宿せ孕めや息吹きは尊い
遠く、近くへと波寄せる音は蝉時雨。青葉の茂りからも差す空の煌めきは耐え難く、少女は顔を俯けるようにして麦藁帽子に光を遮った。きゅっと握りに力を入れれば、母である女性の暑さに仄か湿った手の平が娘のそれへと握り返される。仰ぎ見ると母の口辺は僅かに持ち上がり、それでも眉尻は下がったもので。その濡羽色の長い髪を焼く夏の陽光に、それはやはりと少女の目に眩いものだ。
それで、少女の鈴を貼り付けたような目がふいと向いた細かな砂利の道。そこでは少女には名も知らぬ虫が死んでいる、からからと干乾びて。蝉の声は、近くによりては遠離る。それは海の満ち引きのように。
夏の潮騒をどれほど聞いた頃合だろうか、母と娘の前に面布を付けた人影が現れたのは。それは陽炎のように揺らいで、男であるのかそれとも女であるのか、その上背が高いものなのか低いものなのかも分からない。人、影。顎の先程までに垂れた白い布の奥から聞こえてくるそれも声音、男女の区切りは付かずに少女にはまるでと蝉の声に聞こえるものだ。
だけれどそれはやはり人の声であり、人の言葉で女性へと用件を告げていた。
「梔子の審神者様、お待たせいたしました……其方が、ご令嬢で?」
「ええ、私の一人娘です」
「嗚呼やはり、梔子の審神者様のお子ですなあ……霊力の蓄えが分かりますれば」
少女は母の顔を僅かに仰ぎ見てはその髪間から細く流れた汗と、それでも青白く浮くその肌を瞬きに切るよう毎に遮って。
「 」
母の声は陽炎ではないが揺らいで聞こえず、少女はただただその唇が動いているのを見るばかり。
「おお恐い、されどこれが決まりですからなあ……梔子の審神者様もそうとあったではありませぬか」
「……保障はされるのでしょうね」
「その霊力、重宝なことで」
ぐっと寄った母の眉、対面する面布の人影の先に見えぬが狐の笑いを少女は垣間見たような気もした。細い目が、にたりと。
少女が夏の暑さに仄かくらくらとする中、母と人影は何かを話し合っていたようであるが、耳に煩い蝉時雨に目に眩い陽の煌めき、それらの為に少女にはその内容は遠く霞み分からないものであった。
母は娘の前にしゃがみ込み、その小さな体を自身の腕の中に抱き締めた。
「おかあさん?」
その腕の力の強さ、僅か痛みを覚えるそれに娘は母に問うが視線の先の背中は小震えを見せるだけ。そうして深い呼吸の音をひとつに、母の温もりは娘から離れたらしかった。
「お母さん、この子は?」
少女の目の前をいっぱいにしたのは、母が差し出したもので。その藤花色は娘の目に眩くも見えた。
「今日から、あなたのお友達よ」
仲良くするのよ、そう言って手渡されたものを少女は受け取り、至極大切そうにその腕に抱える。名前を問うた娘に母はそれの名を告げ、少女はその音を唇に乗せてぎゅっと腕の中のそれを抱き締めた。ぬい、と。
「――さ、終わりましたかな?」
娘を愛しげに見る母の視線を遮るような蝉の声、面布の人影は徐に歩んだ体で娘の前にゆらゆらと立つ。陽炎が、そびえ立ったようなそれは。
「……忌々しい」
「おお恐い、最後くらい笑み頬で送り出すものではありませぬか」
最後、その言葉に娘は母を見て不安げに瞳を揺らす。母は娘の髪を梳くようにしてその頭を撫でたが、視線は憂うように夏の間を漂うものであった。
それで、娘の手の平は母のそれから面布の人影へと渡る。
「良い子でいるのよ。良く学び、良く遊び、日々の移り変わりを思い過ごすのよ」
それで、母の姿はゆらゆらと。まるで、陽炎であったのは母で、その母娘の時がそうであったような。
夏の潮騒、潮の満ち引き。それが、一生の別れ。
母と娘が出会うことはもう無い。少女が審神者としての教育を受ける月日の間、母はいなくなった。そうだ、母であった女性はもういないと管狐の声音は告げた。梔子の本丸は歴史修正主義者より襲撃を受け、母君は亡くなりました、と。
だけれど何も変わらない。少女は審神者になるべく学びを余儀無く、また時を進ませるも余儀無く。
そうして、娘の審神者としての人生は始まる。
宿せ孕めや息吹きは尊い
あの日の少女はもう二十歳。本日付で正式に審神者となった彼女は少ない手荷物を共に今日から長く、死ぬまで過ごすことになるだろう本丸の門を潜った。傍らには初期刀、審神者になって始めに政府より支給される刀から顕現された刀剣男士――彼女の場合は山姥切国広――それを共に、彼女は歴史を守る戦いの舞台へと足を踏み入れた。
「俺みたいな刀が初期刀で不幸なものだな、あんたも」
露草色は審神者を見ずに双眸に在る。
「そんなことないよ。寧ろ、私みたいな小娘が主であるあなたの方がきっと、不幸だよ」
風に流れた金糸を追うように、その露草色は彼女を見振り返る。結ばれた唇は暫くを何も紡がず、それでも時の間に音を零した。変わっているな、あんた。そう、小さな音を。
審神者としての始めの一日、それはあっという間に時間を経過させた。
プログラミングされたような初の出陣と刀剣男士の負傷、それに手入れ。刀装作りや鍛刀と審神者はそれの為に疲れをその体に蓄えていた。その宵、彼女が上手く寝付けないのは過ぎた疲れの為か緊張の為か、それともどこか感じる視線の為か。いや、最後のはずはない。この本丸に今在るのは山姥切国広と、初の鍛刀で出迎えた秋田籐四郎の二振りだけでありまた、その刀達も今は眼を閉ざして夜を経たせているはずだ。
だからとふと気付く。審神者は、その視線に。
寝具より僅かな衣擦れを響かせて身を起こした審神者は、冷えた畳を足裏に床の間の前へと歩み、しゃがむ。床の間、備え付けられていた掛け軸の下に徐に置かれたそれはぬいぐるみ。二十歳である身にぬいぐるみなど、とは言えない。彼女にとってそれは母の忘れ形見でもあり、独りの時間を共に長く過ごしてきた存在であるから。
その手の平の下に藤花色を撫でてどこか温もりを感じ、審神者は目を細めるようにして吐息を零した。物言わぬ友。だけれどこの存在は、今後も自身の支えになってくれることだろう。浅葱色を見つめたままに、彼女の最初の夜の宵影は濃くなっていく。
審神者暦も早半年、この本丸に実装された刀も増えたものだ。当初の物悲しさを感じるような静寂はもう、此処を包むことはない。賑やかな温もり、だけれど心冷えて感じてしまう審神者のそれを刀剣男士は知らぬ。
審神者部屋にて、此度の戦果を告げ終えた山姥切国広は数秒口を閉ざした。それに報告の終わりと、それでも何か続くであろう用件を察して審神者は彼を見る。泳ぐ露草色はちらりと横を見て、それから彼女を見た。一度隙間を空けた上唇と下唇、閉じられ、それでも開かれた。
「……落ち着いて聞け。あれには……付喪神が宿っている」
審神者は彼の言葉に直ぐには理解をよこせなかった。もう一度と泳いだ露草色にそれを自身のものも追わせ、その先に藤花色や浅葱色を見る。
「……え?」
「やはり、分かっていなかったのか。審神者だろうに」
言えば、彼女はそれと共に長くを過ごしていたから。だから、そのゆるりとした変化を捉えられなかったのだろう。しかし、把握できていなかったとしても事実は変わらない。視線の先、そこに付喪神の意思が在ると。
「冗談では、なく?」
「俺がそんな冗談を言うと?」
「……思わない。国広は、そういうこと言わない」
「ああ。……つまりは、そういうことだ」
どうするんだ、と彼の眼は問うていた。分からない、と彼女の眼は迷っていた。物に息吹きを与える力を持っている為に、自身の友ともいえるその存在の為に、審神者の眼は畳の目を見るでもなく落とされ、どこかを漂ったままに思考を彷徨わせて。
夕方から降り出した雨は、雨脚を強めて宵を深くしていく。部屋の中央にてぬいぐるみ――付喪神が宿っているそれと向き合い、審神者は静かに息吐いていた。
音は雨に煩いはずなのに、静寂が耳に痛いような気さえする。伸ばした指先、藤花色に触れて。指の腹で撫でれば皇かな心地、知って触れれば確か宿った意思を感じる。審神者はその唇の結びを揺るめ、共に過ごした時間を振り返る。喜びも悲しみも、寄り添ってきたと。
だから、彼女の指先は撫ぜる毎に自身の霊力をゆるやかにそちらへと流していく。それは無意識に微弱なものであったが、付喪神の神気もまたそれに惹かれるように流れ、その二つは海に流れ込む小川のように境界線を不確かなものへと。
そうして、宿った息吹きはひとつの昇華を遂げる。
審神者の指の腹はぴくりとした震えを感じ、僅かその撫でる動きを止めた。その指へと縋るように仄か動いた藤花色に、目を見開いて息を呑ませたのは審神者で。顕現させるつもりはなかった為に人の身をそれは得ていない。だけれど、審神者の霊力と付喪神の神気は結び付いた故に確かな自由をそれに与えた。
俯いていたそれが見仰げば、浅葱色は確か審神者の瞳の色と向き合う。動くことができるようになった体を確かめるように、その右手はゆるりとした動作で畳に音を鳴らせた。審神者は、それを見ていた。雨の音はやはり彼女には遠いものだ。審神者はそっと自身の両の手を伸ばした、その小さな体へと。それを、浅葱色は見ていた。
審神者がそっと抱えた体、視線の高さを合わせるよう瞳の色を合わせるような、それ。その浅葱色には確かな意思が在る。審神者の視界が微かに白くにじむ。浅葱色もまたにじんで見えてしまうからと、彼女はそれによりと顔を寄せる。ひとつに彼女が泣き声を呑んだのは、自身の目元、涙を拭うようにその手が触れたからで。
「ぬい、ちゃん……」
音は、未だそれを響かせるに戸惑うかのよう静寂に小さく。
「……ぬ」
紛れて、消えた。夜を通して降りしきる雨の音。それでも確かその声は審神者の耳に聞こえ、そうして心にまで届くもの。
もう、心も独りではないと。彼女の憂いは宵影に霞んでいった。
それから、審神者の傍らにはいつもぬいの姿があった。戦果を纏めるに筆を取る時にはその膝元に、縁側を歩き遠く山粧うを見る時にはその腕に抱かれ。日々の移り変わりを互いに目で見ては肌で感じる、尊い時間の折り重ね。心を寄り添わせて季節を渡る。
夕間暮れに互い見やるその姿を色に染め、審神者とぬいは宵へと向かう本丸の縁側に在る。
「ぬいちゃん、今日も一日が終わるよ」
「ぬぬ、ぬいぬい。ぬっ、ぬぬ~」
「そうだね、一緒なら黄昏も物悲しくないね」
丹色の陽影を眼差しに翳し、ぬいの浅葱色は遠く山の背を辿る。審神者は彼のその眼を見やり、自身もまたと同じように遠く、黄昏を向かえる山々を見た。
時は、緩やかに流れていく。黄昏色もやがて宵の色に染まるだろう。時間は、日々は、留まることを知らずに明日へ明日へと進んでいく。だけれど、共に在れば心寂しくはない。ぬいの手は自身を抱く審神者の手をそっと撫で、彼女は彼の手をやわく握り込んだ。
それは花笑みの季節。零れ桜のようなそれは、新たな刀剣男士が顕現されたことを示すもの。その霊力と神気がやわく交じり合った部屋で揺れた空気、ふわりとしたものは花びらだけでなくその藤花色で。
「――僕は歌仙兼定。風流を愛する文系名刀さ。どうぞよろしく」
青年の姿をしたその神が口辺に浮かべた笑み。それ見た審神者は、腕の中のぬいを本の僅かに強く抱き締めた。花神を彼女は見た、そうしてどこか覚えた思いは。
「……? 僕の主は、きみではないのかい」
「っ! ぁ、はい、いえ……私が、この本丸の審神者です……」
ぼんやりとした目前の女人に、歌仙は問い掛ける。そうすれば審神者はまるで頬を軽く叩かれたかのように肩を小さく跳ね上げてから、彼へと返事の言葉を返した。言の葉を返す合間も、彼女の気はどこかぼんやりとしたまま。どこか波間を漂い、付く場所を探すようなそれで。
「……、……ぬ」
見仰いだ浅葱色は小さな音を彼女へと聞かせた。それは言の葉ではなかったが、審神者はその声に過ぎった思いを知る。
ああ……そうか、この花神はどこか似ている。この腕の中の大切な存在に。
だからと彼女の頬は儘に緩み、歌仙へと一等に親しい者へ向ける笑みを贈った。それに、花神のような青年もやさしい微笑をひろげる。
ひらひらと舞う桜の花弁、浅葱色にちらついて。
「主、此度の手土産だよ」
歌仙の指先は小花を幾数も付けた一枝をたおやかに掴み、それを差し出した先へと向ける笑みは春の陽気に添うように穏やかなもの。その薄く桃色付いた白の花を瞬く視線で見ていた審神者は、促すように主と己を呼ぶ歌仙のそれに浅葱色を見た。その優しげな眼差しは彼女が受け取ることを望んでいるもので、それで審神者は両の手の平を掬い差し出すようにしてその花枝を迎え入れる。
鼻先を寄せてみれば仄かに甘い、その花の香り。
「杏だよ。手折るべきではなかったのかもしれないけれど、きみにも見せたくてね」
「……ありがとう」
「いいや、このくらい。……それに、僕の方がいいものを見せてもらっているようなものだ」
審神者は歌仙の言葉の意味を問い掛けるように、その穏やかな浅葱色を見やる。藤花色を揺らす少しの春風は、花の香りの合間に彼が纏う香で彼女の鼻先と心を撫ぜていく。
「乙女のはにかみだよ」
「…………花言葉、ですね」
「ふふ、ああそうだ。好いものだ」
細波のような微かな笑み声に震え、審神者は耳がこそばゆいと杏の花を伏し目で見やる。その、両手の中の花の温もり。
杏の花の言葉に乙女のはにかみ、疑惑と疑い。この場におらずともただ彼女の一等であったその浅葱色。彼がその蒼さを儘に深めていることに彼女は気付かず、知ることも未だこの時には無い。
その時は静かに審神者へと歩みを進め、そうして彼女に気付かれぬままに目前へと煽り立っていたものだ。
静やかな宵。外に出て見やれば宵空、満ちた月もまた静寂を共にそこ在る。審神者部屋の奥、其処は審神者の寝間となっておりまた彼女は寝やるにその場に身を横たえていた。
眠りの波間をゆらりゆらりと漂う彼女の意識、それが引き寄せられたのは親しみ愛しみを覚えるその神気の手繰り。心地いいそれに触れ、夢と現の境界線もただゆらゆらと揺れているような心持。だけれど審神者はその眠りの瞼を薄く開き、そうして瞬きをする毎に現へと引き戻された。
「ぬい、ちゃん……?」
審神者が戸惑いの声音を小さく部屋の静寂に溶け込ませたのは、眠りの淵から起き上がった自身の目と鼻の先に浅葱色を見たからだ。彼女の瞳の色を自身に、また自身の浅葱色を彼女のものへと映り影にするようにぬいは其処にいた。
審神者は、うつ伏せの状態でぬいと瞳を合わせまたと戸惑いの音を響かせる。
「ぬいちゃん……?」
「…………」
だけれど、ぬいは答えない。声も動きも無い。まるで、其処に息吹きは宿っていないと、ただただぬいは審神者の目と鼻の先にいた。その浅葱色で、彼女を見ていた。
ぬいに息吹きが宿った後、このようなことはなかった。彼女が望めば彼はできうる限りに応じてくれた。だからと、何も返してくれないぬいのそれに彼女は戸惑い、また己の身のことに気付くのに遅れたのだ。
「っ!」
審神者の両の手、それは手首の内側を合わせるようにして拘束されていた。赤と白の組み合ったその紐は襷、目の前の彼のもので。審神者はそれを知って、浅葱色へと自身の色を向ける。
審神者の眼差し、その唇は小さく震えた。彼女は知った。ぬいの、その浅葱色の蒼さ、そうしてその深い蒼の奥に孕まれた感情を。
「ひっ……!?」
何かが、審神者の肌を撫でた。産毛を撫ぜるようにするりと。それに審神者は自身の体が衣服を纏っていないことに漸くと気付き、そうして息を呑んだ。だが彼女がその喉に息を詰まらせようが、撫ぜるそれは一度といわず二度三度と彼女の肌に触れ、そうして彼女の唇から音を零させる。
「んっ……ぁ、……ぅ、あ……あっ!」
背中の下方へと流れる窪みを辿られ、横腹を撫ぜられ、そうして乳房はその形を変えるように何かに締め上げられた。
「っっ!」
審神者はその何かの形を確かと捉えようと、その眼に意識を集める。そうすると審神者にはそれが知れる。だから、審神者の視線の先には彼女の肌を撫ぜるそれの姿が浮かび上がった。
それはまるで、植物であった。しなやかに茎枝を伸ばし、青葉を時折に付け、その先にふくらとした花つぼみを付けたもの。その姿はまるで、咲き誇る前の牡丹のような。ぬいと共に開花を待ち遠しく思えていた、あの、牡丹のような。
花つぼみは審神者の乳の肉にその先を埋めるように肌を突く。やわいその感触をより知ろうとするかのように花つぼみは幾度と突き、乳房を締め上げるかのように茎枝は絡みついた。
「んんっ……!」
締め上げたそれにより強調されたようにも感じる審神者のその胸飾り、それを花つぼみは茎枝を絡めたままにつんつんと突く。また青葉のその先でくすぐるかのように触れるそれは、吹いた風に揺れる葉々のそれだ。だけれど、その様に審神者はひとつも心を清められない。撫ぜられる度その肌は熱を持ち、突かれる度に胎の奥で眠る欲を誘いだされているようで。
また、それは触れ合う度に神気を己の肌へと寄り添わせてくる。それがよりと欲の熱を生む。審神者は、その神気の心地よさを知っている。今この折に自身の体を遊ぶ牡丹にも似たそれが寄り添わせてくる神気を、知っている。だから、これの持ち主が誰であるかなど想像に容易くまた、此の場に在るのは彼しかおらぬ。
「ぁ、ぅ……ぬいちゃん……」
「…………ぬい」
審神者の潤み目の中に浮かぶ浅葱色、ぬいは小さく自身の声を彼女に聞かせた。それに、彼女は僅か頬を緩ませる。漸く答えてくれた、彼であることを知れたと。
「んっ……ぬいちゃん、これ外して?」
審神者は己の手を束ねたそれを言う。またその言葉にはこの行為自体を止めようという問いかけも有る。
「ぬい」
それを知りつつ、ぬいは彼女のその訴えを退けた。
茎枝はそれを伸ばし、幾重にも彼女の体を抱き込む。枝分かれ、その茎枝は太く、その茎枝は細く、その幾数で審神者を抱き込む。少しを揺らしたそれは愛し子をあやすようにも見える。だが茎枝は審神者の両胸を揉みしだいては花つぼみで乳の頂を攻めた。耐えようとするが抑えの利かない審神者の甘く色付いた声がその青葉へと零れ落つる。
神気は、どこかとろりとしたものに変化し審神者のその胸に撫ぜつけられた。花つぼみは自身の神気を彼女へよりと馴染ませるように、肌へと擦りつく。馴染む毎に肌に熱い。
「ぁ、あぁ……」
欲の熱に浮く審神者は薄く唇を開け、音を零す。青葉による彼女の頬の撫ぜりは、その音を慈しむかのようで。また乳房に擦りつくそれとは別のもので、花つぼみがふくらと付いた茎枝がぼんやりとした審神者の視界で揺れた。
「ぁ、んっ……! ん、んぅっ……! っ!」
花つぼみは一度審神者の唇をその先端で撫ぜた、するりと穏やかに。それでも彼女の口腔に潜り込み、その場を荒らす力強さは穏やかとは言い難い。頬の内側の肉へ、粘膜へと擦りつくようにすれば見目にもその形を知れる。舌をふくらで撫でてはとろりとした神気に濡らし、細い茎枝を伸ばせば神気と共に舌を絡めて扱き上げた。
喉奥へとろとろと滑り落ちていく神気。彼女の胎は、疼いた。
「……! っふ、ぅ……! んっ、んんっ! っ、っっ……!!」
ずりゅっと最後一扱きに、花つぼみは審神者の口腔からその身を退いた。びくんっとその身を跳ね上げるようにして審神者は震え、またこほこほと咳き込みながら滴りを零す。それを見るように彼女の顔先で揺れる花つぼみ、それもまた滴りを零しながら濡れ光っていた。
「っ!!」
審神者が息を呑むようにして驚いたのは、己の体を絡め抱き込んでいた茎枝がくいっと尻を突き出すように自身の体を持ち上げたからだ。脚もまた、秘することなど許さないとばかりに開かれそうして絡められては閉じることを許されず。
とろりとした神気を纏った茎枝がその場所を撫で上げた。びくんっと跳ねた審神者の体。それに満足そうな笑みの気配を漂わせたのは、浅葱色を彼女へと向け続けるぬいで。花つぼみは己のものではない滴りをその身に擦り付けてはその場所を撫ぜ上げ下ろす。先端ではなくふくらとした横腹で、それでも欲に膨らんだ審神者の芽を愛撫するには十分なもの。
「やっ……! ぁ、あ……! んっ、んん……!」
そうして、花つぼみはその先端で肉慾の芽を小突く。つんっ、つんっと、その度に審神者は胎を喘がせた。その震える胎を抱き込んだ茎枝の先のふくらとした花つぼみは同時、乳の肉に自身を突き込み埋もれさせる。審神者は嬌声をただ濡れ零した。
ずりゅんっ。そう粘着質な音を響かせて、花つぼみは審神者の秘芽を押し撫でた。仰け反ったのは審神者の喉元、白く浮いたその首の肌。詰まった息は数拍、そうして何も咥えこんでいないその肉がきゅぅきゅぅと締まった。
茎枝に絡め取られたままの体でくたりとその身を投げ出す審神者は、熱い息を零し続ける中で浅葱色を見やり思った。深い蒼、それは審神者の潤んだ眼の中にも。
「ぬいっ、…………ぬっぬっ」
「っ! ぁ、ぁあ……! まさか、そんな……!」
ぬいの声色は愛しげで、審神者の肌を撫ぜた花つぼみもまた愛しいものへと触れるそれであった。だけれど戸惑いの声を上げた審神者のそれは、僅かに花つぼみが先端を内へと沈み込ませたからのもので。ふくらとしたその身全てを内へと沈み込ませてはいない。それでもなだらかな線を描く身を浅く内へ沈ませては抜き出しを繰り返す。それは、その先の行為を望みまた知らせているものだ。
「だめっ! だめ……! ぬいちゃん……! っや、ぁあっっ……!!」
「っぬ……ぬぬ……!」
花つぼみは審神者の中へとその身を沈めた、ずぷぷっと。審神者は体を、胎を、震わせながらぎゅっと閉じた瞼で睫毛も震わせた。行き場を追われた潤みは涙の珠露と成りて、その頬を滑り落ちる。
「ぬ……ぬいっ、ぬい……ぬ……」
「……ぁ、ぬいちゃん…………」
ぬいの手は、その涙に触れた。頬を撫ぜる彼の手に眼差しを向けた審神者は、震える吐息を零しながらも彼を呼んだ。それに返すようにぬいの手は彼女の頬をやわく撫で、その涙を拭う。
それでも、花つぼみはぬいの思いの儘にその身を抜き引いては押し進むを繰り返し始める。ふくらとしたそれは、男を知らずに今とある審神者にそれでもその行為を思い知らせた。胎に響く悦とした波、それから逃げようとする彼女の体は茎枝に絡められたままにどうとすることもできない。
「んんっ! あ、あっ、っめ……! ぁ、んんっ……!」
「ぬっ、……ぬぃ……ぬっ、ぬっ……っぬ……!」
激しく行き来する花つぼみに審神者は嬌声を夜の帳へと響かせ、その合間に零れるぬいの声もまた花つぼみが彼の神気、言わば彼自身である為だろう。
ぐちゅぐちゅとした水音も、女としての淫らなその声も、凛とした宵の静寂を破るものだ。だけれど誰一振りとしてこの交わりに気付きやってこない事実は、ぬいの神気と審神者の霊力が馴染み良く混ざり過ぎている為である。半ば彼の神域に身を沈ませて浸る行為だ。審神者がどれだけ善がり鳴こうと、この宵の静寂は変わらない。
「ぁあっ! ぁ、ふっ、ぁ! やだっ! やだぁ……! っまた、また……!!」
「ぬっ、ぬい……!」
「だめっ! あっ、ん! ぁあああっっ!!」
「ぬっぬっ……ぬ゛っ……!!」
審神者のその肉が連続的に大きく波打つ。彼女はその胎で快楽を極めた。そうして、ぬいの濁り詰まったその声もまたそれと知らせるもので。ぶわっと、ふくらとした先端は大きく膨らみ、脈打つように膨縮するそれの先からどぷりと濃い神気が彼女の中へと放たれた。
「っ、っ、っ……!!」
あまりに濃い神気。それにくらくらと目眩を覚えた審神者、その視界。審神者の中に埋まっていない他のふくらはその先端を割り開き、牡丹色を覗かせやがて、百花の王としての大輪を咲き誇らせた。
花の仄かに甘い香り、潤んだ視界に咲き乱れる牡丹色。
彼女は、その意識をぼんやりと波間に漂わせるようにゆらゆらと霞ませていくのであった。
そうして朝は訪れる、夜に何があったとしても。
意識を失った審神者がそれを取り戻した時、彼女の体は何一つ普段と変わらない状態で寝具の上にあった。その部屋に情事のにおいはなく、また審神者の体も何に一つも無い。困惑の色を浮かべた審神者は僅かに開いた襖戸のその先に朝日の差し込みを見て、胸元の夜衣を指先握り込んだ。夢を、渡ったのかと。
だけれどそれに気付けなかったのは彼女だけである。審神者は常時のように縁側を歩んで、内番に励む皆の様子を見やりに向かう。その途中で顔を合わせたのは加州清光と歌仙兼定、その二振りで。また彼らは審神者の姿を目にすると同時にぎょっとその眼を見開かせた。それに、審神者は訳が分からず小首を傾げるが。
「何て言ったもんかなー……愛されてんね?」
ぴくりと、審神者はその体を震えさせた。夢を、思った。だけれどそれは夢ではないと言うように、歌仙もまた審神者を見やるその意味を彼女へと伝える。
「この人は僕のものであるという言外の意、そればかりだ。その神気の名残は」
名残と言うには多量なものだがね、と歌仙は言う。審神者が流した視線の先では加州もまたうんうんと頷きを見せている。だから、審神者はカッと頬を紅潮させてその場から急ぎ踵を返したのだ。
審神者の急いたその脚が向かう先は勿論、その胸に思い浮かべた彼の在り所。彼が何処にいるかなど、分からない。その筈であるのに手引かれるように足が進むのは、交えた霊力と神気の為だろう。審神者の身の内に彼の神気は流れ、息づく。
「っぬいちゃん……!」
彼は、いた。その藤花色の後背が彼女の声に振り返る。その浅葱色は愛しいものを見る眼、審神者のそれもまた愛しいものを見るそれであった。
息吹き、宿った思いは尊い。なれば彼女がその胎に孕んだそれもまた、尊いものなのだろう。