それはとある日中、外では太陽がどんなに眩しく降り注いでいたとしても関係ないとばかりに薄暗く、何処となく冷たい雰囲気を纏うイグニハイド寮でのこと。或いは監督生、彼女が目撃してしまったこと。
 イグニハイド寮にそうして彼らにどのような用があったかは必要事項ではない為に割愛し場面はそう、少しだけ部屋の中を覗かせるように開いた扉、その前に立ち尽くしてしまった監督生とその部屋の持ち主の。
 身体を緊張させ唇を引き結ぶ監督生の姿に、部屋の中から盛れるブルーライトの一線が描かれていた。それはちょうど、彼女の驚きに引き締まった瞳孔を分断するかのようであった。
 監督生の眼差しの先、空中展開のモニターの青光りにしらしらと濡れているのはイデアとそうしてオルトの姿であった。監督生が立ち尽くしたその扉、その部屋は確かに彼らのものであるからそこに彼らの姿があって何を驚くことだろうか。もちろん、彼女から幾らか時間を奪ったのはそのようなことではなく。
 分断された瞳孔はそれでも、景色を分断することも行為を遮ることもなかった。
 イデアはオルトに口付けていた。
 唇は頬に寄せられたものではない、蒼の彩りを載せたイデアの唇はオルトの口元を覆うギアに触れていた。それだけならまだ、家族間のものであると監督生も思えただろう。その後に、排出される気体さえ愛しいばかりとあまりに近しい位置で呼吸し、ちろりと覗いたその赤い舌先が、ギア口部の細長い溝をなぞりさえしなければ。
 鬱屈として飛行術の授業を受けるイデアや、その近くでふよふよと浮遊しながら健気に兄を応援しているオルト、その姿を魔法史の授業中窓辺から見下ろしていたことが思い出されて、今の眼差しの先にある景色との空気の異なりに、監督生の耳の裏では彼女自身の血潮が酷くうるさいようであった。
 禁忌的な光景を前に、彼女の心臓は酷く生き急いでいるように鼓動を打っていた。
 時間やいろいろを失っていた監督生を我に帰らせたのは、瞳孔と瞳孔部の向くところが一致したからだろうか。
 伏したイデアの眼からオルトの眼は此方を、監督生を捉えた。そのような、気がした。それは監督生の心臓と肩を跳ね上がらせるような思いだ。叱責を受ける、そのような思いは用件を忘れさせ、彼女に踵を返させた。
 そんな、出来事があった。



 とある出来事の衝撃も経つ日数の為に監督生の中で薄らいでいた、或いはもしかしたら自身は何か見間違いをしていたのではないかと、時間は思わせてくる。それだから、一年生と三年生の合同授業、錬金術のそれでイデアとペアを組んだとしても胸中は落ち着いていたのだろう。
 この落ち着き払った監督生の心臓がまた忙しなくなるのは授業開始からそう遅くもなかった。それは何も、あの日に関する何かがあったわけではない。単にイデアに魔法薬をぶっかけてしまったからだ。
「うっ、うわぁ?! すみませんっ! っ火傷、火傷とかしてないですか?!」
 全身ずぶ濡れ、ではないが腕や所々の布地をショッピングピンクにまだらに染めた先輩の姿というものはそれはもう後輩の心臓を飛び上らせたことだろう。意図せず大釜に飛び込ませてしまった魔法生物のミイラのように、いっそ自身も大釜に飛び込んでしまいたいと監督生は思ったことだ。
「これ、ミイラ違い。咽び泣いてる顔じゃなくて阿鼻叫喚顔の方だから……ふひ、今日の受け持ちがクルーウェルじゃなくて助かったね。しこたま怒られる間違いだよ、これ」
 監督生とは裏腹に、イデアはそう言いながら魔法薬に溺れたミイラを取り出しただけであった。もちろん、それでも監督生は謝罪を繰り返していたが。
 さて前半にそのような事がありながらも授業は終わる。ベルが鳴るや否や監督生の謝罪の声はまたと響いた。
「お詫びにならないかもですけどお昼奢らせてください!」
「あー…………、うん」
 午前中最後の授業であった為にそう言い出した監督生に、イデアは少しだけ顔先と眼差しを逸らしながら何処かうつろに頷いたようだった。
 頷いたものの、二人の姿というのは食堂を通り過ぎる。道中段々と早足になったイデアの背中を監督生は必死に着いて行った。やはり怒らせてしまったのだと、びくびくしながら。
 未だに校舎の全貌を把握していない監督生にしてみたらだいぶ奥まったところまで来ただろうか。
「あっ、あの、イデア先輩……」
 声がかけづらいとしても、さすがに困惑が重く重なり、声と共にイデアへと手を伸ばした。その手は彼の服を掴むことなく宙を掻いたが。
 振り返ったイデアに、監督生の腕は掴まれたようだった。少しばかり強い力で掴まれたそれに何を言おうとしていたかの定かではなかったが彼女の唇が閉じられる。
 監督生は、室内に押し込まれたようだった。
「えっ、イデア先輩、此処は……?」
「空き教室、もうずいぶんと使われてない」
「空き、教室……」
 確かにそこは教室だった、監督生にとってもオーソドックスに感じる。普段魔法史の授業を受けているそこが大学のものであるとして、その空間は小学生や中学生、高校生が勉学に励むその空間であった。少しだけ、帰るべき場所を思って監督生は唇をきゅっとひき結んだ。
「道先で察したかも知れないけど生徒も教職員もそうそう来ない。来たとしても扉を溶接したから開かない」
「えっ、ようせつ……?」
「別に難しいことではないですからなあ、スキル発動! なぁんて、することでもなんでもないってこと」
 監督生が向けた眼差しの先で、イデアはその眉根を少しだけ寄せていた。その表情は僅かに険しいものに見え、監督生は恐々としてしまう。
「やっぱり、イデア先輩、怒って、」
「怒ってない、でも拙者がこんなになっちゃってるのは君の所為であってるからちゃんと責任とって。ほら、早く」
 監督生の手首を掴んでいた手が少し降り、指先が指先に被さる。そうしてからイデアが彼自身と自分の手をとある箇所へ導くのを監督生は視線で追っていた。その手の平が、彼のまたぐらに押しつけられるまでの数秒。或いはその装い越しでも確かに感じる熱や張りの反発、硬くなっているその物体がどういうことか理解できるまでの数秒。
 弾けるように手を払ったそれで監督生の手はイデアの手から逃れた。彼女は瞬間で熱を上げた頬や詰まる喉で何かを言おうとして、できないでいた。
「あっぶないな……優しくしてくれないと困るよ」
「だって、なんっ、で、なにして……!」
「初心な反応〜! 分かる、オツなものですな……」
 一度逃げた監督生の腕を再度捕まえたイデアは、引き寄せるようにして薬の染みた腕の部分を監督生の唇へと押しつけた。押しつけられたことで染みていた液体の僅かが彼女の肌を滴ったようであった。
「分かる? 分かるかな? 媚薬なんてファンタジーなもの存在しないって思ってた? はい残念! イデア・シュラウドのステータスに催淫が効果を表しました! 調合ミスでこんなもの作って挙げ句の果てに拙者にぶっかけるとか、もしかして狙ってやった? いや監督生氏がそんなことできる子だとは思っていませんけど兎も角、僕をこんなにもいきり勃たせておいて言い逃れなんてさせないからな……」
 パッと腕を離したイデア、それに監督生は後退しようとした。けれど首の裏や腰のあたりをイデアの手が捕らえる方があまりにも早かった。
 最初のそれはぶつかるようであった、唇と唇が衝突した、そのような。
 イデアが僅かに「ぅ」と呻いたのが、唇同士の衝突の為かそれとも、勢い良く引き寄せられた為に同じようにぶつかった互いの体の為か分からなかった。分かるはずもなかった、まさか、イデアにキスされるなど思ってもいなかったのだから。
 一度目のそれから徐々に力を抜くようにして口付けは何度も繰り返された、その合間に監督生が戸惑いの声や吐息を漏らそうと何度も、何度も。
 腰の辺りを掴んでいたイデアの手が、微かにそこを撫でさすった。
「イデアせんぱっ、っ!」
 流石に声をよりと上げた監督生だったが、むしろその唇の開きがイデアには好都合だった。彼女の口腔内にするりと滑り込むようにして、彼の舌が潜り込んだのだから。
 他人の舌のざらつきを、監督生は初めて知った。それにイデアの舌が普通よりも長いであろうことも察した。それが自身の舌を、逃げても逃げても追い縋るかのように執拗に、撫でてくる。
 二人の口腔内はより熱を帯びていくようだった。
 舌で舌を撫でてみたり、少し抜け出て唇で唇を食んでみたり。その合間にもイデアの手は監督生を捕らえそうして、彼女の体をまさぐった。制服の上から胸を鷲掴まれたことに、アッと言うように唇をぽかりと開けた。それすらもイデアの唇に覆い被られたことだが。
 力加減を知らないような手のなかでぐにぐにと監督生の胸は形を変えた、衣擦れの音がする、それどころではなかった。口付けるそこかまさぐられる体か揉みしだかれる胸か、どこが一番に気持ちがいいか彼女には分からなかった。そもそも、意識を朦朧とさせ始めていた。奪われていく酸素の為かそれとも。
 がくりと、少しだけ監督生の膝が崩れた。腰が砕けたという状態だ、唇を合わせたままでそれを観察したイデアがそのままに軽く鳴らした指先。僅かにがちゃがちゃとした音、放置されていたが故にまばらに乱雑と並んでいた机の幾つかがくっ付き、スペースを作っていた。
 離れた唇、どちらとも分からぬ唾液がぬらりと唇で濡れ光る。
「よいしょ、……ふひひ、好い眺め」
 背中の裏や腰の骨のあたりを掴んだイデアの手、監督生はそれをぼんやりとは感じていた。意識は曖昧、だから机の上に寝かされたことに抵抗できなかったのだろう。
 監督生の太腿を割り開き、その間に自身の体を捻じ込み、イデアは彼女の姿を見下ろす。その眼は獣ようにぎらついていた。
 イデアの右手は監督生の制服の上着を捲り上げた。さすがにそれにはぼんやりとしていた彼女も驚き、机の上で身動ぎ逃げようとしたようだ。けれど、装い越しであろうと太腿の肉に埋まってやるというように力を込めたイデアのその指先の非難や叱咤に制止も逃亡もかなわない。
 困惑の、熱のこもった吐息を零す監督生をよそにイデアの手や唇は好き勝手し始めたようであった。いまさらなことではあったが。
 下腹を撫でさすったり、指の腹を意味ありげに皮膚に押し込んでみたり。忙ついた手で中途半端に押し退けたブラジャーから姿を表した乳房そのものへと唇を押しつけて、その肉を唇で食んだ。肋の骨を辿るように尖らせた舌先で舐めたりもした。
 はぁはぁと零される吐息さえいっそ、愛撫のようであった。監督生の体をまさぐるそのさなか、自身とて堪えられないとばかりに時々服越しに自分のまたぐらをこすっていたようだった。
「ぁあ〜すっごい興奮する……、はっ、もう、無理。無理に決まってる。君だってそうだろ? そうに決まってる……」
 そう言われながら制服の下を剥ぎ取られた監督生は、外気に撫でられた脚でとろけていた脳を少しばかりしゃんとさせたらしかった。
 後ろ手を突きながら上半身を急いで起こし、何も隠せてはいないがもう片手をその胸元に寄せる。少しをイデアから距離を取り、腿を寄せるようにして、抵抗の姿をみせていた。
「だっ、だめです、だめです……!」
 だめです、と同じことを繰り返すことしかできないでいるのでは効果など無いに等しい。それどころか、紅潮した頬にわずかな涙を浮かばせた眼差し、ちらちら見える下乳や挟まれた腿の合間の下着、そのどれもがイデアの劣情をよりいっそう募らせた。
「だいじょうぶ、だいじょうぶだから……監督生氏、ね? いっしょに気持ちよくなっちゃおうよ……、だいじょうぶ、やさしくするって……」
 取ったはずの距離はむしろ、先ほどよりも近しいものになった。イデアの彼女を引き寄せる、強引ばかりである手で。
 イデアの指先は彼女の下腹部をつつぅと撫で下ろし、そうして下着の淵に引っ掛かり――。
「っ好きな子がいるくせに!」
 空気を弾くように、或いはイデアの横っ面をはたくように監督生は声を上げた。
「…………は?」
 その内容を噛み砕くことにイデアは時間を要した。音を零したこの瞬間は、まだ噛み砕けていなかったことだが。
「あっ、の、だめです、しってます、イデア先輩が好きな、子」
「ほぉん? えっ、じゃあやっぱり何も問題がないですな。何をそんな、」
「オルトくんがっ! 悲しみます!」
「えっ、なんでオルト……」
「浮気は、いけないことだと、思います……!」
「…………えっ」
「っ、私、べつに、誰かに言いふらしたりなんかしませんから! 誰が誰をどのような形で愛そうと、その、悪いことでは、ないと思います……!」
「いやいやいやいや、ちょい待ち、まさか、いやまさか? そのような感じで何か勘違いしていらっしゃる? あ、そういえば、あの時、オルトが人物の存在を感知していたような……。まあ何にせよ、監督生氏、これ以上拙者を焦らすのはおやめくだされ」
 にやぁと笑み、今度こそと指先は下着の淵に――。
 轟音、今度はそれがイデアの指先を止めたらしかった。
「兄さん! 此処にいたんだ、見つからなかったから衛星に繋いじゃった! あっ、監督生さんもいるんだね!」
 溶接されていた扉が開閉された音というのは、ものすごいものであった。その音を生み出し共にした少年の声音との対比のようだ。
 空き教室に姿を現したのはオルトであった。彼のその存在に、向けられた眼差しに監督生は酷く焦った。より四肢を自身へと引き寄せるようにしながら、そうして彼女の脳裏にはあのとある日の光景が思い出されていた。
 監督生のそんな様子を知ってか知らずか、イデアは少しだけただ困った子を見るような顔つきでオルトを見ていた。まるでこのような状況になんにひとつの焦りも感じていないような。
「オルト、もう一度溶接しといてくれる? 兄ちゃんはさっきの音のこともあるから防音やら人避けの魔法かけておくから」
「うん分かった!」
 オルトの手によって溶接される扉から飛び散る火の粉の煌めきはいっそ監督生に目眩にも似たものを起こさせそうであった。
「よし、じゃ、再開しよっか」
 腰骨を掴んで引き寄せたイデアに、監督生は体勢を崩しながら驚愕と声を上げる。
「まっ?! なんでっ、お、オルトくんがっ、オルトくんがいますっ!」
「えっ? あっ、うん。オルトがいるね」
「うん、いるよ!」
「なっ、なんでそんな、オルトくんも何で何も……!」
「そんなに数値を乱してどうしたの? 何か知りたいことでもあるなら何でも言って、検索してあげるから!」
「ちがっ……!」
 あまりにも平時と変わらぬ兄弟のその様子に監督生は酷く困惑した。
「オルト、おいで」
「僕もまざっていいの?」
「もちろん」
「やったぁ! 少しだけずるいと思ってたんだ、二人だけで楽しそうなことしてるの」
 オルトを手招いたイデアのそれも、片手を口元に寄せて嬉しそうにするオルトのそれも、彼女には信じられないことだった。
「い、であ先輩……っ!」
 どうして、と監督生は問いたかったらしい。その言葉は遮られてしまったが。
 イデアの舌は、まるでそれ自体が交尾する蛇のようだ。執拗に絡みつき蠢くそれは監督生の強張る体から力を取り払っていく。それは決して、安堵の為ではなかった。彼女は再びなす術なく、卓上にその背中を預けることとなった。
 じゅるじゅるという下品な唾液の音、その合間にオルトの反重力装置の出力に伴う音が近づいてきたことに監督生は酷く感情を乱した。
 監督生の気持ちも知らずに、イデアと彼女との混じった唾液が合わさった唇から溢れて、輪郭を流れて机を汚していた。
「そろそろお口チャックですぞ〜と、後から失礼、ひひっ」
 少しの酸欠に伴い瞼は開いていたとしても景色は確かとしない。それでも、イデアとオルト、その兄弟が確かに自身を覗き込んでいることは彼女でも確かと分かった。
「さ、お楽しみは続きますな」
「つ、づき……?」
「セックス」
 わざと言い聞かせるように言ったイデアに、監督生は目を見開いた。その瞳孔の驚きや焦りはオルトを見ていたようだ。
「なにを、いって……!」
 オルトくんがいるのに。その声量は果てしなく小さい、けれどオルトであるからどれほどに声量が小さいものであるとしても彼には把握できるものであった。だから彼は眉を寄せてほんの少し怒ったような顔で言うのだ、監督生の頭上の方に浮遊してきていた為に逆さまで。
「む、監督生さん僕を子供扱いしてる!」
「そんなに焦らなくても、オルトだってセックスが何だか分かってるってぇ」
「そうだよっ、性交ぐらい知ってるよ! 僕、監督生さんが思ってるほど子供じゃないんだから!」
 監督生の頭はぐちゃぐちゃになりそうだった。いろいろなことを問いたかった。もちろん、イデアとオルトのあのことも強くあった。この兄弟のことがほとほと分からなくなった、最初っから、知っていると言えるほど知っていたか定かではないが。
 恐慌状態であるといっても過言ではない、そのような監督生の状況であるのだから、イデアの手が下着をするりと取り拐い、床に落としてしまうその瞬間まで気づかなかったのも無理がない、かもしれない。
「うっわ、えろ……だいたい濡れすぎでは? うー……ほんとは早々にぶち込みたいとこだが? やさしくすると約束しましたからなぁ…………むしろ懇願してくるまで焦らすのも最っ高なのでは……?」
「っいで、」
 彼女が音を途切れさせたのは、イデアの指がその粘膜をするりと撫で下ろしたからだった。
「オルトに聞いて、拙者の口はこれから忙しくなるから。分かるだろう?」
 机から背中を僅かに浮かせ、イデアの行いを止めようとした監督生のそれも無駄であった。その言葉の後に、あろうことかその器官にイデアが触れたのだから、唇で。机に彼女の背は小さく跳ね、そうして擦り寄った。
 粘膜に触れるには粘膜がふさわしいと言いたげだった。その言葉を発する器官は今は言葉を発する為には使われていなかったが。
「あっ! やっ……! ん、っ、やめっ……!」
 その悦をどうやりすごせばいいのか分からない、行き先さえも迷うように彼女は自身の腕を胸元に引き寄せる。それで耐えられればよいが、できるはずもなかった。
「ふふ、きもちいいんだね監督生さん。知りたいこと聞いてほしいけど、ちゃんと言えるかな?」
 くすくすと笑うオルトは指先を自身の口部へと添えながら監督生へと尋ねた。彼女の視線はちらちらと燃える蒼い火の、火の粉に向いた。しっかりしていない脳で、オルトの問いかけにこたえようとして、それでも対象を捉えられていないようなものだ。
「知り……っ、たいこと……? なん、でっ……ぁっ、なんでっ……!」
「うん」
「おこらっ、ないの、……? やっ、ぁっ!」
「対象は?」
 舌先が、膣に潜り込んだ。ざらりとなかを舐りうねった、その合間に指は陰核をすりすりと撫でていた。
「ひっ?! いでっ、ぁっ、せんぱっ……、だっ、て、わたしっ、おると、くん……!」
「うーん、めちゃくちゃだね。でもだいじょーぶ! 僕はね、ちゃんと分かるよ。監督生さんのことだもん」
 指先が潜り込んだ、その圧迫にしまり、追いだされてきた分泌液をイデアの舌先が拭った。節張った指先、細いそれでも確かに感じる異物感と、それでも何かを物欲しげにねだってしまいそうになる感情に浮かされていた。
「僕も兄さんも監督生さんのことがだぁいすきなんだ! だから怒ったりなんかしないよ! ちょっとだけ泣き顔がみたくなっちゃうのは……、これもまたヒトの感情に纏わるものでおかしくなんかないから、僕もそんなシステムが動作してるのは普通のヒトみたいで嬉しくなっちゃうな」
 イデアの指先が不意にかくりと曲げられた、監督生の爪先は宙で大きく跳ね、生理的な涙が輪郭へとおちたようだ。
「こわかったの? それとも安心しちゃった? 泣かないで監督生さん」
 オルトの指先は汗で僅かに張り付いた監督生の前髪を除き、そうして寄せられた顔先そのギアの口部がこつんと彼女の額にかるく当たった。それこそがオルトから監督生へのはじめの口付けだった。瞼や頬、存在しているとしたらその下に唇が在るだろうギアの箇所をオルトは彼女に寄せていった。
 ぷっくりと膨れた陰核をイデアの唇がじゅっと吸った、オルトが監督生の唇に口付けた、それと彼女が達したのは同時であった。
「……びっちゃびちゃ……、監督生氏息してる? あーほら、まだ序の口なんだから、しっかりしてくだされ」
 達した余韻にくったりしている監督生の中にイデアの指先はいまだ在る。次を思わせるようにイデアがその指をピストン運動させたものだから、いっそ眠りに落ちそうだった監督生の意識は唐突に引っ張り上げられたようなものだった。
 嬌声がその唇から跳ね零れる。
「アっ! やっ、ぁっ、やッ!」
「あ〜そんな暴れない暴れない、ほら指も抜けちゃった。ま、咥えるもの交代だからちょうどいいけど。でもそんなに暴れられるとスムーズにいかないかもだから……、ハジメテだし。いやシミュレーションはばっちりですぞ? 監督生と寸分違わぬモデルとのあれこれはそれはもう……いやこれは余計だった。ほらほら、落ち着いて、落ち着いてくだされ。だいじょうぶ、もっときもちよくなるだけだから、いっしょに」
 もっと気持ちよくなる、それこそが監督生が怯えているところであったから、イデアのその言葉は監督生の恐慌状態を煽ったに過ぎない。
 反重力装置をオフにし机に座り込んだオルトの困り眉と兄を伺う眼差し、確かにオルトであれば監督生を押さえつけることなど容易いことだった。それでもと、ふぅむと考えたイデアは、閃いたあと実行に移すようだ。
「いや、机に背中を預けさせてっていうのもロマンですよ? ロマンですけど、机に押し付けてバックというのも、興奮しますしっていう……」
 その言葉の通り、イデアの片手の平は監督生の背中を押し、装い越しに机の上に乳房が押し潰されていた。時折に痙攣するように細かく震える彼女の脚、その爪先は床に触れそうで触れず、ぷらぷらとしている。
 今やふぅふぅと獣めいた呼吸を零していたのは監督生もそうでった。自身の荒い呼吸の合間に、ベルトのかちゃかちゃという金属音が聞こえてきていた。
 性器同士が触れ合った、熱とわずかなぬちゃりとした音。
 あまりにも非力なものでも、自身の手で僅かに上半身を起こした彼女はそれから距離を取るように僅かに前方へと逃げたようでもあった。その先にはオルトがいる為に、最初から逃げ道などないと気づくこともない。
 無駄な抵抗であった。
 ずちゅりッ、と、勢いの水音が弾けた。やさしくすると言ったことはまったくの嘘になってしまったようであった。勢いのままにそこをぶちつけた男性器というものが、監督生の喉から嬌声を水音を追うように弾けさせ、その腕から力を奪った。当たり前にがくりと上半身の体勢を崩したようだった。
「う゛、ぅ゛……ぁ、ぅ……」
 眼差しをちかちかとさせる監督生の声はくぐもる、オルトの両股の間に。彼女の熱を伴った呼気がオルトの装甲のその部分を曇らせ、曇りのその領域は肺が膨張と収縮を繰り返すそれに似ているようだった。
「監督生さん、可愛いね。兄さんが監督生さんにしてたみたいに、僕にも口淫してくれようとしてるの?」
 もちろん意図してそのような状況になったわけではなかったが、そうと見える監督生へとオルトは目を笑ませて眼差しをおとしていた。彼女の意識がとろけていなかったら、子供と呼べるほどの表情をオルトがしていなかったことを確かめられたはずだ。もちろん、未だに呼気でその箇所を濡らしながら、装甲の何処へも焦点をあてることなく眼差しをたゆたわせている彼女が気づくはずもなかったが。
 勢いに腰を打ちつけたまましばらく動かず無言であったイデア、いや正しくは無言ではなかった。極めて小さい声で早口につらつらと、童貞とさよならをしたその感想、そうして如何に膣に締めつけられる自身のペニスが気持ちいいのか漏らしていた。
 そうしてようやく律動を思い出したのかように、ずずぅと引かれた腰に、粘膜を擦りながら後退するイデアに監督生の喉は引きつるような音を発した。
「監督生さんから何かしてもらえるの嬉しいな。でも息も絶え絶えみたいで、大変そう! また今度、だね?」
 監督生の後ろ髪を指で梳いてそういうオルトの姿、その景色はむしろ自身のまたぐらに相手の顔を押しつけようとしているように見えなくはなかった。
 イデアの引いた腰は二度目とぶちつけた。ずり上がる監督生の上半身。オルトのまたぐらへとぶつかるような口付け。
 空き教室には淫靡な音が響いていた。
 引き結ぼうとしていながらそれでも閉じられぬ唇、その端から獣のような呼吸と僅かな唾液をぽったりと床や監督生の背中に落としているのはイデアであった。深爪気味であるのと監督生の上半身は布地に覆われている為にその背中、肌に彼の爪痕は残らない。それでも、男の掌に押しつけられ乳房を卓上へと潰し、激しい律動に揺られて骨を軋ませる監督生は呻きにも似た嬌声をこぼし続けている。その声を両股の合間に受け、時折に打つかるようなそれで彼女の唾液で僅かにそこを濡らしているのはオルトであった。
「アッ!」
 一際甲高い声、もちろん監督生の嬌声だ。イデアの掌に逆らうように、それは反射的な動作ではあったが、背を反らせたそれで僅かに卓上に跳ねた。
「ぁ? ここ? 監督生氏、ここが好い、ところ?」
「ひッ?! あっ! ん……! ヤっ!」
「喘いでばかりじゃ、分からないってぇ……! ほらっ、好いならそう言ってやめてほしいならやめてって、言わないと。ほらッ!」
 そこを抉るように突く度に監督生氏が善がるもので、イデアは加虐者の笑みを口辺に乗せ、尋ねながらも何度と律動を繰り返した。
 吐きだされるばかりの酸素の、短い呼吸。ハッハッと喘ぐ喉元をオルトへと晒すかのようにし、それでも上半身を起こすことなど無理なことだとばかりに地に伏せる。頬を机へと擦りつかせ、オルトの腿の側面を呼気でくぐもらせながら、うわごとのように嬌声の合間に助けて、助けてと紡いでいるようであった。
「監督生さん、それは誰に求めてるの? 困っちゃうな……、兄さんや僕にじゃないなら」
 オルトの指先は監督生の目元、生理的にあふれる涙を拭った。
「イっ! であ、せんぱッ……!」
 拭うオルトの指先、それを追うように彼女が目を見開いたのは何も彼の言葉を理解できていた為ではない。腰を振るイデアがまた彼女の、所謂好いところを突いたからだ。
「ぁ、あっ! ひ、ッ! うっ、ァ!」
「よかったぁ、兄さんなんだ。他のヒトに頼っちゃダメだよ、僕だって監督生さんの力になるし、監督生さんを困らせるもの全て魔導ビームで消してあげるね?」
「そうそうっ、もうぶっちゃけ、君とオルトだけで、いいんだ、……世界なんてそれだけで……、うッ……! 急に締めつけるなよ、だしちゃうだろ……」
「あッ、ぅ……! いであ、さッ! ぁっあっ、やッ!」
「あ〜むしろ、欲しがり屋さんですかな? 悪い子だね、監督生氏」
 イデアの掌が監督生の背中から退いた、けれどそれは彼女を開放する為ではない。行為の汗に濡れた彼の手は監督生の腰骨のあたりをがっちりと掴み、それは何一つ彼女に許しを与えないという印象めいた。
 腰骨のあたりを掴みながらも腰を引いたそれで、抜きだされ切らぬとも接合部となっているそこで男性器はお互いの体液にぬらぬらと濡れ光っている。束の間の光景、イデアがまた勢いに腰をぶちつけるまでの、些細な。
「ッッ……!!」
 いっそ監督生が痛いほどに締めつけるからと言い訳し、イデアは彼女を苛むことをひたすらに続けた。抜き差ししながら、震えているのは監督生とそのなかと自身もそうであるから、欲しがるからと、射精への昂りをままに律動を繰り返した。
 監督生は壊れた蓄音器のようにイデアを呼び縋っていた、そうして。
「あッぅ゛ッ……!!」
「ぐっ、でるッ……! 監督生氏っ、なかにっ、ア゛っ……!」
 その言葉の通り、監督生の深いところに先端を押しつけいっそ潜り込まんばかりにし、イデアは欲望をそうして精液を吐きだした。その精液を吐きだす雄を断続的に締めつけている彼女もまた、達していた。
 肩で息をしていたのはイデアと監督生、どちらも。
 地を這うようなため息にも似た息を吐きだしながら自身を監督生のなかから抜いたイデア、彼の輪郭を滴った汗の粒が監督生の臀部をぶった。それにさえ極めて小さくだが痙攣のような震えを彼女はみせていた。
「監督生氏……とってもよかった、ですぞ」
 語尾にハートの記号でも付けんばかりの声色でそう言ったイデアの眼差しはつい先ほどまで自身が埋まっていたそこを注視し、その彼の眼差しに応じるかのように、彼女のひくつくそこからは追いやられたものが垂れてくる。
「だからえろいって……、そんな、垂らしちゃってさ」
「……、ぁ」
「僕の、子種」
 イデアの言葉を聞いて、監督生は掠れ、声にもなっていないそれで恐れているようだった。今更、ようやく気づいたように。避妊具の存在もなく自身の中に押し挿られたこと、だされたことを、慄いた。
 当のイデアにしてみれば、二十四時間以内に服用すれば有効な完全なる避妊魔法薬を得られる為に慌ててもおらず、なんなら子ができたのなら、いやできなくとも、実家に連れ帰ってまるっと大事にしてしまうその一生をいいや、死のその後も、全て、と思っていた。
 けれど、誰も大事なところを口にしないもので、それゆえに物事は複雑に絡まるのだろう。
「監督生氏、困ってる? 困ってるだろう? じゃァ、掻きださなきゃ。だろ?」
「かき、だす……?」
 にんまりとした笑みは監督生へ、企みを孕んだ眼差しはオルトへ。
 力の入らない監督生の体はあまりにもいいようにされる、それは体勢が変えられるということだ。
 両脚を机の上に力なく投げだした監督生の背中をイデアは支え、その眼差しはオルトへと向けられながら顔先は彼女の耳の輪郭へと寄り添う。唇はささやいた。
「拙者は疲れたゆえ、オルトが」
 その言葉を追うように自身の両腿を割り開いたオルトに、監督生の喉はヒュッとないた。
 監督生の喉のこわばりを拭うようにオルトの口部は彼女の唇とくっついたが、その下の方で、彼の指の腹が下腹部を辿り降り、そうして未だ精液混じりの体液を零すそこに潜り込んだのでは安堵など程遠い。
「ぁ、……」
 オルトのギアに覆われた口部では彼女の口を覆えない、咥えこむものを再びとしたことで零れた小さな喘ぎ声は口腔内に収まることなく、彼女の下唇やオルトのボディを掠めて教室の空気に消えていくようだった。もちろん、嬌声はまた零され始めることだけれど。
「監督生さんのなか、あったかい……温度や締めつけを測ってみようかな。ふふ、冗談だよ」
 じゃあ、始めるね? そう言ってから差し込ませたままだった指先をかくりと曲げたオルトに、監督生の脚が卓上を蹴った。少しばかり逃げたように思わせ、今度は背後にイデアがいる為にやはり彼女に逃げ道など存在しない。
 イデアの指やもちろん男性器のそれとは異なる感覚、けれど浅いところを繰り返し掻くようにしてなでるそれはむしろ。
 彼女の理性がまともであったのなら、オルトの指の動きが搔きだすことを最優先には置いていないと気づけたかもしれないが、仮定の話でしかなかった。
「あッ!」
「ここ、兄さんの時もよろこんでたところ、かな? それとも痛くしちゃった? 痛いの痛いの飛んでいっちゃえ」
 すりすりと撫でられたそこは、イデアにも突かれ善がっていたところで間違いなかった。ずんずんと突かれているわけではなくともそのようなところを撫でさすられてはと、監督生は足の爪先までぴんと伸ばすかのように悶えた。また、その四肢に眼球部を向けておらずともオルトには監督生が善がっていることが分かっているようであった。
「ん、もう痛くないかな? 搔きださなきゃ、ね!」
「ぅっ、ア! ひっ、ぅっ、あっぁっ……!」
 今度ばかりは本当に掻きだすことを目的としたように、曲げられたオルトの指先はうちの体液を絡めるようにしては何度も抜けだしては潜り込むことを繰り返す。ぐぽり、ぐぽりという、オルトと彼女の間には似つかわしくない音がその部分から絶えず零れつづけた。
 机の上には白濁混じりの水たまりが僅かにできている。
「ぅっ、っ! ァ、ん……!」
 監督生は嬌声を零しながら嫌々をするように首を仰け反らせる、彼女のその姿を観察しているオルトの眼球部。きゅるりとした音がそこから仄かに響き、その後にオルトの眉を少しだけ吊り上がらせたようだ。
「ねえ、僕の名前も呼んで? いつもみたいに、……いつもみたいな感じでなくてもいいから。僕もちゃんと呼んで」
 首を傾げながら言う、その合間にも搔きだす行為は継続し。
 彼女の唇を濡らすのはオルトのその名前の響きではなく、彼女自身の嬌声とそうして、オルトが膣から抜きだした指で下唇を押し撫でた為にそれで。
 ムッと、オルトの眉が寄った。嬌声と浅く呼吸を繰り返すだけの彼女の唇を促すような、叱咤するような、膝裏を抱えた片手の指先。そうして力を込められたのでは確かに、彼がイデア・シュラウドの弟であるということを再認識するようであった。
「っると……! おると、くんっ……!」
「はぁい! ふふ……やっぱり、監督生さんに呼んでもらうの僕、好きだなあ」
 くすくすと笑う、形だけは無邪気な子供。
「あっ、兄さんと監督生さんの体液が混じった分泌液で唇、濡らしちゃったね……」
 困り眉をみせてから、それでも彼女の下唇を左右に撫でるそれはむしろ、擦りつける行為だ。
 もしかしたらむにむにと彼女の唇の反発を楽しんでいた或いは計測していたオルトの指先は彼女に窺うこともなく、その内側へと潜り込むようであった。
「わぁ、監督生さんの舌、ちっちゃい……」
 その発見が心底嬉しいというように、或いは新しい玩具でも見つけたような好奇心の輝きがオルトの瞳にはあった。僅かに指の腹で押したり、指の本数を増やして舌先を摘んでみたり。
 監督生は自身の唾液と混じりながらも味を失わないその奇妙な何かをオルトの指により舌の上になすりつけられているようなものだ。
 とある行為を真似るように、オルトの指先は彼女の上顎を撫でた、びくりびくりと小さく跳ねる四肢、腕はオルトの視線の先に、脚はイデアの視線の先に。
「いけない、溺れちゃうや」
 するりと指先を監督生の口腔より抜き去ったそれは名残惜しさを感じなかった、唾液と或いは何かが混じったそれだけが名残惜しさのようにオルトの指先と監督生の唇を僅かに繋いで、そうして途切れた。
 流れのように、オルトが乱れた監督生の装いその胸元に顔先を寄せ、ヘッドフォン、耳にあたる部位を当てたのは本当に彼女が溺れてはいないかと確認する行為めいていた。
「心臓の音、監督生さんの生きてる音がする……」
 より深いところまで、血管、その管の中を流れる血潮の漣さえ聴き取るように集音部位を押しつけた。
 無い距離をより密度の濃いものにするように体を寄せるオルトのその行動は監督生の生命の音を一音でも聴き逃すまいとするものであったが、彼女にしてみれば彼の手によって開かれた腿の合間に彼の体が割り込みそうして迫ってくるそれに気が気でなかった。オルトに、イデアのように自身を穿ってくる部位はないとしても、今の彼女の状態ではその事実さえ確かなものでないようなのだ。
 そうして彼女のそのとろけた思考力ゆえの想像をオルトは理解している。だから彼女の乱れた装い、乳房に、揺れる吐息のようなそんな笑い声を零した。
「兄さんのような楽しませ方ができなくてごめんね」
「…………オルトが欲しいなら、アタッチメントを用意するという手もありでは? 変形仕様も浪漫ではあるけど」
「ほんと?」
 兄の提案にオルトは監督生の乳房から体を起こし、期待を抱いた眼差しを兄へと向ける。イデアは数回頷いていた。
「やった! 兄さんが造ってくれるって!」
 そう言いながら濡れそぼった彼女の秘所と自身の両の大腿部の付け根をぐいぐいと押しつけるのは、今度こそは意図的なものであった。
「ひッ、やめっ……!」
 入り込むものが今はなくとも、オルトのその部分にでっぱりがなくとも、その代わりというように痛ましく膨れた監督生の陰核が互いの合間で押し潰され、擦れ、彼女を震えあがらせた。
 幾分前には監督生の呼気でくぐもっていたオルトのその箇所は今はくぐもるどころか、幾らでもあふれてくるかのような監督生の体液に濡れ、まるで彼女と同じように濡れそぼらせているかのようだった。少し腰を引けば僅かな粘着質の為に糸を引くようにし、ぷつりと途切れる。それをオルトの眼は観測した。
「監督生さんも楽しみにしてくれてるんだね? こんなに喜んでくれて、嬉しいな」
 誰かを参考にするように、今度は勢いよく密着し、粘着質な水音が弾ける。
「ひゃぁっ!」
 不意打ちのそれに監督生の嬌声は少しだけ悲鳴じみていた。
「やめっ、やめてっ! へんっ、なっちゃう……!」
 猫が恋しい飼い主に擦り寄るように、オルトは監督生に擦り寄った。彼の燃える蒼い炎の火の粉が監督生の頬を掠める、決して彼女を傷つけるものではないが。
「変じゃないよ、だいじょうぶ、だいじょうぶ」
 ぬるぬると、すりすりと。ただただ擦り寄ることを続けるオルトに、監督生はいずれ大きく息を詰めた。それで、ぴしゃり。
「わっ」
 オルトは自身のボディの下腹部を濡らしたその液体に少しだけ目を丸くしているようだった。その現象についての知識はインストールも学習もしていなかったらしい。
 同じように僅かに目を見開いているイデアはというと、知識がなかったわけではなく、ただ、行為が初めてであろう監督生が潮を吹いたということに驚いているだけであった。
「えっろ……初めてでそんな……いや、感度もやたら良かったし……エロゲの登場人物といっても過言では無い。……いやそれは困りますな、どこの馬の骨に攻略されるかと思うと腑が煮え繰り返るってやつで……あっオルト、そんな顔しなくてもこれは監督生氏が気持ち好くなったがゆえなんで、だいじょうぶ」
 イデアのその言葉にオルトは泣き顔にも思えたそれをパッと明るくした。
「そうなんだ、監督生さんにバグが発生しちゃったかと思ったから……。でも、だいじょうぶなんだね」
 ボディを滴るその液体を指先に、オルトは安心したと言う声色を聞かせた。
「そっか、監督生さん、僕でも気持ち好くできたんだね? ふふ、嬉しいや」
 そうして彼女に褒めてもらおうとまた擦り寄ったそれで、オルトは気付く。
「あれ? 監督生さんねちゃったの? おやすみなさいも言ってないのに……」
 オルトの眼差しの先、眼差しを伏せている彼女はつまり、意識を失ったらしかった。それに困惑の声を零したのはイデアで、監督生の後ろからその事実を覗き込む。
「えっ、拙者、オルトとの一連を見てて普通に勃ってるのに……ばきばきに……。手、借りよっかな……そうしよ」
 空き教室に淫靡な音が響くのは、もうしばらく。



 監督生が伏せていた瞼を持ち上げた時、視界を彩ったそのやわいブルーライトの灯りはなんとなく優しげに感じた。
 後ろ手を突いて上半身を起こせば僅かにぎしりと鳴るベッドは、夢見心地の彼女の意識をはっきりとはさせないらしい。けれどその代わりと言うように監督生の意識を鮮明にさせたものがある。例えばそれはフラッシュバックめいている。事実を言葉にするなら端的だ、イデアとオルトとのタブーの香りを抱いた、その。
 監督生の瞳孔を分断するようなものは今はない、オルトの口部の細長い溝を辿っていたイデアの赤い舌は、彼女の眼差しを受けているということを知りながら彼自身の下唇を舐った。
「これぐらい、普通だろ? オルトは僕の弟……最高傑作なんだから」
 監督生は僅かに唇を開きかけたが、何も言えなかった。イデアに何も言えなかったのはオルトが彼女に飛びついたからだ。衝撃はヒトの身でも耐えうるように調整されているらしかったが。
「おはよーございます監督生さん! ねえ、僕も兄さんも監督生さんがだぁいすきだって言ったよね? お返事くださーい! 告白にはね、お返事が必要なんだよ?」
「えっ、ぁ、私、イデア先輩もオルトくんのことも、好き、だったけど、わた、し、今は、わからな、」
 監督生の声量は、どんとん小さくなった。声量がどれほど小さくとも、オルトなら分かるはずだ。けれども。
「だいじょうぶ! これからわかっていけばいいんだから! 僕らきっと、もっと仲良くなれるね? ねぇ監督生さん、どこまでも仲良しになろうね」
 下腹部のあたりにあるオルトの手が重みを増すような圧迫を彼女は感じた。そうして震えるような彼女の眼差しは、オルトの燃ゆる蒼い炎越しにイデアの月のような眼を捉える。
「ハッピーエンドへのルートは自身で作らなきゃ、だろ?」
 それは目眩なのか暗転なのか。

 そうしてイデアとオルト、監督生は仲睦まじくしあわせに暮らしましたとさ。