監督生の死は、ナイトレイブンカレッジを僅かばかり騒つかせたようだった。
 望むところへと連れて行ってくれる魔法の鏡が監督生氏の首を撥ねたことには流石のリドル氏も驚いたようで、きっと少しの間はお得意の首撥ね宣言もできなくなることだろう。本当に、少しの間だろうけどね。
 大人達が慌てふためいているのは学園内で事故死だなんてイベントが発生してしまった事、それだけに他ならない。責任問題だなんだと、そればかり。だからこの騒動も本当に少しの間だけで、気付いたのなら明日にでも学園はいつも通りに落ち着くことだろう。普段が静寂としているかと問われれば困るけど。
 気付く。そう、監督生氏が学園内で事故死しようとなんら責任問題が発生しないということに。だって監督生氏は存在しない、この世界には本来存在してない個体だから。生きていなければ、死なない。誰も死んでないから、問題だって最初からなかった。
 鏡舎内にぺしゃりと落ちた胴体は棺の中に横たうのかすら疑問だ。なんでもかんでも魔法で処理するのが良いか悪いかって話じゃない、ただ回収されたそれの行き着く先がどんなものか気になるだけ。分岐選択もエンディングも、全て確認しておきたいだろう。
 もしかしたら、酷く落ち着いているように思えるかもしれない。だけれど、今は弟にも会えないし脈拍なんて計られたらとんでもない数値を叩き出す気しかしないんだ。
「君はイグニハイド寮に何の用事があったの、それは胴体を置いてくるほど? 拙者に会いたがったのかな、死ぬほど。ひひっ……ジョークだよ、勿論」
 監督生氏にしてみれば、僕は別段何ともない存在だったろう。何の媒体越しでもなく顔先を突き合わせた回数ならきっとオルトの方が多い、ずっと。一方的に眼差しを向けていたものを含めていいなら、圧倒的に僕だけど。
 転げていた監督生氏の首に出会った時の衝撃はなかなかのものだった。無造作に転げる首や寄り添うちっぽけな血溜まり、刷毛で描いたような鏡面の血の辿りを何度も徹夜明けの眼球を働かせて確認したんだ。
「やっぱり実験着は便利だよね、君を胸元に抱いて隠し戻るのに役立った。大丈夫、君が汚してきたものに関しても抜かりない。基礎中の基礎だよ」
 監督生氏を前にして、僕は思っていたよりちゃんと喋っていられるようだった。けれど僕としても、銀の盆の上に乗っているように貞淑な君の唇に早く自身のそれをくっ付けたくて堪らなかった。
「いやいやいやいや、せっかちはいけない。せっかちはいけない。パンドラは匣の誘惑に負けたけど、拙者はスマートにそれはもうスマートに順を追って事を為す。これに尽きますな!」
 監督生氏の両頬を包むように支えていた自身の手のその指先で、ちょっとばかり耳の輪郭を撫でたのは許して欲しい。なんだか前戯みたいだ、いやその通りなんですけどね。
 まずは額に口付ける、寄せた顔先、鼻先を血と君のどことなく甘いような香りが撫でた。こそばゆさを逃すようにぎゅっと一度瞼を閉じ、それでも開けた先に君がいることが嬉しくなる。僕の唇が容易に君に触れたことにも、嬉しさが募った。
 少しばかり支える位置を変えて、次は頬。血色の悪さなんて気にもならなかった、君の皮膚の張りを自身の唇で知ることができると気付いた時に襲われる感覚は何とも表現できない。
 君の伏せた睫毛がその頬に僅かな影を落としている。瞼に口付けると、薄い皮膚の下のころりとした眼球の存在をまじまじと感じ取ることができた。
 だから、僕は自身の指の腹を用いて君の瞼をやわく押し上げる。そうすることで得た君の眼差しは僕の下腹部のあたりをとてもざわつかせた。
 まだ瑞々しい果実のような眼球に唇を寄せた。そうして顔先を離し、自身の下唇を舌先で舐ると仄かにしょっぱいような気がした。もう一度唇を寄せ、今度は直接舌で舐ると先ほどよりもしょっぱさを感じることができたから、もしかしたらこれが君の涙の味なのかもと頷いた。
「あー、あー、緊張する……無理じゃん……唇と唇を合わせるなんて実質セックスじゃん……そんなハレンチな、いや! やめませんけどね?!」
 正直、指先は緊張と高揚で震えていたから唇だってそうだ。距離を詰めたそれで、君の唇に過呼吸みたいな歪な呼吸のそれを触らせていた。
 初めてのそれは、きっと、ハデス様がペルセポネの唇に柘榴の粒を捻じ込むより早いものだったに違いない。
「キスした。監督生氏と、キスしちゃった……!」
 自身でも興奮で髪の火力が増していることが分かっていた。
 二度目は、もっと長く。掠めるようなものじゃなくて、もっと、押し付けるように。ふにゅっとやわらかい、君の唇は。その心地好い反発が欲しくて、三度目四度目を性急に行った。
「ぁ、口開けて……舌と、舌を……」
 口角に親指を捻じ込み、生まれた隙間を埋めるかのようにそのまま自身の唇で覆い被さった。君の口は些か小さ過ぎるんじゃない? と思いながら、君の犬歯を自身の指に僅かに埋める。秘境に足を踏み入れる行為に似ていた。そこに罠がないかどうか恐る恐る足先を出すようだった、自身の舌を君の口腔内に侵入させるということは。
 僕の舌が追い立てる、君の舌は逃げないというのに。わけが分からないぐらいに興奮した。それもそうだろうだって、僕なんかが君とキスしてるんだから。それも深いやつを。
 時折に少しばかり不格好な水音が跳ねていた。その水音と喘ぐような呼吸を君の口腔内に響かせ、その音は自身の頭蓋骨にも反響しているようだった。たぶん、喰らうような口付けとはこのようなものだ。
 唇を離し、どちらのとも分からぬ唾液が糸を引いてぷつりと途切れるのを見守った。てらてらと濡れ光る君の唇が、幾ら深呼吸を繰り返しても僕の身体を落ち着かせてくれやしなかった。
「君の冷たい唇が僕の火照りを冷ましてくれたらいいのに」
 その言葉自体は深い意味を孕んで零したものではない、本当に。ただ、まさにその通りだった。
 言っただろう? 前戯だって。
 片手で君の頬を支え、もう片手でボトムとパンツをズラす。既に勃起していたペニスが引っかかって普通に痛かった。そんな自身の失態を照れ隠すように君の目元を親指の腹でさすった、僅かな皮膚の歪みは君が笑んでいるように思えて僕を幸せにするのだ。
 反り返ったペニスは衣服越しに自身の下腹部を圧迫しているように思えた。一種嗤えてくるが仕方がない、どう考えても欲情するだろ。
「……ちっさぁ」
 どきどきしながら君の頬に押し当てた、反り返ったそれを支えずに。君の小さいのは唇ばかりではなかった。血管の浮いた竿の部分に睫毛が微かに触れて、びくびくとした。恐ろしさではない、勿論のこと。
 僕のペニスの脈打ちが君の肌を震わせるのかと思うと、正直、それだけで出せるのではないかとすら思った。出さないけど。だってこれから脱童貞するというのに、ここで誤爆はさすがに目も当てられない。ある意味眼には当たるかな、と馬鹿みたいなことを胸中で呟くのもまた昂まり過ぎた慾の所為だ。
 頬に寄り添わせたペニスを今度は片手で支えて、先っぽを君の唇に近付けた。数センチ数センチと互いの距離が埋まるごとに、酸素が濃くなったみたいに僕自身の呼吸が変になる。
「ッ!!!」
 遂に距離は無くなった。唇と唇でキスしたみたいに、僕らの間に隙間なんてなかった。
「ふ、ひ、フフフフフっ……!」
 人はあまりにも幸いを得ると笑ってしまうらしい、僕のはそれだ。
 滲んだのは笑い涙でもなく先走り、それが君の唇を濡らしたようだった。少し動かせばぬるぬると滑りがいい。それでもやっぱり、君の唇はふにゅふにゅとやわらかくて反発が心地好かった。まったく、腰にクる。
「ァ、監督生氏……キスがお上手ですな」
 唇と唇の口付けめいたなら、次は自ずと舌と舌を絡めるようなそれに他ならなかった。
 本当なら魔法は使わずにしたかったけれど、腰を振ってる最中に歯と歯がぶつかっては堪らない。その間に自身の肉の塊が挟まっていたらと思うと恐ろしさでちょっと萎えそう。
「そう、口を開けて、あーん……ン、ふふ、噛んじゃあダメですぞ?」
 果実を思わせる色合いのこの舌に僕は自身のそれを執拗に絡めたのだなと眼差しで確認した、そうして、そっと、ゆっくり、君の口に勃起したペニスを差し込んでいく。
 湿度を感じた、それほどまでに敏感になっているのかはたまた、錯覚だ。
 ぼんやりと口を少しだけ大きく開けているだけだ、君は。だからもちろん、僕は自ずから君の舌に竿を擦り付けるようにするしかない。仄かにざらりとしているような気もした、監督生氏が僕のを舐めてると思うと、空気の塊が僕の唇から零れるようだった。遊み足のように微かに腰を引く、そうして微かに前進。上顎の、神様が与えた造形美なんじゃないだろうか、上顎の畝のような窪みというのがまた、素晴らし過ぎた。支えてるにしても反っているわけだから、鈴口がその上顎に擦り付けられて、君の舌の上にきっと垂れた先走りを零してる。
「はっ、ァ、すごッ……!」
 ペニスの全ては未だ君の口腔内に入っていないしそもそも、流石に根元まで嵌めるのは無理だと思った。
「や、でも、イケるか……?」
 上顎に擦り付けるのをやめて、おずおずと奥を目指す。最初の予想の通りに、とんと喉奥にぶつかった。腰のあたりに甘い痺れが奔った、ので、何度かその喉奥にぶつける律動を繰り返す。すごく好かった。
 幾度か喉奥をぶった、そのままに、捻じ込む。気管か食道かその分岐前なのか、撥ねられた首の断面から覗き込まないことには分からないが、先っぽはそこのあたりに在る。つまり、今や根元までずっぽりと君の口の中ってわけだ。
「あー……、苦しいかな? でも今の君はそうだね、酸素を得る必要もないもんね?」
 改めて僕のペニスを咥え込んだ君を眼差しに見下ろす。ウルトラレアどころじゃないスチル、光景だった。
 そうして、腰を振り立てることを始める。
 締まりがあるわけではなかった、だって君は死んでいる。だから手や道具を用いたマスターベーションのような圧迫がペニス全体にあるわけではない。けど、奥に捻じ込む時に喉の粘膜を亀頭が滑ることは心地好いし、君とセックスしてるって事実が何よりも悦ばしい刺激になって充分に射精への兆しへと近づけるのだった。
「アっ、はッ、監督生氏、好きっ、いっぱい好きッ……!」
 僕のまたぐらにキスをしてるみたいだ、君の感じ。
 ずりゅずりゅと何度も粘膜を擦る、僕の先走りがいっそ君の喉の分泌液みたいになっている想像をした。さすがに滴るほどは零していないのか、君の撥ねられた首の断面からぽたりと落ちることはなかった。
「ぅ、無理ッ、きもちイっ……! ア、でそう、だしそう、はッ、ねえ、君の中に射精しそう……!」
 言葉にすると余計に興奮したし、マジで本当に、射精しそうだった。
「監督生氏っ」
 指先に力が入った、君の頭蓋骨を割らないように気をつけながらも、吐精の誘惑には勝てるはずもなかった。びゅっ、と勢いに飛び出した精液。昨夜だって監督生氏のあらぬ姿を妄想しながらヌいたというのに、びゅるるると体感長い間射精は持続した。僕の精液が君の喉奥をぶっている、そうして射精しながらも腰を振る僕のそれでペニスも喉にぶつかっていた。
「あ゛ー……、ぁ゛ッ、…………」
 残滓一滴まで君の中で、と、いやどちらかといえば最後の方は放心にも近かった。
 ずるりと抜けだす、君の舌に擦り付けるようにしながら。徐にペニスを仕舞いながら、互いの足下へと眼差しを落とす。今の君に足はないけど。いや、足どころではないが。
 白濁の多少の水溜りが、僕らを仰いでいた。君の喉に射精したそれは、喉奥を伝って撥ねられたその断面まで降りてきたんだ。そうして滴り、ぱたたとそこを汚した。それだけ。
 まじまじと見ると勿論、君は僕の体液にまみれていた。
「……可愛い、僕の監督生氏」
 汚れた君が、僕なんかに汚れた君がひときわに愛しくなったんだ。
 耳元の髪を梳いた指先でそのままに一房を取り、唇を寄せた。
「あとで綺麗に、してあげるね」
 鼻先を寄せたそれで僕の精液の臭いが君の香りを損なっているようだったから、そう呟いた。あと、以降のことを思うと心はどこまでも弾むようだった。オペラだって始めかねない心持ちだった。
 嗚呼、僕はとうとう君の口に口づけしたよ、監督生氏、君の口に口づけしたよ。
 舞台上にて、高らかにセリフを口にするんだ。僕と君だけだから、僕だって怖気付いたり吃ったりしないって。
「ね、身体はどうしようか」
 初めてのデートで彼女に似合う服を選ぶように、君を一番にできるボディを造るんだ。勿論、君は何を纏ったって素敵に違いないけれど。
「あー……、花嫁の姿も捨てがたい」
 気が早いなんて言わないで、僕がどれだけ君を焦がれていたとお思いで。
「ひひっ聴いて、僕はね、召喚術が得意なんだ……メンテナンスが必要な身体には成るけど、嬉しいだろ? ね、僕とずっと在ってね、健やかなる時も病める時も、ずっと、ずっと……」
 そうして僕らは誓いのキスをした、物語は始まるっていうことさ。