願い
「ねえ、ぬい。星が流れていくよ、何処へと行くのだろう」
それは、煌く星が無数に宵空へと在る、まるで銀河の祭りのような夜のこと。少しばかり冷えた夜風。それにそよと揺れたのは審神者の萌葱色その一葉で、言の葉を紡いで震えるのは花弁の牡丹色でした。
「ぬ、ぬぬい」
その浅葱色の眼に星の輝きを映していたぬいは、静かな声に彼女を見ます。そうして首を振って、星の行き所は分からないと言いました。審神者もまた、花首を揺らして分からないとします。
「あの星を拾いたい。拾いに行く脚も、包む手の平もないけれど」
星が濃藍の空に線を描きます。それは、願いを叶えると言われる流れ星。今、星が流れた。きみは見たかとぬいはその眼に問いました。審神者のその陰りを知って、花笑みを彼は欲していました。
だけれど、審神者は夜露をその花弁から零すようにして俯いています。嗚呼と、か細い声で泣き濡れていました。ぬいの胸にはその声がひどく痛み、彼女の涙が自身へも移る思いでした。
「流れ星に願ったら、叶うのかな。人の身が欲しいと」
刀の付喪神に人の身を与えど、自身の器を得ることはできない。そう、花は嘆くのです。
「星よ、星、流れ星」
審神者の花声が、静かな夜に響きます。
「私の願いを叶えておくれ」
ぬいはただ、彼女の声を聴いていました。
「脚が欲しいよ」
それは、あなたの背を追えるように。
「腕が欲しいよ」
それは、あなたに触れるのに。
「体が欲しいよ」
それは、あなたに寄り添えるように。
「唇が欲しいよ」
あなたに口付けるに、それが欲しいと審神者は言の葉を切に紡ぐのです。ぬいは自身の頬へ零れ落ちてきた夜露を知り、そうして花弁を見仰ぎました。
ぬいの応える声も、宵の静寂に響きます。
「ぬぬい、ぬい」
この背を追わせるでなく、僕はいつも隣に在ると。
「ぬいぬぬぬぬ、ぬい」
きみが触れたいと思う度に、僕が触れようと。
「ぬい、ぬぬいぬぬぬぬ」
僕ら、体も心も寄り添うことができると。
そうして口付けるは今この時であると、ぬいは自身のそれを皇かな花弁に寄せるのです。花がゆらゆらと揺れるのは宵風に煽られてのものではありません。嗚呼、その花の鮮やかな紅色は。
星の煌きは互いの眼の中に泳ぎます。夜露が落ちればそこに映る星は流れ星。ぬいも、審神者も、星が願いを叶えることがないと知っています。だけれどこの生は悲しいものではないと、寄り添わせるのです。
夜は、美しいものでした。