事の始まりは僕の部屋に在った忘れ物のお洒落りぼんだった。どう見ても血色の悪い、いや人のことを言えないのは自身でも分かってるけど兎に角いつもの血色の悪い顔色のままにしゅるりと外され無造作に放り出されていた所謂後輩のお洒落りぼんだった。格ゲーで白熱したがゆえに「ちょっと暑いんで、っていうかこの重りを外したことにより機動力倍率ドンなんでもうイデアさんなんて足元に及びませんから」との言い分で後に忘れていかれたお洒落りぼんだった。
 一応コーデの一部なんで失くした探したなんて困るだろうと人がいいにも程があるから持っていってあげましたら? はいまさかのアクシデント、予期せぬイベント、視界に飛び込んでくるスチル。つまりつまり?
「入りますぞー、はぁなんて拙者人がいい忘れ物を届けにきまし」
「あっイデアさん今は私すっぽんぽんです」
「キャァアアアアーーー!!」
「むしろそれは私の悲鳴だったはず」
 男子寮でラッキースケベイベントとか実装する運営の気が知れない。いや拙者がそう思ったかどうかではなく、ラッキースケベという意味合いで。
 変に飛び退いて壁にぶつかった衝撃は猫背が治るかと思った。咄嗟にぎゅっと閉ざした瞼と、じんじんと熱を持つ背中の皮膚とが何故その場から去ることを選ばなかったのかと後々問いかけてくるようだった。だいたいお着替え遭遇イベントとかなにゆえその場から立ち去らないものかご都合主義ですねー分かりますとか言っていたけど、自身の身に起きて今数々の恋愛シミュレーションの主人公に謝ろうかと思った。いやしかし拙者がこの場を咄嗟に離れることも忘れたのはこのお着替え遭遇イベントの雲行きが怪しすぎたからですし? いや……、完全に気が動転していることが自身でも分かる。視界を閉ざしたその儘で目眩の気配を感じた。ふらふらとしたような蜃気楼めいた感覚が、数秒前に網膜に写した景色を目蓋の下に描き始めていて、つまり、つまり、いや待って欲しい、まっ、待って……!
「仮に男の娘だとしても生えてはいるはずでは?!」
「混乱していらっしゃる」
 いやまあ蝋燭ですのでほら、広い意味合いでは。基本的に性別ってないんですよ。無性別ってやつでしょうか。いや分かります分かります色々疑問が湧き出ておいででしょう、主に生殖行為のいえ子孫繁栄の手段と致しまして。いや魔法薬ってすごいですよね身体のつくりまで変えてしまえますからね。なので番う相手を見定めた、あっうちは兄が今は兄となった方がそうですねその薬をぐいっとやって男性として生きてますね。蝋と蝋の場合はですね、こう、すごいんですよ……熱を分かち合うと比喩するそれの儘に重なって溶け合って境界をなくすように求めあってそれでつまり……あっなんかそういうとヒトと変わらない感じですねセックスです! まあよく知らんけど。ところで……春も深まってきましたがまだ肌寒い日もありますねつまり今なんですが。服着てもいいですか。だなんて、つらつらとよくもまあ……!
「早く着てくだされ!」
 ごそごそとした衣擦れの音が頭蓋骨の中で反響しているようで酷く居心地が悪かった。どうにも、当の本人は何とも思っても感じてもいないようだったけど。そうでなければ鼻歌なんて歌いながらその合間に此方に言葉を投げかけてくるはずがない。僕といえば、つらつらと語られていたそのくだりの脱力で座り込んでしまっているというのに。
「人魚の尾鰭が人の脚になる時代ですし、蝋燭が肉体を得た血族がいる時代ですし? 生えてる生えてないなんて些細な問題なのではないでしょうか」
「いやいやいやいや」
「時代に合わせてアップデートしていかないとがお決まりでは」
「いやいやいやいや」
「……なるほどつまり、つるぺた属性はお嫌いですか?」
「混乱を助長しないでくれるかなあ!」
「あらまあ、そんな座り込むほど吃驚なさらなくとも……あーこれこの見下げるこの感じ、いつもの見下ろされる感じの仕返しっぽいですね。ひひっ。このひひってイデアさんの真似してみたんですがどうでしょうか」
「知らないよ……」
 その後、「私は私のこれよりオクタヴィネル寮のウミウシの方が気になりますけどねえ、一年の。知ってます? ウミウシって雌雄同体らしいですよ。興味深いですよね」という明らかな話題変更の失敗を経て、いやこれは本当に興味深いと思っているのかもしれない君はそういう奴だから兎も角、疲労感を重ねて、僕は寮室へ戻ったのだった。
「お洒落りぼん返すの忘れてた……」
 当初の目的をすっぽ抜かして。
「っオ、オルトー……い、いないの……」
 さすがにもう一度出向く気力は湧いてこず、オルトに頼みたかったけれど呼びかけに返ってくる声はなく響いてくるのはいつもながらのデバイスたちの冷たい作動音だけだった。
「はーしんど……」
 心無しか自身の焦燥と同じようにしんなりしたシルク地を手にしたまま、ベッドにぼすんと腰を沈めた。それで、頭を抱える。じくじくとした鈍痛のようなものに襲われていた。はいさっきまでの外出で起きたイベントデータは消えてなくなりましたー、だなんてことになりはしない。どの選択肢でそのイベントルートに突入したか検討もつかん。あまりにも不意を突かれたからそもそも何故全裸……服を着てなかったのか聞けなかったし……いや聞いて良かったものかも正直分かりませんが?……思えば、サイドテーブルにこれ見よがしに在った液体の満ちたフラスコが、どう考えてもインテリアのひとつじゃなかったそれも気にもかかる。もちろん、それもなんなのか聞けなかったけど。
「いやしょうがなくないか! あんなっ……! あんな……」
 いやいやいやいや、拙者は馬鹿か? 明らかにトリガーになって目をかっ開いていてもその景色が浮かび上がってきて、はぁ、ほんと、無理……。
「は、はは……無理では最悪では……全裸を見たからってないないない相手は学友ですぞ? 後輩ですぞ?ゲー友でフレンドでよきオタク仲間ですぞ? はぁー落ち着こ生えてないがなんだってことですよ本人も言ってた無いってことは無いわけで無を見たということは見てはいないということでは? は? は? 何を感情を波立たせる必要がおありか? はぁー平常心平常心、拙者至っていつも通りにて何も問題ありませぬ。……無理では最悪では!?」
 ナニを勃たせるとかもう無理最悪の極みでは!
「アブノーマルが過ぎるのでは知らんかった自身のことながらこんなフェチズムを抱えていただなんてもう健全男子の基準とか知らん、知らんですわ。……ぅう……最悪だ……嫌われる…こんなやつがマブダチしてるだなんて拒否絶交半径2キロメートル以内に近寄らないでのルートしか見えてこない終わった……」
 我が身のことだから勘違いだなんてないだろうけどそれでも勘違いなのではと抑え込むようにして蹲ってみたけど、部屋着の下のじくじくとした鈍痛めいたそれは無くなりそうもなかった。
「ぅ……」
 絶交。
 嫌だな、だって、君との時間はとても楽しいんだ。嫌なことを忘れられて、まるでそんなことこれまでの人生で微塵もありませんでしたよって顔してられる。
 はぁ、どんなイントネーションで告げられるんだろう絶交って。脳内ボイスレコーダーに強制保存されてしまいそうで恐ろしい。その保存場所の上層或いは下層にはあの取ってつけたような寮長呼びのボイスが入っておりまして? 寮長に対する寮生の立場の時だけ畏ってその次の瞬間にはいつものイデアさんイデアさんって代わり映えのない声音で、あー君、結局はそんな感じだよねって安心するところもありまして。僕に似た血色の悪い唇でネタ振りに応じるとこなんて少し可愛げがあるなこの生物とか思ってました。たぶん拙者の真似をしようとしているだろうなと感じたサッカリンスマイルとかあれこの生物唇ちっさとかも思って……あんなの僕の手の平どころか指先数本で余裕で抑えられるだろ……。そもそも全体的にちっこくて細いんだ。ROM専の末に潜り込んでいたらしい僕のベッドで寝落ちしていてそれでふと見たらシーツの間から生っ白い腕だけ生えていた時には一瞬心臓が握り込まれたかと思った、これはホラー体験だけど。
「……ハァ? だいたい蝋燭@燃え尽き症候群(※マジ垢名)氏が拙者みたいな奴にはちょっと? 刺激が強過ぎるのでは? は? どどっ、童貞ではありませんけどねっ……?!」
 なにゆえかお洒落りぼんからも駄菓子のそれとはまた異なった甘いような匂いがして、それがやたらと鼻先と心臓をくすぐってくるようで、どう考えてもおかしい。思わずお洒落りぼんをシーツへと叩きつけてしまった。いやもうほんと、あの生物実質おなごでは?……いやこれは失礼か……? 此処は男子寮此処は男子寮……。
 そういえば、もちろん此処は先述の通りに男子寮でそうなれば入寮してくるのも男であるわけで、それでもつい先日新入生に告白されたというDMがきたことがあった。非モテの民を煽ってらっしゃる? ブロック案件ですなってなったのはさておき、よくよく考えなくてもあの時点では男子から男子へのそれだったわけでいや拙者そういう界隈があることは百も承知ですけどそれとこれとはまあ話が違いますというか片方がマブダチともなれば狼狽るというわけでいや普通に断ってたけど……僕も……普通に断る方向でいいんじゃないって流したけど……いやいやいや、あれ絶対その相手の顔というか個体を認識してなかった文脈でござったし? 別に、ハ? 寝顔スチルやサッカリンスマイルのスチルどころかプロローグのプの字も進めていないうちから告白イベントが成功すると思うなよ? 舐めプにもほどがありますが? の流れだったし……趣味の合う同士との時間をぽっとでに奪われるなんて無理にもほどがありましたし……いや違う違うそうじゃない、あの生物が男子としては極めて際どいのではという観点で話していたつもりであってこんなナニコレ独占欲の空気みたいなのを醸し出すつもりなんてそんなナイです。
 はぁ、無理、無理の極みですわ。詮索すればするほど、視覚化する必要もないほど自覚していくわけで。
「嫌われたく……ないな……」
 君のこと、好きなんだ。
「あー……なるほど理解した。そりゃこれだけ好きだったら、好きな相手のあられもない姿を見たら? こうもなりますわ年頃の男子を舐めないでいただきたい……!」
 好きだと言ってしまった! もちろん本人に面と向かってじゃないけど。
 ぁあだとかうぅだとか呻くようにしてうちから湧き上がってくるような感情を逃がそうとするけど、それらはどうにも居場所を失っている気がした。きっと今だったら自身の顔色も幾分マシなんじゃなかろうか。血圧高まってそう、或いはもしかしたら鼻血も出るかも……あられもない姿がどうとか口にしたそれで、僕はまた例の光景を目と鼻の先に表示していたのだから。
 シーツの間からはみでていた腕で分かっていた通りに、胴体……他、も色素は薄くて、色味が言い方は悪いかもだけど蝋のそれを彷彿とさせた。つるっとしていながらも触るとしっとりしている、そんな蝋燭の感触が思わず手の平に錯覚として再現されている気になってくる。手汗も掻いてきた気がする……。浮いた汗を部屋着の腿の部分で拭って、誰に視線で言い訳するまでもなく目を泳がせた。所謂そういうコミックとかだったら、ゴシっという効果音がやたら……な手書き風フォントで表現されてるんだろうな、だなんて脳裏の片隅で思って、他人事のように続いたごそごそだったりな衣擦れの音は手汗を拭う目的のものなんかじゃなかった。
 猫背で都合が良かったかもしれない、それに殆どパーカーの裾で隠れていたことも。半分勃ち上がったそれに自身の指を絡めてそんなことを思った。
「ぅ」
 何も纏っていない姿を浮かび上がらせたままにするりと指先を滑らせると、まだ別に握り込んで扱いたわけでもないというのに驚いて肩を跳ね上げるかのように震えて、目に見えて先ほどよりも角度がついた。変な声が出そうで片手を反射で口元に寄せたら自身の手の平からはあの甘いような香りがして完全に不意を突かれた思いで空気を上手く吸えなかったのか咽せた。
 口だけではなく鼻先も覆うようにしての呼吸は咽せた肺を労る為というよりはつまり。
「あー……これ完全にダメな奴ムーブですわ……」
 手の平の好きな子の残り香を吸い込みながらもう片手でペニスを握り込んでるキモオタとかダメすぎるのでは? けど、君の香りが僕の肺を侵していくような気がして興奮したというのも否定できない。それはただ単に上下に扱くだけで自身の手の中でおもしろいようにどんどん太く硬く熱くなっていった、いや全然おもしろくないけど。
 はぁはぁと湿って濁った呼吸が口と鼻を覆った手の平を圧迫して、自身の歪な呼吸音と情けない衣擦れの音は鼓膜を定期的に打ってきて、何にくらくらしているかちょっと分からなくもなってきた。手を動かすことはやめないけど。
 あの……ハイライトが無い、殆ど無い眼が僕を見上げた時のあれ……あれが好きだ。
 思考がちらちらと右往左往を始めた気がした、そのどれもが君へ辿り着くんだけど。
 それであの、もちろん意図してのものじゃないんだけど、ただのお互いの身長と僕の猫背が結果したことですし全然それは作為的じゃないんだけど、その眼に僕の姿が映り込んで蒼い炎が泳いでいるのが好きだ。僕なんかが君の眼に映り込んでいて痴がましい思いだけど、でも、僕なんかが君を奪っているようでぞくぞくする……あ、眼を、眼差しを奪っているということです。あとたまに盗み見た時、だいたい目が合うのが嬉しかったりする。君が僕から視線を逸らすそのちょっと前の瞬間の、少し眉根を寄せて眩しいものを見たみたいに目を細める仕草なんかも好き。……やはりあの生物可愛いのでは?
「はっ……ぅ……」
 あの情景を思うと背中をぞくぞくした感覚が何度も駆けていくようで、今必死に扱き上げ下ろしてるこれを手放したらすごい勢いで自身の下腹部に打つかるんだろうな、だなんてどうでもいいことも頭に過ぎった。虚しい。
「あー…嫌だ嫌だ……」
 嫌だという言葉の所為でぽたぽたと布地に落ちる雫がまるで涙なんてものに思えるがそんな大層なものでもなくてただの先走りです。どうせただのゲス野郎ですしはい。
「嫌だ……このポジションに僕以外が配置されるかと思うと……」
 僕が君の寮長ですし先輩ですしゲー友でフレンドでオタク仲間でマブダチですしいやそれ以上も一向に構わんが?……兎に角、君にとってのそれらが取って変わってしまうだなんて。
「妬ける……いっそ燃えるのではいや……燃やす……?」
 物理的にできないことはそこは魔法の力でどうにでもなりますし。
「はぁむり……むりっ……」
 譫言のように繰り返す無理という言葉は君との関係が悪い方向に変わってしまうそれに対してでもあったし、ぐちゃぐちゃとした粘着質な水音が絡まったペニスの吐精感の限界への抵抗でもあった。生えてる生えてないが些細だと言った君はこのグロテスクなブツを目の前にしても同じように笑えるんだろうか、君に欲情していますとまざまざと示しているようなこれを前にしても。
「あ゛っむり! はっ、ぅ゛、でっ……!!」
 極め付けに君の目の前で自慰に耽っているように思えて、下腹部に入れた力も虚しくびくびくと脈打ったそれは思うままに精液を吐き出してしまった。僕自身の手の平の中にだけど。皮膚を打つ精液の生々しい感触と温度を、他人事のようでそれいて逃れようも無い自身の事実だとぼんやり感じていた。
「い、いっぱいでた……」
 側から聞いたら間抜けな言葉を溢して、先走りは兎も角精液は垂らさないように気をつけながら手の平へと視線を落とすと確かにそこには精液の水溜りができていた。
「あー…………いやそもそも結局? 拙者は既にあの子のことを好きだったというわけで? 今の今まで上手くやれてるということはそんな今後を悩むことなんてないのでは? オートで最良ルートを選択する機能がありますし? はいこれきましたエンディングは確定ですわ一択ですわ心配して損した杞憂です」
 所謂賢者モードだけど、完全に開き直り申した。そもそも非リア充にどうしろということですよこれ以上鬱屈しろとお言いか!
 ゆえにもう次点の悩みというのが例の忘れ物を早々に返しに行かないとなということで、いや何もいろいろ片付けないまま行くだなんて愚直にも程があることはしませんけど。と、ひと息吐いたところで手を伸ばした。
「…………あっ?! いやちょっ! ちがっ?! まっ、間違えた……!」
 自身の手の中の精液を拭おうとティッシュに手を伸ばしたつもりが、無意識に掴んだそれが指の腹に知らせたのはシルクのさわりだった。つまり、間違えたのだ。間違えてお洒落りぼんを掴んでしまったのだ。違うこれは不可抗力だそうに違いない。
「いやいやいやいや洗濯しますし?! まずしますし当たり前だろしないわけがないJK」
 べちゃっと付着してしまったそれに柔軟剤の量、数倍にしようと思いました。
「……あれそれもまた拙者のにおいがするというわけで……? それは実質もう……マーキングと首輪を兼ね備えたシチュエーションなのでは……?」
 いやいやいやいや、そんな、拙者のヤンデレルートとか何処需要落ち着けイデア・シュラウド。落ち着け、落ち着いてくだされ頼みます。
 皮膚の下でぐちっとシルク生地に精液は滲み混んで、状態異常こんらんはまだ数ターン解除不能でしたとさ。