彼の、オルト・シュラウドの眼というのはまるで硝子細工でありました。まるでと申しました通り、オルトの眼球を造るにもちいられましたのは衝撃にぱきりともがしゃんとも割れてしまう硝子などではなく、もっと丈夫でいて希少な素材です。その素材の名称を綴るには今も寮室に引き篭りを続けるオルトの兄、イデア・シュラウドをどうにか引っ張ってこないことには説明できませんので割愛といたしまして、今はオルトのその眼についてお話しを続けましょう。そのつるりともすべりともした材質の、取りだしたとしたら完璧な球体であるその眼球の。軽率に完璧などと表現しますと、例えばイグニハイド生でしたらイデア論を掲げまた話が寄り道をちょっこり始めてしまう始末でしょうか。そう思うと、此処にイデアがおりませんのが都合がよろしい具合であるのかもしれません。さて脱線、ふらりとした足運びをしゃんと正しましょう。流れで分かります通り、オルトの眼というのは人のものとはどう比べたって異なるものです。指先、そうしてその指の腹で押したってあわい反発のひとつも返ってきやしません。眼に触れるだなんていうとおっかなびっくりなことでしょうけれど、人ではないオルトの眼は硬質なさわりを知らせてくるものです。やはり、人の眼球とは違ったものでした。けれども、異なるということはなにも悪いということではありません。なんと言っても、オルトの眼はうつくしいのです。同じように醜悪だけが全てではありません、だけれどオルトのその目のうつくしさというものは、例えば誰かの上唇と下唇の間に些細な隙間を拵えさせて感嘆の吐息を零させるものでした。金色のそれはお月さまを思わせます、そうなれば虹彩は形状が違いましてもクレーターとも言えますでしょうか。或いはオルトの眼、そのものが天体でした。碧に駆けぬけるそれは流れ星、稀にいなくなることがありましても星は数えきれないばかりに存在しているとそこへ帰ってくる星の子です。オルトの眼を天体と言い表しますと、彼の兄のイデアの眼も天体でしょうか、なんせ兄と弟、兄弟なのですから。オルトにしましたら兄は太陽でした、その眼の姿はお月さまなのですけれどやはり、オルトにしましたら兄は太陽です。イデアが太陽であったなら、オルトは惑星でしょうか。太陽などの恒星の周りを回る、その軌道の近くに他の天体、他なんて無い天体。ともすればやはり、オルトの眼は惑星です。そうして今、オルトの眼その惑星の、大気圏よりも外側で雨がしとしと降っています。もちろん本当は大気圏の外側で雨なんて降らないのですけれど、その惑星では降っています。それは発熱、或いは排熱と申しましょうか。外気との温度差で濡れ滴ったそれは偏に結露でしかありません。けれども、眼球部からこぼれた露はまるで涙のようでもありました。やはり、オルトのその眼はうつくしいものでした。