じりじりとした熱線、乾いた日差しのそれでも背の高い向日葵ばかりに見下ろされ殆ど囲まれた其処では寧ろむわりとした湿度を伴ったものでした。
自身の眼の金色とよく似た花びらを燃やすことはないその蒼い炎を気怠げにちらちらとさせながら、鬱屈と眼差しを落としたのはイデア・シュラウド。百八十と少しもある背高のっぽも季節にのびのびと育った向日葵のお首元にも届いてない様子、僅かに蒸発を逃れた水滴がぽつんと彼の鼻先をぶって弾けました。そのほんの少し下の唇をこれまた気怠げに薄く開き溜息を零しながら、掻き分けて行きます。もちろん、掻き分けるは向日葵と向日葵と、向日葵。なんせ此処ら一帯が向日葵畑なもので。
咽せ返るような向日葵のにおい、夏のにおい、その合間に些細に青臭さが強くなるのはイデアの右手だか左手だかが茎を僅かにぽっきりやってしまったということですけれど、そのようなことに視線を寄越してやることもなく、やはり彼は掻き分けて行くようでした。
そうも向日葵畑を掻き分けて行くとなりますと彼の顔先その遥か向こうに辿り着くべきところでも在るかのようでしょう。けれど、髪の間を抜けてこめかみへ、そうして輪郭を伝って首筋へとたらたらと流れていく汗を徐に拭ってから振り返ったイデアはと言いますと、まるで向日葵が彼自身へとそうしていたように眼差しを傾かせ見下ろします。
「オルト、だいじょうぶ」
「もちろんだいじょうぶだよ! 僕より兄さんこそだいじょうぶ? 数値のゾーン的には問題ないけれど、何かあったらすぐに言ってね。その為にプレシジョン・ギアでいるんだから!」
向日葵の頭たちを抜けて届いた陽光がオルト・シュラウドの装甲の白いところに差して跳ねっ返り、イデアの目をほんの少し瞬かせたようでした。兄のその様子にもしかしたらオルトも目を瞬かせてみたりなんかしたかもしれませんが、彼の眼というのはギアのそれに覆われておりましたので実際のところは分かりやしませんでした。
たらたらと垂れた汗はイデアの服の色を濃く滲ませて、その領域を未だ今だと拡げています。べったりと肌に張り付く気色の悪いそれを節ばった指先で僅かに引っ張ってみますけど、風のひとつも紛れ込んできやしない其処では何ら変化もありません。
イデアがオルトから顔先を上げますと、その景色には兄弟が掻き分けてきた道が果てしもないように続いていました。もちろんやってきたわけですから果てがないわけではないでしょうが、あまりにも長く掻き分けてきたもんですから、その遠い先では果てが見えるより先に陽炎がゆらゆらとしているのです。掻き分けたはずの向日葵が揺らめていて、まるで通せん坊をしているようでもありました。
帰り道を無くしそうな錯覚、そんなものはイデアにはありやしません。せせら嗤うような陽炎のそれを気にも留めずに密集した向日葵どもへと顔先と体を戻したのがその通りです。ご存知の通り、オルトがいれば、帰り道が分からなくなることもないでしょうから。
そうして血色の悪い顔先を気温と運動の為に平時よりもそこいらの青年のそれに近づけながら、彼は向日葵を掻き分けることを再開したようでした。爪と皮膚の間に青臭さや葉っぱの欠片、もしかしたら小さな虫などを潜り込ませたとしても、構いやしない。なんて、唇では言いやしませんが、ただ黙々と前へ進むようでした。
ふと、生き急いだ向日葵の拵えた種がこつんとオルトのボディをぶちました。反重力装置を起動させていましても、今は地上からそうも離れず浮いている彼は、兄と同じようにけれどもずいぶんと遥か上に在るそのお首を見上げます。前と後ろの定義をしたそうな顔付きをしていました。どうしてそう結論づけたのか、ネットの海から文字や画像やらを回収して照らし合わせの再試行をオルトはしたかったのですけれど、ふよふよとその宙に留まってはいなくとも座標としては留まっている時間が少しばかり長かったのか止まり振り返ったイデアに名を呼ばれたようでした。
「オルト、なにをしてるの」
「ううん、なんでもないよ。今いくよ兄さん」
ひとつの種をオルトへと落とした向日葵は別段、彼も彼の兄も見送ることなくただ宙をぶらりんと見続けている様子でした。
向日葵畑をそよがせることはありやしませんが、その共々を掻く兄の指先のようにオルトの生み出した気流が抜けて行きます。反重力装置の出力を平時よりも上げて、そうすれば開いていた距離などあっという間に無くなるものでした。
おかえりと言うようにぼとりと落ちたのは力強く掻き分けた為に大きく揺れ、その流れで花首をぽきりとやった向日葵。イデアの肩口をぶって、跳ねて、兄と弟の間に横たいます。その向日葵の晒し首の上を飛んだオルトは、兄の手に自身の手を重ねました。人体温度と機体温度の中間の温度に、草の露が滲みます。
「いこう、兄さん」
オルトの言葉にイデアは小さく頷き、片手となったそれで再びと向日葵を掻き分けることをします。何処までも何処までも、イデアとオルトは向日葵畑を掻き分けて行くようでした。
月と入れ替わることもせず、太陽の眼差しは兄弟を眼下にし続けました。ぎらぎらと、じりじりと。