【嫌いなもの:落雷】
 天候予測、二十パーセント。その数字を携えて或いは踏み越えて、イグニハイドの、兄さんの寮室に遠くからの雷鳴が潜り込んだみたい。普通のヒト、には到底まだ捉えることのできない僅かな音の震えだけど、僕にはその微細な振動をなんにひとつも間違いなく捉えることができた。
 寮室の、兄さんの部屋の窓は鬱蒼を良しとするように朝の木漏れ日も黄昏の色も拒絶しているから、どんよりとした空模様を水晶体で視認することはできないんだけど、衛星に繋いで確認してみたら確かにそこには分厚くて重苦しい雨雲が在るみたい。とある分岐点のように、それかいつか兄さんと仰いだザクロの木を逆さまにしたみたいに、碧の閃光は幾重にも別れて降り注ぎ始めるんだ。
 心臓部の回転数が些細に狂ったみたい。重苦しい雷鳴の音が、反重力機能を斑に無効化するみたいで、時折に地にぶつかってはかちかちと音を響かせる。僕の聴覚にはそれが酷く響いて、可動部の節の滑らかさも無下にするみたいで、もしかしたらこれが気が滅入るっていうことなのかも。
 厳重にロックを重ねられたフォルダから、ノックの音が聞こえてくるんだ。コンコンっ、コンコンっ。ミュートにできない、極めて最小に近づけたつもりでも、僕にだけは把握できる。兄さんのボイスを再生、声音の合間のノックは、もしくはそれがまた異なるフォルダのパスとなりそうで恐ろしいと思った。衛星に繋いだ視界の所為かも、閃光が奔って、くらくらとしちゃう。
 ああ、息を呑む音がする。僕のものじゃない、それは縺れるような足音も絡めてる。
あと六分十秒、兄さんが僕のもとにやってくる。悲痛をそのままに形にしたような表情を浮かべているんだ。僕は、兄さんの幸いをいつだって祈っているのに。
 だから、僕は落雷が嫌いなんだよ。


(オルトが落雷を嫌いな理由は、彼自身がそれを嫌う以上に、彼の大切な人が悲しむから。)

【雷鳴びっちゃら】
 雷鳴が劈く、瞼を伏せるを許さぬ誰かの意思の元に、網膜に碧色を纏った閃光が尾をべっちゃら引きながら嘲笑っているようだ。
 右腕左腕、脚の両方が磔刑に伏している。嗚呼、これはひたひたと身を浸す睡魔の酷い苛みに他ならないと知り及んでいる、それでも抗えないから、僕の末端は統べからず言いなりだ。
 灼熱の矛先が喰い込む、蝕まれる、それでもそれは片割れが飲み込まれた贖罪の炎には程遠く。
 夢中に掻く、爪先の荒ぶりに肉と欠片の間に潜り込む物は何だ。確かとした事実をくれるのか、夢幻だとしても些細なそれを与えたもうなら、いやそれは酷く滑稽だ。許されると思っている一片みたいだろう。自惚れるなよと、自身に影を覆い被せるんだ。
 誰も許すな、誰も許すな、片割れの朗らかな口辺でさえ、本当は許しのそれを零して欲しくないんだ。泣きたくなるだろう、水源を幾ら干上がらせても足りないとしても。そうしてそれが結局は滑稽な自己満足に過ぎないとしてもだ。
 許す唇の端は結局、僕が用意したようなものだ。浅ましい、浅ましいと此の心は反響しているだろう。
 心臓が慟哭してる、鮮血は吹き出している、雷鳴とのコントラストだ。
 痛ましいのは、本当は何処の誰で、唯一は何なんだろう。
 オルトは、確かとしたそれが在るのはいったい。


【後悔、嫌悪、ループ、ループ】
 花弁が萎びれている、水分不足を露わにしながらどうにも滴る水滴を何処までも受け付けないのはお前に心底似ている。転がしてみようか、カルキ臭を纏わせながらころろと縺れる。もっとステップを上手く踏めないのかと紡いだ唇は皮肉みたいだ、自身への。分岐前にセーブをしなかったのか。ちゃんちゃらおかしいや、指の先だって嘲笑うように叩いてる、タップ、スライド、ケアレスミスを刻んだ。お前の唇はそんな色だっけ、瑞々しい花の面影を浮かべながら首を傾げる。画像を送り出そう、やはりどうにも照らし合わないだろう。鼓膜を引っ掻く、潮騒めいている。満ちては引いていく、それが反省と後悔の関係だって言ってみせるのは誰だってのさ。それは心臓を一抹に貫いてみるだろう、稲妻にも似ているか。碧が奔るなら、やはりそれは滑稽だ。なんにせよ、皮肉にしか成らないってことだ。縫い止める、それは僕の唇でしかない。どうせなら息の根を止めろよ、畜生め。


 【罪の蒼】
 雨が鏡面を奔る、酷く濁った水の溜まりでさえ写し鏡と成っていた。偏に、空を劈くような雷の牙の為だ。滲む、脂汗。心臓が何者かに鷲掴みにされたように、されどその指の股から肉を必死にぼこぼこと弾ませるように打っている。送り出される血潮は蒼ざめている、葉脈の化粧のようにこの四肢に根を伸ばし給え。いっそ、そうして育まれている方が心とやらを落ち着かせる。雷雲の合間から気まぐれに落とされたそれが神木を分かち焼き尽くしてしまうとして、あとに残るは新芽も生まれぬ死に体だとして、如何様にして希望など抱けばいいというのか。汚泥を吸った脱脂綿にも似た雲の合間を行き来する雷鳴を嘲笑った、お前が嫌いだと。嫌うことで過去を拒絶することができるなら、と。酷く、滑稽なのはこの口辺だ。侮蔑をつらつらと零すこの唇こそ、どこまでも罪の蒼に濡れていた。


【星送り】
 追憶、遠く遠く、必死に腕を伸ばしても指先爪先にも掻くことができないそれがぱちんと弾けたんだと思った。それは錯覚でしかない。
 誰かが笑ませた唇で言った、月に似ているらしい自身の眼はその眼差しの端に尾っぽをたなびかせ駆けていく存在を見留めたらしかった。
 更けた夜の空に縫い止められた星ならまだしも、名も知らぬそれを知る術を得るよりも早く消失してしまったそれが、どうにも心臓を痛めつけて仕方がない。
 不眠を重ね続けたせいだと自身の唇に嘯いて、爛々と輝く、もしかしたら疾うに死んでいるかもしれない縫い止められた星々に眼差しを引っ切りなしにやってみる。
 期待をしなければ再びとあるかもしれないと思っている、僅かな可能性にばかり縋り付いてしまうのは悪い癖なのか。
 瞬きの合間に、もしそれらが奔るのなら、逃げおおせるならその方が良いと思ってる。
 面影を重ねて夜の空はいっそ陽炎のように揺らめていた、喉が引き攣って星の子をただただ見送ることしかできないでいた。
 耳の裏にあの子の心音がとくとくと響いていた、残照のようだ。
 夜のヴェールはもやを良しとするように降り重なる、それでも白い布で全てを覆い隠せないように、この夜に存在するありとあらゆるが僕を苛んでいた。
 その罪の声音が、静寂に冠する。


(お題「星送り」でセルフクォーターライ)

  【滑稽な夢の話】
 雷雨の空を仰いでいる、四肢を投げ出して寧ろ人生を投げ出して地に横たわる僕は。いつだったかオルトが言った、お月様みたいだと言った此の瞳とあまりに程遠いところに在る碧色の閃光に、突き落とされたような気持ちになるんだ。別に閃光に縋り付きたいってわけじゃあない、手の届く範囲に在れば如何にかなったような、馬鹿みたいな妄想に取り憑かれてる。
 これは所詮夢の中の話でしかない、それでも幸いの色に濡れることができない。濡れたいと思っているかも定かじゃない。せめて網膜で雷を捕らえてやろうとしているみたいだ、眼球の球状を知らしめているみたいにさ。いっそ、無機質な硝子玉。僕の眼球のつるりとした曲線を雨粒のそれが他人事のように滑って、許容範囲を、隔たりのそれを越えていったみたいだ。不純物の混じった液体の行く着く先はどうせ酷く濁った泥水の溜まりだ、そんなことも知らない世間知らずで何処へ辿り着くつもりなのか。世間知らずの幼子がひとりで生きていけると威張っているようなものだ、嗤える。
 けれど知らない方がマシかもね、幾重にも別つ、例えば四肢の数では到底賄いきれない幾数の分岐だそのどれもの挙句がいわゆるバッドエンドなんてネタバレ。嫌になるだろう。過程を楽しむからいいよ、だなんて口辺を吊り上げていた虚勢は幼子の姿に押し付けた、とある面影と共に。
 嗚呼つまり、稲妻の劈く騒音があまりにも煩わしいんだ。鼓膜を震えさすなんてものじゃない、僕の心臓を突き刺し、嬲り、裂こうっていう魂胆なんだろう。ちかちかとする、瞳孔は収縮を断続的に行なっている、いかづちはつかまえたのか。閃光に浮かび上がる心臓は僕のものではない、心臓は、魂は、我が身の、魂魄、片割れの。奔っている、稲光が或いはあまりにも無力な存在が。いや、これは追憶だ、雷鳴の合間に警報が鳴り響いている、深追いをするなと慟哭を上げている。血潮が吹き出す音にそれは似ている。
 矛先は本当は何処を向いていたのか。
 大脳皮質は裏切らないと言えるだろうか。雷光の眩い影に紛れている唇は手繰り寄せてはいけないと形作っている。その器官は幼い僕のそれに似ている。
 これは、夢に他ならない。悪夢のそれに他ならない。
 それでも、独り善がりな贖罪に身を委ねようとしている僕は、もうこの身体の統べる末端の何ひとつだって動かせやしないと横たう。雨風はまったく、心地好いぐらいなんだ。線路の枕木なんて、とても後頭部にしくりときているだろう。嗚呼そうだ、僕はそのような場所に横たわっていたのか。そうともなればそら、音は煩い。警告音だ、或いはこれが終端のラッパってやつ。それではさて、潔く、僕なんかを分かち給え。肉を、骨を、魂を分かち給え。
 僕は終着点なのか、それとも通過点なのか。どちらにせよ、分かたれたその先で、僕と片割れに成れと思っているんだ。嗚呼、そんな夢見心地だ。夢でおちたら、何処へいく。底にオルトはいないだろうけど。


(×××・シュラウドは×××・シュラウドの代わりに×んだ、それは自己犠牲の形をしている。夢で×んだら如何なるのか。脳死の果て、それが独り善がりの×では逝き先は地の獄だ。自己犠牲の精神を、尊ぶそれを抱いていた者がそのようなところにいるはずもないだろう。)