方を送り出したその夜のことです、もし時間を巻き戻すことができたならと咽び泣いてやまない、夜のことです。
きっと貴方は知らないでしょう、甚だ貴方であっても信じられないことですから。私は、あの夜、銀河の夜の夢をみたのです。或いはそれは夢など、そういった言葉で言い表してよいものかも分かりません。
貴方と、仲良き友が銀河を駆け行く列車に揺られていたのを私は見ていました。その時、あんなにも苦しく熱に浮かされていた私の体は水素よりも軽いように、それはもう何処までも着いて行けるという心持ちで軽々でした。私はその列車に並ぶようにしていました、竜胆の花だって見送っていたのです。
河原のことを貴方は覚えていますか、うちに燃ゆるものを抱いた水晶が水底に横たうその河原のことです。貴方の指の腹同士がきしきしとさせて、その些細な潮騒のような音は私の鼓膜をやわく震えさせていました。貴方が燃ゆる炎に眼差しを寄せている時、私もまた、凸レンズのそれになったような気持ちで水晶の中でちらちらとする炎を感じていたのです。
あの後に眼差しいっぱいに広がった桔梗色の空はいっそ、その後の私の胸の内の色合いだったのかもしれません。そらいっぱいの鷺が降り注いだのはそんな私を叱咤するお偉い方のお言葉だったのかもしれません。
六つばかりの男の子に、せいの高い青年、そして十二ばかりの女の子。その女の子が貴方の隣に座っていることが、あの時の私の心臓を酷くざわつかせてやみませんでした。私のまなこは貴方を映せていたのに、貴方のまなこはひとっつも私を映してくれやしなかったでしょう。それが、私、かなしかった。
あの夜、私は銀河のお星さまと追いかけっこをしました。追いかけたり、追い抜いたり、星は弾けてさらさらとして砂糖菓子のようでした。お星さまは舌に乗せると甘いのでしょうか。こんなことを尋ねると、貴方はきっと私を笑いますね。流れ星を拾いたいと言った私を見ていたその頬の形で。
私のために流れ星をとってこようといった貴方が、ずっとずっと、私の心臓をしめつけています。さいわいも流れ星も、私は今でも、そればかりが得たいわけではないのです。私こそがただ、貴方のさいわいを願ってやみませんでした。
愛しい貴方、ついこの間、私は貴方の夢をみました。生徒たちに付き添ったケンタウル祭、烏瓜がしずしずと流れる川辺で、星に眩むように眠りに落ちていました。こう綴っては、貴方を不安にさせるかもしれません。
貴方を失ったその夜は私はただみているばかりだった、けれどもその列車の腰掛にほんとに座って、降ろした手の平は天鵞絨のさわりも確かに感じていました。ぼんやりとして、おぼろげだった私。優しげな声をかけ、顔先を覗かせた青年。その時は、貴方だと本当に気づいていたわけではなかったかもしれません。だって、かんばせは美しく優しく、そうして強かで、歳を重ねていましたから。少しだけ、意地悪な言い方をしてしまったでしょうか。唇にはしませんでしたけど、それでも、貴方の面影は確かにあって、だから私はそのがたごと揺れる列車が向かうところを勘違いしてしまったんです。勘違いでなくてもよかった、そういうとやはり、貴方を困らせてしまいますね。
あの河原で私を突然に抱き上げ、じゃぶじゃぶと水を掻き分けた貴方のことを思うと、感情がその掻き分けられた河のようになっていけません。貴方の片足が蹴り上げ、大小さまざまな水の珠がそれはもう美しく弾けたでしょう。もしかしたら、その小さかったり大きかったりの水の鏡の中に、私は貴方との思い出をみていたのかもしれません。或いは、未来です。在りはしないとしても。
がたごと揺れる列車、本当に、一緒に何処までも行けたらよかった。
貴方が差し出し、此の唇を寄り添わせ、そうしてしゃりりとやった苹果。私はあれ以上に此の喉を切なく降りていくものを今も存じません。もしかしたらあれこそが貴方の献身の化身であるかもしれないと思うと、喉は切なく狂おしく締めつけられて、息がしづらくて仕方のないことですが、貴方の見守るどこまでも優しい眼差しを思い出して、ようやく呼吸ができるような思いです。
星巡りのお終いを覚えていますか。いえ、私のみた夢ですから、このようなたずね方は貴方を困らせてしまうかも。
私、死んでしまっていたならよかった。
本当に、貴方を困らせてばかりいた私です。でもその時、その儘に貴方といっしょにいきたかった。今でも私のいちばんのさいわいには貴方がいなければなんにひとつもありませんと言ったのは、どこまでも本当のことです。本当の。
私たち、そうして幼きころに戻ったでしょう。少女は泣いて、少年を困らせて。
あの時、貴方は約束してくれたでしょう。私がもっと生きて、さいわいをみつけた時に迎えにきてくれると。そうして今度こそ、いっしょに流れ星を探しに行こうって。その約束だけを胸に、私、生きていける。
もしかしたら、所々滲んでうまく読めなくなっているかもしれません。もしかしたら、よく読めない方が好いのかもしれません。
最後に、意地悪を言っていいかしら。星は今夜も綺麗です、私が口にした折貴方も続けて嗚呼綺麗だと言った通りに。私が、貴方は星を見ながら言ってないって言ったら、貴方は私が好きだからだと言いましたね。その時の私の涙はいっそ、天の河に成ったのですけれど。今も、この先も、ずっとずっと、貴方が迎えにきてくれるその時も、そうして何処までもずっと、私の幸いは貴方です。
愛しい人、貴方の、そんな思い出が今でも心臓を刺してやみません、カムパネルラさん。