晩秋、降った雨に濡れながら
ぱちり、ぱちり、と耳に小気味良い音、懐手に伏し目耳を澄ませる。そっと花鋏が置かれた音と僅かな衣擦れの音はまるで鼓膜を擽るかのようだ。視線を上げれば夏櫨の紅葉を指の腹で撫ぜ密かに笑むきみがいた。陶製の花器に生けた木もの、それにそっと寄り添わせるように丹色の百合を刺し込み、花弁の皇かな触り心地に目を細めるその姿。そっと目を逸らすようにした僕に、夏櫨の実が花器の浅い水底へとぽとりと落つる。
心と視線の行き所を探し庭先を見れば、庭木の紅葉にしんみりと胸を打つ。彼女と出会ってから半年と少しが過ぎたか。時の流るるのを感じ、秋はより深まるようであった。
華道家、と言うほど堅実に職として努めているわけではない。それでも持つものを持ち、こうして華の室を自宅にて開いているのだからそれなりか。嗜み、教えを乞われれば手解き、知人に頼まれては花を生けに行く。屋敷と言えば聞こえは良いが古い家屋を住居にわりと緩やか自由な日々を生きている。
しかし、日々の移り変わりを疎かにしているわけではない。庭の花々を愛で季節の移り変わりを肌で感じる、素晴らしいことだ。長くもなければ短くもない人生をそうして生きてきた。だから、今秋が昨年よりも心冷えて感じるのはきっと、彼女ありてなのだろうと口にせずとも分かっている。迷惑なことだ、彼女にとって。
「先生、どうでしょうか」
所詮、僕など華道の先生でしかないから。
「どれ、拝見しよう」
表面、気振りにも見せない心に胸内で燻らす思いは中途半端な若さだろうか。
自身の生けたものを見る僕の視線に、彼女は時折畳へと視線を逃がすようにしながら評する僕の言葉を待っている。純粋な生徒の姿にその様がいじらしいと不純な思いを抱く僕は、言の葉を紡ぐのをもったいぶってうんうんと頷きを繰り返す。膝の上に重ねられた白くか細い手を盗み見る僕を、きみは知らない。
「流れの描きが素晴らしいね。言うなら、夏櫨の葉をもう少し減らして、……此方にも百合を」
側の百合を取ろうとした僕に、彼女が畳を擦るようにして身を避けようとする。
「いけない」
それに制止の声をかけた僕と彼女の目が合う、僕にとっては意味深に。少し合わせた後にそっとそれを下に落とした。
「夏櫨の実が落ちているよ。折角の着物を汚してしまうからね」
転がる黒に近い紫の濃い結実を指先に摘まみ上げ手の平見せる。危なかったねと言う僕に、実を指先取る彼女の爪先が僅か手の内を掻く。ぴくりと跳ねた背に子猫の戯れのようなものだと胸内自身を叱咤した。それでなくても、彼女の薬指が目に入る度に僕は心中で己の頬を平手払われている。ほら、今も一度。
「ブルーベリーのようですね」
「味も似ているよ。でも甘い物は稀でね、きっとそれも酸いのではないかな」
「食べたこと、あるんですか」
「何事も経験さ」
「成る程……」
「いや、きみは食べなくてもいいよ?」
互い顔を見合わせ笑んでいるというに、彼女の薬指に座する指輪を見る度に心中笑えない僕を誰かが笑うといいさ。
馴染みの甘味所から帰り、家の門を潜る手前不意打ち僕は驚いた。よく知ったその背に時間を迷ったが確か間違えてはいないはずだと首を傾げる。僕はその姿勢のままに振り返られ、きょとんとした顔付きのまま彼女もまた僕と同じ様に首を傾げる。互い、問う前に頬で笑んだ。
「先生、こんにちは」
「ああ、こんにちは。どうしたんだい、まだ時間には早いようだが」
「え?……早い?」
傾げた小首を元に戻して、何のことだろうといった表情を浮かべた彼女。僕もまた真っ直ぐに彼女を見てうんと頷く。
「早い、かな。……あぁ、やはり、時間を間違えたんだろう。まさか早に僕に会いたかったわけではあるまい?」
軽口を一つと笑みを深めては、彼女がおろおろと口元に手を当て焦る姿を眼の幸福だと見た。羞恥に頬を染め照れ隠しに前髪を指先梳くものだから、あんまり苛めるのも可哀相で立ち話は止めようかと声をかける。
「甘いものは好きかい? 馴染みの店に冷やかし一つで行ったら試作品を貰ってしまった。それも、意見出しの義務まであるんでね。困っていたんだ」
一人では少々荷が思い、と本当の所と隠した少しの下心手荷物を揺らして見せた。紅い頬のままきみが甘味に興味を示したのがより可愛らしいので、僕は緩む口辺をどうしたものかと眉尻下げる他無い。
間取りは同じようなものだが、普段華の室を開く間とは違う場所へと彼女を案内した。そうしてそこで待ってもらい、茶と共に帰れば庭先へと眩しそうに目を向けるその横顔がある。茶の水面は僕の心持を表すかのように跳ねた。ゆるりと此方を見るその穏やかさ、それに此処が夢の内であれば彼女は僕の妻なのだろうなと途方もない考えに胸をいっぱいにした。甘味は、入るだろうか。
「素敵なお庭ですね」
「そうかい、嬉しいね」
「晩秋なのに、物悲しさがないです」
「きみを悲しませなくて良かったよ。しかしすまないね、貰った菓子は大寒の辺りを予定しているもので少しばかり寒々しい」
茶と、冬の雪景色を題材にした和菓子を出すと彼女は頬を喜ばせ、しかしその後に僅か眉を下げた。その様子におやと僕は内心彼女と同じように眉を下げる。苦手なもの、だったのだろうか。
「うん、……やはり女子には洋菓子の方が」
「あっ! いえ、違いますっ」
彼女にしては少し大きく声を出しての手振り。見せるその様を僕は見る。皿の上、菓子に添えている黒文字を指先に言い澱んでいるのに心当たりができた僕は、あぁと声を零した。僕の零した音を拾い菓子から顔を上げた彼女と目が合う。
「気楽に食べてくれ。手順を踏めとは言わないよ」
「でも先生」
声を遮るように、共に持ってきていた自分の分の茶に口を付け、流れ黒文字を手に菓子を口に運んだ。口溶けるそれと自然な甘みが舌上口内に広がり美味だと頷き一つに彼女を見やる。
「僕は茶道の先生ではないさ。それに今は華の室の時間でもないから、先生でもないかもしれないね」
歌仙と、名で呼んでくれても構わないよ。そう唇に一つ零して菓子をもう一口、本心は飲み下せただろうか。
ほっ、と一つ安らか吐息を零した姿を穏やかな心持で見守る僕は、これでは親の心地ではないか。望む関係を通り越し過ぎだろうと胸内、首を結構な勢い振った。
「では、いただきます。歌仙さん」
「……ああ、どうぞ」
今日の茶は一等に舌に甘い。
頬を緩めて舌鼓を打つ、その表情を見ているだけでいい。と、言い切れないながら庭先を見る横目、彼女を見守る視線を向けていた。
茶を飲み菓子を食べ終えても華の室には未だ時間が余り有る。二人、耳に痛くはない沈黙の時間を庭先に目を向けて過ごしていたものだから、それならばと僕が口を開いた。
「腹ごなし、庭先でも歩こうか」
山茶花、椿と、庭先を案内する僕の斜め少し後ろを付いてくるきみを時折振り返りながら、前を向いては口辺に浮かばせただらしない笑みを引き締めた。足を止めて草花を見やる彼女を見る僕の心はいっそ、少年のそれだった。
「コスモス、とはいっても普通のものはなくてね。これはチョコレートコスモスなのだけれど……」
彼女の唇は僕と同じ形を作り、音を繰り返した。響きだけは僕のそれと違って不思議そうで、声色に浮かんでいる。僕は目下の花の名を繰り返したその唇を見やり、意外なのだろうと問えば僅か頬を緩めて頷く悪戯にも見える笑み。
「華道家、と名乗っていいものかな兎に角、その庭先にあるものが凝り固まった和の花だけであるとは限らないだろう?」
「ふふ、……ぁあ、匂いもチョコレート……」
「食べてはいけないよ?」
「っ食べません」
その頬に差す紅色は紅葉の映り影だろうねとからかうのは、指の腹で撫でられるその花に妬いたからだ。なんて、僕も若いのかもしれない。彼女の指先は無邪気に遊ぶ童のように隣の花へ。鮮やかな赤の上に浮く白肌は目に眩しいと、細めた目の意にきみは気付かず。棘に指を傷付けぬように葉元へと触れているだけ。
「……薔薇、真っ赤な」
「まあそれは貰い物だね。見るからにらしくないだろう?」
此方のミニ薔薇も同じ知人からでね。と、片や白と淡い桃色の小さな花弁のそれを摘み、彼女が見やる僕の指先のままに耳元その髪に挿し込んだ。花弁に触れるか触れないかぐらいに手を添えた彼女が、伏し目がちに唇で弧を描く。そのように喜ばれては此方とて笑む他無い。胸に満ちる思い、それは愛しさだ。
「うん、愛いものだ。季節が合えば牡丹が好ましいんだが。……八重の薄紅ときみの肌は映えるだろうねえ」
「牡丹、お好きなんですか?」
「ああ、……好きだね」
その問いに答える。初めて会った時のきみの着物の柄だったから、などと本音を唇の音に乗せるは叶わないが。
「八重咲きなら先に見た山茶花が、そうだな。しかし白花色か……花がきみに負い目を感じてしまうな」
薄く唇を開けた彼女が何か言おうとした言葉を遮るように吹いた木枯らし。それに手を花に添えたままきみが身を縮めるものだからしまったなどと先に立たぬ後悔、眉を下げてすまないと謝った。
「?……ぁあ、いえ、寒いわけでは」
「しかし、婦女子が体を冷やしてはいけないだろう。さあ、戻ろうか」
我ながら、自然と彼女の手を取ったものだと思う。耳の裏に響く自身の心音は重ねた手から伝わらないだろうなと内心疑い、また彼女の手の此方が心配になるほどにか細い様や、僕の手にやわく伝わる熱に心地いい感動が心にあることに気付く。そうしてきみは、僕の胸中を察することはないままに追い討ちをかけるのだろう。
「歌仙さん……が、くれた花が飛んでしまいそうで……。あの、……でも、そろそろ時間でしょうか」
少し、残念です。そう困ったように笑う彼女に、僕の方が心底困り果ててしまいそうだ。だから、紡いだ言の葉は心許無い響きの呟きであると自分でも分かる。
「……きみがよかったら」
手を重ねたままに庭の景観に目をやっては余程に不自然だ。ただ、彼女の息抜きに貢献できるのならという表情と心持を上辺に視線を交わす。風に僅か傾き落ちた花を挿し込み直すようにしてその髪を梳いた。
「また、早くに来てくれても構わないよ。持て余してるんだ」
時間を、と続けたが持て余しているのは焦がれた思いであった。僕の思いは、咲き誇る様をきみへと知らせてはいけない花なのだろうから。
「だから言うなら寧ろ、僕の相手をしてくれるとありがたい」
重ねた手を少し、握り込んだ。それで伝わればよいのに。この頬紅差したものだろうが、上手く、笑えていればいいと。
華の室前の時間も片手を超え、最早お決まりのと言えるものになっていた。師走に踏み入った今日、青磁色に浮かぶ蘭を纏う彼女の前に座る僕は茶に唇を湿らせ言の葉を紡ぎ合うに励む。
「先生、あれは模造刀ですか?」
「まだ稽古は始まっていないよ」
「ぁ、……歌仙さん」
手習いの時の呼びが時折は顔を出すが、彼女の唇がその音僕自身の名を紡ぐこともまた稀なものでなくなり、しかし度に擽られたようにむず痒い心持は変わらない。その薬指に座するは相も変わらずではあるが、呼ばれたその名は僕のものであると口辺に笑みを漂わせて彼女が見やった刀を同じように僕は見た。
「あれはね、真剣だよ。抜き身に触れてしまえば、きみの肌どころか骨肉斬れてしまう。……見てみるかい?」
「脅かされているんですか、まあ恐い」
「はは、本物ではあるはずだよ。僕も詳しいことは知らないが、随分と昔から家にあるんでね」
その場腰を上げ、彼女の見やる中歩み刀掛けよりそれを手に取る。剣詩舞を少し、嗜んでいた時期があったなと手に馴染む重さに懐かしくもあった。衰えを防ぐため、期間毎に手入れはしているのだけれど。
「少しだけ、離れていてくれ」
離れ、彼女が頷き一つに緊張した面持ちで見るのを仄か笑ってから、唇を引き結んだ。
鞘より刀身を抜き出す、静やかでいて鋭利な音が部屋に小さく鳴り響く。その音の細波を追う。
ひらりと空を舞う風花の流れ、刀身の輝きに彼女の目が惹き付けられているのを感ずる。
袖を払うように、しかし無粋にはならぬ動きで振るうは舞の動きで、見るものに刃風の道を示しながら。
孕んだ風を恋うて寄れば、それでも手に入らぬと刃を反し道に迷う。
迷い足を止めて思慕に耽るは刃紋と、乞う眼差しを見せて。
束の間、世界は互いしかおらぬ。
思いを振り払うよう身を反し、柄を握る手に力が籠もったのは舞ではなく自身の為で。
両の手で構え、振り返り様に桜雨を空に斬る思い。脚、裾を払いもう一振り、もう二振りと桜雨を斬るが、斬れぬ、迷い。
最後、本来上段から真っ直ぐ額に斬り落とす唐竹割りのところ刀を持たぬ手の袖を勢い払い、片膝地に崩れ折りゆるりと鞘に刀身を収めた。幕引きはやはり、静やかだ。
「――と、まあ……拙いものを見せてすまないね」
「いえっ、あの……いえ、……えっと……」
「はは、きみの言の葉を斬ってしまったかな」
口元、手で覆い言葉を探す彼女の輝く目と紅潮した頬。言葉はなくともそれで十分であった。刀掛けへと刀を預け戻し、彼女の前へと座り直す。
「歌仙兼定というんだよ」
手で口元を覆ったままにきょとんとした彼女へ刀だよと笑う。手の平の下、くぐもったままに復唱したそれはやはり問いであった。
「歌仙、兼定ですか……?」
「あぁ、僕の名の歌仙はこの刀からだよ。名付けは祖父でね」
「そうなんですか。歌仙兼定……。あの、綺麗な刀ですね。それに素敵です。歌仙というのも趣ある響きで……、歌仙さんのことも褒めてるんですよ?」
「それは嬉しいね。でも、この刀の名の由来を聞いたら今度こそ慄くかもしれないよ」
三十六歌仙より、と由来を話し出す僕に耳を傾けるきみ。この時間が永遠とはいかないだろうがゆるりと流れ、歩みを遅くしてくれればと思わずにはいられなかった。
二月末日、夫君の訃報は突然のことであった。
「度に覇気を無くしていくな」
花鋏を置き言うは山姥切国広、彼もまた華道の手習いに来ている青年である。珍しい苗字ではあるが、勿論本名だ。いや、そんなことはどうでもよろしい。幾分僕より下に年が離れている彼ではあるが、話すに気心知れた仲でありまた、僕の思いを知る人物でもある。
思い、と背筋はしゃんとせずにだらしなく前へのめり、終いには両の手の平を頬に突きたくもなる。流石に、そうはしないが。
脳裏に思い浮かべた暦は皐月を示している、彼女が華の室を休むこと三ヶ月と。僕の吐く息は重苦しさを都度増していく。
「死人の血色だ」
「……生憎、僕はまだ死んでないんでね」
黒漆塗りの水盤に石楠花の本紫の色が映えている。花木の一種いけ。花の趣有る姿は変わらないというに、目前薄ぼんやりと霞んで見えるのは僕の胸内のうっそりとしたままに。確か、水面に石楠花と共に映る僕の顔は死人のようだ。
「ほう、……つまりそういうことか」
「……何だい」
「道ならぬ恋とやらが道になってしまったと。……何だその目は」
「…………忙しいな、今日のきみの口はやたらと」
「何を悲観しているのやら。手を出せるようになったなら出せばいいだろう」
「きみね、そんなことできるわけないだろう。若さに事を済ませるには僕は生き過ぎてるよ。……そもそも、彼女が来ないのだし」
藤の、薄紫の枝垂れの下を彼女と共に歩みたかったものだと息吐く。藤の枝垂れを雨に見立て、傘差しそこに佇む恋し人を脳裏に描く。すると彼女はゆるりと笑んでから、歌仙と僕の名を呼ぶのだ。それがどうとあっても現実の下見えるわけがないので、吐く息はより深くなる。重く、この胸内に澱んでいく。
空に雲はどんよりと低く垂れ込めている。雨が、降ることだろう。
「……ふぅ、どうしたものかな」
「僕の台詞だよ、それは」
そら、庭先の都忘れが雨に打たれ始めた。あの花は別れの意の花言葉を持つ。順徳天皇は野に咲くあの花を見て、都への思いを忘れられると言の葉を紡いだそうだ。僕の心持は何処へ行こうと何を見ようときみを忘れることができはしないというに。
生けた石楠花は雨に濡れない。
雨の音を遠くに、電話の鳴る音がした。相手が国広であろうと手習いの途中である、最中のそれに切り替えておかなかったか、と懐手音へと視線をやる。
「構わない、出ればいいさ」
「しかしね」
「まだ、鳴っているぞ」
「……すまないね」
腰を上げ、電話を取りに行く。
電話先の相手が告げた名とその声音に僕は、自身の声色には出さずとも面食らうようにして胸内を跳ねさせた。僕は言葉をしゃんと紡いでいただろうか、切れた通話は求めていた時間に対しては呆気ないほどに短く感じたが。戻る足が先より軽いのはそれは、仕方なしのことである。
庭へと向けられていた国広の顔は僕を見返る。流れ、浮かぶ彼の口辺の好奇な笑みに僕はこれ見よがしに懐手を組んで背筋を伸ばした。
「その顔、つまりは」
「皆まで言わずとも分かってるよ。……手を出す云々のことではないからね」
「何だその目は、俺はまだ何も言ってない。……ヘマはできないな」
「しないよ。……違う、そういう意味ではない。ヘマをしないというのは手を出す云々の意味ではなくてね! 僕はっ」
「おい花器を蹴るなよ、危ないな」
彼女と僕との時間が寄り添い合うだけでよいのだと、その中でもし心寄り添うことができたならもう死んでもよいと思ってしまう僕だ。
再開の初日、華の室の予定より早くに訪れた彼女と過ごす時間はやはり、数ヶ月前のものとまったくに同じとはいかぬ。庭先を眺める彼女のその眼差しは静やかであった。
しとしと庭石を濡らす小雨に、曇り空は人の顔色を見てはくれぬと温い茶に唇を湿らせる。焦がれていた姿を前に、国広の言葉が心中に浮かんでは沈んでを繰りかえしていた。彼女の瞬く睫毛の下の瞳を見やれば自身の内にあるこの感情の浅ましさに嫌悪を覚える。それでも、きみに焦がれるこの心を消せはしないのだと、指輪を見てはうっそりと胸中に雨を降らせた。その指輪が在ろう手を引き、いずれまた庭を歩もう。雨が濡らすはきみ以外であればよいと。
皐月も中頃、藤の枝垂れの下へきみを誘う。上手く笑えないのはお互い様で。
水無月、雨露を付けた紫陽花の様は移り気でなく忍び耐える愛だ。その姿は僕より強かでそれでもきみへの思いは負けぬ。
文月、変化朝顔の八重花に仄か笑むきみに平静を保つに努め、儚い恋に終わりたくはないと笑み返せば熱はより深まるばかり。
葉月、酔芙蓉の花咲き朝の白色と夕の淡紅を共に見る。心がそうとは言えないが、互いの時は寄り添え合えると。側にあるきみの姿にただただ僕は心を傾ける。きみが、いる。花は生けずとも。
八月某日、気付けば起き抜けどうも体調が優れない。上体を起こすのも面倒な心持、熱を持った体に体温を測れば平熱を上に幾分越し過ぎていた。夏風邪などと唇己を小馬鹿に、薬の買い置きが無いのには閉口した。知らん振り一つに寝てしまおうかと寝具に身を横たえたが熱に眠れぬと脚を地に立ち上がる。買いに行くしかないだろう、億劫に身支度を簡素整えた。
鉢合わせ。彼女と、で、ある。
「何故……」
門前、顔を合わせた彼女に熱に浮いた頭が見せた幻かなどと軽く首を振るが、見やるその姿は確か彼女であった。焦がれる、その人であった。
「歌仙さん……?」
何故と問うた僕に、逆に不思議そうな表情を浮かべたきみが名を呼ぶ。彼女の声音が心地いいなと胸内、ぼんやりと唇でその思いを紡ぎそうになったのには焦った。頭が働かない内に他所でいらぬ働きをしそうだ。そうして暫し時を得て思い出したのは、今日に手習いの予定が入っていたということである。
「……すまない、抜かった。戻ろう」
踵を返そうとした体が変にふわりと軽い心地なのは熱の所為であろう、彼女と言葉交わしたこともあるかもしれないが。
「いいえ」
声音とその指先は、僕の服の袖を引いた。薬を買いに行くだけに洋装である為、その指先は僕の肌に近い。手を重ねたこともあるというのにそれがより胸を打つものだから、病人の心持であるというのは忍ぶ恋の抑えがどうにかなってしまいそうだと思う。
「今日はキャンセルさせていただいてもよろしいですか」
「……どうしてだい」
「体調が思わしくないのでしょう?」
ふいと動いた彼女の視線は、門に手をかけ話す僕自身に。確か、このような姿勢で人と話すなど無作法極まりない。その視線が物言うまで気付かなかった自身の失態、それほどまでに思わしくない体調であるので言い訳は利きそうになかった。まさか帰らないでくれとは言えまい、病人の泣き言としても。
「薬は飲まれましたか?」
「今、買いに行こうかと」
「……いけません、よろしかったら私が買ってきますので、どうかお家でお休みになっていてください」
「そんな手間をきみにかけさせるわけには……」
「手間よりも、心配です。ふらふらとそんな姿では」
僅か僕の喉はぐぅの音を吐き出す。
「しかし、きみに買いに行かせるわけにはいけないよ」
彼女の装いはいつもの花を生けるそれで、和装である。
「少し歩かねばならないだろう?」
「大丈夫です、それになんだったら車を出しましょうか。家に戻るお時間を頂くことにはなりますが……」
口元に曲げた指を当てて、僅か思案に耽った彼女の姿に僕は慌てて辞退の言葉を紡いだ。
「っ歩いて行くよ、僕は」
「でしたら、せめて一緒に行きます」
「いや、だからね」
「目の届く範囲の方が安心できます」
引いてくれそうにないな、彼女は。一つ返事で辞退を述べたら二つ三つで言い包められそうであったし、実際もう彼女の好意に甘えようかと気持ちは大きく傾き決まっていたようなものだ。帰らないでくれと言いそうになっていた唇だ、仕方のないことだろう。
道中は良かった、道中は。
薬を買うまではもしかしたら格好も付いていたかもしれぬがそれまでだ。その後、僕は彼女に手を引かれ僅か体まで支えられて帰路に着いたのだから。
風邪を移すわけにもいかぬし、あまりに近い距離にも僕がどうにかなって何かとんでもないことをしでかしてしまいそうで、身を離せばそれが僕がふらついたものだと思い支える彼女との距離はより縮まってしまう。いっそ、気を失ってしまった方が憂いを無くせそうであった。
「寝室はどちらに?」
「……このまま、奥に」
僕の寝室に彼女の姿があるなど、心臓に悪いことこの上ない。ベッドに腰を下ろした僕と、僕の体を支えてくれていた彼女の手の平がシーツに突いたそれに軋みと衣擦れの音。具合の悪さに便乗して自身の顔を片手で覆うしかできない。
「何か食べていますか?」
「……いや、何も」
「そうですか、……食べられそうではありますか?」
正直、何かを食べようという心持ではなかった。それは熱の所為でも彼女の所為でもあった。しかしそう答えるわけにもいかないし、その視線は明らか薬を飲む前に胃に何かを入れることを乞うていた。
「……少し、なら」
「良かった……あの、台所を借りるわけにもいかないのでこのようなものになりますが」
どれなら食べられそうですか、と続けて問うてきた彼女は買っていたらしい幾つかの食品を目下僕に見せてくる。一体いつの間に事を済ませていたのだろうか。僕は帰路どころか前半部分から思考をおぼろげにさせていたのかもしれない。
涼やかな見目の錦玉羹を頂戴した。優雅に泳ぐ姿で魅せる鯉は目を楽しませてくれる。熱に浮いた頭でも風流であると頷く、味覚は残念ながら熱に鈍っていたが。
食べ終えそれだけのことに一息吐くと、彼女に錠剤を手渡された。僕が手の平それを虚ろに見るのに彼女はその手に水のボトルを持ち、水を注ぐ容器を視線で探していた。何から何まで手を焼かせてしまっていると自身を苦く笑う。
「すまないね、頂くよ」
彼女の手からやわく取り上げ、片手の薬を口内へと放り込んだ。蓋を取りままに、自身の首元の釦を一つ外し寛げながら水を煽る。気付けば乾いていたらしい喉を冷えた水が潤す感覚と、もう一つと首元釦を外せば喉元が随分と楽になった。
僕を見やる彼女を見る目の瞼が重くはある。
「……家を出るまでは眠くなかったのに、薬のお陰だろうか」
「それは悪化しただけです。薬のお陰と言うにはもう、寝てしまってください」
私もこれで失礼しますから、と手荷物を纏める彼女を僕はぼんやりと見る。薄霧があるような心地であった。
「……ぁ、鍵……鍵はどうしましょう……?」
「……鳳仙花の」
「え、はい……?」
「鳳仙花の鉢の元に……合鍵を置いているから、……それを」
共に庭を見ているからそれで分かるだろうと、合鍵の場所を伝えた。言った後で目をぱちぱちと瞬かせ少し驚いている彼女の姿に気付き、自身の言った言葉を取り繕う。
「あ、……いや、きみを見送るから自分で」
「駄目です。座っているだけでそうも辛そうではないですか」
鍵を、と言うまえに言葉は彼女に遮られた。
「ぁ、……そうですよね、私一人が家の中を歩かせていただくわけには」
「違うよ、そうじゃない。ただ僕は、見送りたいだけで……」
今度は僕が彼女の言葉を遮った。互い眉尻を下げて見合い、では合鍵をと頷き合う。
そうして確か、僕は自身の瞼の重さに耐え切れなくなっていた。
「ゆっくり、休んでくださいね」
彼女の声音がもう子守唄と成りて、僕の体を心地よく揺する。多分、すまないと僕は言った。後は好意に甘え、寝具に身を預けさせてもらったので思考も記憶も全てがおぼろげだ。僕は夢の片端に腰掛けていたから、僕の額に張り付いた前髪を彼女の指先が梳いたような気もしたが、それが夢か現かの判断は付かなかった。付かないと、夢にも甘えた。
「先日はすまなかったね」
後日、今度はしゃんとした形で彼女を迎えることができた僕に彼女は件の合鍵を返してくれた。
「……?」
「どうしました?」
「いや、……何でもないよ。錦玉羹は如何かな? この間は僕だけが頂いてしまったからね、茶は氷出しなどはどうだろうか」
「今日も暑いですからね、涼やかで良いと思います」
鍵を受け取る際に覚えた違和感。確かな出所が分からず、誤魔化した。
茶を用意しながらも覚えた違和感の正体を探ったが分からず、傾げた小首を戻した後に彼女の元へと戻った。
両の手で皿を目前へと翳し見る彼女の錦玉羹に負けず劣らず煌く瞳と、夏の陽の元でも白雪のような指先を見やりながら冷茶に口を付ける。
硝子の面に打つかった氷が、カランと音立てた。
僕は彼女に気付かれぬままに息を呑んでいた。その指には、あの指輪が無かったから。
「あなや。未だ手を出していないと? 歌仙、俺はきっと勘違いをしていたのだな。歌仙は男であったと」
「……宗近、きみまでそう言うか」
花器に冬山椒を生け半ば横目で睨むように視線をやった先にいる宗近は、僕のそんな目どうとでもないといった風にいつもの笑みを口辺に小首を傾げるようにして追い打つ。
「恋しきみは寡婦だ。夫君が亡くなって一年が経つのだろう?」
「だからと、そういう話にはならないだろう」
その目を止めてくれと赤の彼岸花を手に花器に向き直る。鮮やかな色合いに暫し目をやり、冬山椒と共になるよう生けた。赤の量は心持多めに。
「指輪を外していたと声色浮かせて話していたのは、……はて、何処の誰だったか?」
「……僕だよ。ああ、僕だとも! とはいえきみね、彼女のあの愁いを秘めた眼差しを見てしまえば手なんてひとっつも出せないものさ。……ここ最近は特に物悲しげでね。初夏の頃合より思い出すのだろうか、亡夫のことを。時は薬になるのではなかったか……」
白の彼岸花を指先、暫し迷いながら幾本を赤へと寄り添わせる。茎の流れを指の腹で撫でるようにしながら微調整し、離れ遠目に確認した。
「僕だって、心任せに踏み出そうとしたことがなかったわけじゃない。それでもいけない、触れては。……僕の身はどうして花ではなかったのだろうか」
「花を手折るは男の役目だろうに。まぁ、男女の仲というもの何れ収まるべきところに収まるものだ。それがいつになるかは分からんが」
僕の隣に並び生けたものを見る宗近はうんうんと頷く。
「やぁ若いというのはいいな」
「きみも十分に若いだろう……」
「冬山椒に彼岸花は赤と白、いやいやなかなかに若いだろう」
「っきみ、意味を……!」
「魅惑、情熱、想うはあなた一人か、あっははは!」
「皆まで言う必要は無いだろう……! いや、しかし、……生けるものに私情を挟んでしまったのは謝るよ」
「いやなに、よきかなよきかな。俺の所に飾るのが申し訳ないぐらいのものだ、すまんな」
まあ恋しきみによろしくな、だなんてどうすれば良いのやら分からぬことを言われてもと、僕は自身の生けたものへとただただ視線を向けた。
神無月。全国の神々が出雲大社に集まり、各地の神々が留守になる月という説があるが、今、僕は自身の理性を留守にしかけた。
身じろげば自身の背中の裏で花弁の潰れる感覚と、畳の上もがいた手の平に此方も花弁を潰した感触がした。生けるに使う花の海で溺れる僕はまるで、水に溺れる魚のようだ。しかし夢幻に溺れているようでいて確かこれは現実だ。なればどうして、水面見上げれば此方を見下ろす愛しきみの姿があるというのか。
事の発端を記憶、手繰り寄せる。
それは多分、言葉の交え。
「歌仙さんは、あの……独り身なのですか?」
秋明菊、竜胆、風船唐綿を腕に抱え室を移動する。僕の隣に並び聞くきみの割と突然な問いに、花を抱え直し顔を向ける。揃えた指先を口元、僅かに隠しながらの表情。その薬指に無い存在に視線を仄か漂わせてしまって、取り繕うように頬を笑ませて苦い笑いで答えを返した。
「まあ、そうだね。……知っていただろう?」
「ええ、奥様に会ったこともなかったですし……結婚指輪も無いようですから」
「ああ、独り寝の寂しきさ」
彼女の言う指輪の単語に僅か反応したのは認めよう。花を生ける間に踏み入ると同じに唇を開き、先人の残した和歌の一つを僕は詠んだ。
「あしびきの 山鳥の尾の しだり尾の 長々し夜を ひとりかも寝む――三十六歌仙の一人、柿本人麿の詠んだもので有名だね」
長い秋の宵は時間を持て余す。考えるのはあの日であった美しい貴女のこと。いったい貴女は今頃何をしているのだろう。他の誰かと閨を共にしているのだろうか。夜は長く明けない。今夜もひとり、寂しく眠るのだろうか。
「僕には当て嵌まらない歌だ。だが先人の言の葉と言うのは――」
本心そうであっても嘯いて、軽口にするつもりがそこで動いたのが彼女であった。僕の抱えていた花が宙を舞う。
そうして、僕は花に溺れるに至った。
溺れる者の息継ぎが如く、空や畳みを爪先掻く。そして慌てて後ろ手を突いて上体のみを起こした。
「歌仙さんは、嫌ですか」
「……何が、だい?」
このように頬を鮮やかな紅色に染め、そしてその目には涙を浮かべ言うに言えぬと僕に乞うきみは終ぞ見たことが無い。想像もしたことがないといえば嘘になるが兎に角、僕の情欲を誘う姿のきみがあろうことか僕の下腹部を跨ぐようにしてそこにいた。大胆な姿勢に当たり前と乱れた着物の分かつ目に、白く晒された彼女の脚に、目が奪われる。取り繕い目を泳がせば僕の帯にかかるきみの手がそこにあり、ぎょっとした。
「なっ、やめないか……!」
慌ててその手を取り制する。両の手を捕らえてしまえばそれ以上を急く行いは無かった。ほっと息吐く反面、僕の手の内彼女は震えていた。僕は自身が焦るばかりにしまったと彼女の顔色を窺う。俯かせているから顔色はしかと確認できないが、その肩は手と同様に震えを見せている。その震えに、心に、触れてよいものかと僕の彷徨わせた視線に沈黙の時が暫し流れる。
「…………好きです」
僕は我が耳を疑った。
「ごめんなさい、……好きなんです。歌仙さん、……あなたのことが、好きなの」
俯いていた顔を上げた彼女はその瞳に珠のような涙を浮かべ、僕はそれを不謹慎にもとても綺麗だと思ってしまった。
「私、毎日が苦しかった。それでも、……此処に通っている内は胸が安らいで。それは、あなたが好きになっていくということで……。私、醜いわ。あなたが好いている人のことをこんなにも憎く思ってる。いっそ、その人を殺してしまいたいとまで……」
柔肌を流れるその涙の行く先を、彼女の言葉を、ぼんやりと胸内に落としていった。僕の手の平は今、きみの頬に触れても良いと、指先はその涙を拭っても良いと、きみはそう言うのか。目を何度瞬かせようと此処は現実で、夢の淵ではない。伸ばした手は終ぞ、きみの頬に触れることができたのだから。
「困ったね……」
「……」
「それは、きみが死んでしまうということかい?」
そういうことならば、僕は精神を病んでしまうだろうね。続け言いながら指の腹、その涙を拭って僕は浮ついた心のままに笑んだ。彼女と僕の時間が寄り添い合うだけでよい、心まで寄り添い合えたならもう死んでもよいと、そう思った僕はもういない。幸福が死因になるのなら死んでしまうかもしれないが、彼女と心を寄り添わせられる今この時に死んでしまいたいとは到底思えなかった。
「僕はきみが愛しい、ずっと前から。知らなかっただろう?」
瞬きを暫し忘れたように目を見張って驚くきみを他所に、その頬にかかる髪を耳元に梳き涙の跡へ唇を寄せた。近い距離覗き込み、もう幾度と恋焦がれていた心のままに言の葉を紡ぐ。愛しいと、音を紡ぐ度により深まる。
「どうか、泣き止んでおくれ」
頬を手の平擦る。びくりと体を小さく震わせたきみは身を小さくするよう折り、一層に涙を零し始めてしまった。僕はその体を包むようにして抱き、背を撫で下ろす。
「好き……歌仙さん、好きです……」
「ああ、僕もだ。きみ以上に、きみが思っている以上に僕はきみに焦がれてきたのだから、信じてくれ」
僕の装いに彼女の涙が染みて、僕の心にはその言葉が幾重にもなって染み込んでいく。僕のきみへの愛しさは、幾ら口に出そうと足りはしなかった。
「泣き止んで、くれるだろうか」
そうして笑って欲しいと。自身の指先涙を拭って、それでも濡れた目元できみは笑った。その笑みも全てが愛しかった。
どちらともなく顔を寄せ合って、互いの唇を戯れさせる。境が無くなる毎に胸に熱いものが込み上げ、その熱を互いの口内で分かち合う。身じろげば潰してしまった花が花弁を散らしていた。僕の着物の袖を引く花もまた散らされることを望む視線を寄越していた。だけれど僕は花を手折り、散らすことなどしないだろう。この愛しみの眼差しの先、美しい花よ。僕は儘にきみを慈しみ、よりと大輪の花を咲き誇らせよう。花弁に浮いた珠露へ触れて、僕はそうと笑んだ。きみも、微笑んでいた。
「……はしたないと、見捨てないでほしい……です」
「そんなことしないよ。互い、思っていたのは昨日今日の話ではないのだし。その……僕も、きみが本当に大事だからできるなら、と思うのだが如何せん……きみが可愛い。抑えが利きそうに無い。……きみを、抱きたい」
「…………はい」
寝室、僅かぎしりと軋んだベッドの音に紛れるようなか細い声、その返事を追うように彼女の唇に自分のものを重ねた。柔らかで心地いいそれを食むようにしながら、シーツへと溺れるきみが纏うものを一つずつ取り払っていく。品の良い着物に皺を作ってしまうなとそちらを見やれば僕の両の頬はきみの手で包まれた。視線を交わすよう合わせられた顔、その意に僕は着物を見やる目をもう持たない。ただ、きみを生まれたままの姿にするに没頭した。
「この傷は……?」
肌襦袢、裾避けを僅か払うとその白肌に浮く幾つかの傷が目に入った。生々しいような新しいものではないが、散見する古傷に僅か目を見張り声を零す。細い腰の横腹に引き攣る一線を描いたものや、あばらの辺りに僅か斑を薄く浮かせたようなもの。特に目を引いたのはその太股の付け根の辺りに走る傷だ。僕の手で人差し指から親指の付け根程にもあるその傷は、何故か僕に刀傷を思わせた。彼女を見やる。僕の思わずの呟きにその顔色は陰りを見せていた。
「すまない、嫌なことを言ったね」
「いえ、あの、……もう、昔のことですので……」
それでも、僕の視線からそれらを隠すように身を縮めたその姿にこの胸が痛んだ。
「……その、夫には嗜虐的な面があったものですから……傷だらけでしょう、……ごめんなさい」
「え、いや……」
「! わっ、私はそんな趣味はありませんよ! 無理やり、だったので…………あの……痛いのは、嫌です」
「違う、僕が眉を寄せたのはきみにどうとかではない。可哀相に、辛かっただろう……」
指の腹で太股の傷を撫ぜれば皮膚の痛々しい盛り上がりを感じ、自身の眉がより寄る思いを覚えた。勘違いを一つに僕の思い人を殺してしまいたいと言った彼女のその殺意以上に、きみの身にこの傷を刻んだ男を殺してしまいたかったが、件の男はもうこの世にはおらぬと苛立ちの行き所が無い。
残る彼女の衣を取り払い、目下僕へ委ねられた四肢を見やる。彼女は枯れることを知らぬ花であった。きみの額に口付けを落しながら男の、自身の浅ましい思いに胸をうっそりとさせる。無理強いでないにしろ、男女の交わりというのは男が女を支配し、征服し、服従させる意を孕む。幾ら気持ち彼女を労わろうと、この身の猛りはきみをままに揺さぶりたがっている。
「きみの身に辛いことは一切しないと言い切りたいのだが……」
仄か幼い表情を浮かべ意味を推し量る彼女は装いは崩していない僕の体を一視、そうして口元に手を当てて目を泳がせる。その後の彼女は潤んだ目と紅潮した頬で一度の瞬きに何かを決意したようにも見えた。
「大丈夫。お願い……ちょうだい、歌仙さん」
「っああ、……やろう。僕でよいのなら」
「あなたが、いいの」
「はは、煽って……しかしもう暫しお預けだ」
彼女の身の上自身の体を折り、下腹部辺りの皮膚の引き攣りに唇を落した。括れ、横腹の傷に唇を沿わせ上目に痛くはないかと問う。きみは痛くないと首を振るが、その睫毛を震わせてくすぐったいと小さく笑った。それに僕はそうかい、とこれ見よがしに舌を出し傷口をなぞる。途端、笑い声に艶が見え隠れ、僕は自身の口辺が持ち上がるのが分かった。
「……ぁ、ん……」
「うん、……いいね」
甘く色付いたようなその声も耳に心地いい。それに鼓膜を震えさせながら傷跡の一つ一つに口付けを落し、時折舌先で愛撫する。僅か肌を吸い上げ、ちゅっとあからさまに音を立ててみると真っ赤な顔で眉寄せ此方を見やるその視線と僕のものが交わった。見ているなら尚更に都合が良いと、目線をやりながらその膝を割り開いて太股の付け根辺りに走る傷に舌先をなぞらせる。
「は、ぁ…………」
悩ましげな吐息だ。ちらりと既に曝け出されている彼女の秘所に目をやる。ままに、その場所へ顔を寄せようとしたらぐいとその指に止められた。
「……髪を掴まれると、少し痛い」
僕の前髪を掴み込んだ指を宥めるように指の腹で撫でるが、その握り込みはより一層のものとされた。
「っ、駄目です……!」
「……駄目かい?」
「かっ、可愛く言っても駄目です!」
「可愛く、言ったつもりはないんだが……」
「駄目なものは駄目ですっ、せめて今日は……っぁ!」
放された前髪とその言葉に僕は、彼女の太股の内側に吸い付いて痕を残すに留めた。
「そうかい? だったら、次回の楽しみに取って置こうか」
震える下腹部に唇を落す、言質は確かに取ったと。
唇で触れようとしていた場所へはきみが言うなら仕方無しと手を滑り込ませた。潤みに指の腹を滑らせ入り口をなぞる。声を漏らさぬよう口元を手で覆う初々しい羞じらいは眼下に喜ばしい。その手の甲に口付け、手を取り、唇を合わせる。きみの舌を追うように自身のものを絡ませれば潤みがより増したようで、互いの鼓膜を震わせた水音に疾うに熱を帯びている吐息がより濃く混じり合う。
酸素も余裕も足りぬと喘ぐ唇を解放してやり、その口に手の平を返してやった。こんなにも濡れていると言うように潤み全体を一度に撫ぜるとそんなこと知らぬとばかりに瞼はきつく閉ざされる。
その瞼に口付けを落せば僕の髪がきみにもかかっている。指の位置をほんの少し動かせば膨れ始めていた肉芽に触れ、それをやんわりと撫ぜ上げた。睫毛が細かに震え、熱い吐息が手の下零されているようだ。潤みを指の腹に撫ぜ取りそれを肉芽へと執拗に擦り付け、彼女の呼吸の狭間押し潰す。
「んぁっ……!」
堪らずの喘ぎに続きを奏でさせるように、暇に飽いていた片手で何覆うものもない剥き出しの胸を掴んだ。潤んだ入り口を撫ぜる折は胸を手の平に揉みしだき、胸をやわく感触を楽しむ折には指先で肉芽を小刻みに掻くことを繰り返す。片手ずつに忙しいので片胸の頂は上唇と下唇で食むようにして弄った。彼女もまた熱に喘ぐに忙しい。
「あっ、ぁ! やっ、ん、それっ……! やぁっ」
「それとは、どれのことだい?」
耳たぶを食み問い掛けを鼓膜へと落すと同時、肉芽を指の腹押し上げる。引き攣る、彼女の喉元が僅か仰け反るようにして晒し上げられる。胸をやわく揉んでいた手でその喉元の丘に触れ、肌に滑らせ首筋を撫で下ろした。その場所を手の平支えに反対側へと唇を寄せ吸い付いた。
「ぅ、ん……そこは、見えちゃっ、あ!」
濡れそぼったそこは僕の指をにゅるりと容易に銜え込んだ。くにくにと指に確かめ、容易に呑まれたが、この具合だとこの先が互いにきついなと肉の内壁を押し広げるように解す。はぁ、と吐いた僕の息は不満を覚えての溜息などではなく、猛った己の熱の為のものであった。
「っふ、ぅう……」
「おや、……今のは僕の息が耳元をくすぐっただけに感じたのかい?」
「ぁ、ちがっ、ん……! やっ、みみ、……っ!」
可愛いものだとくすくす笑うとそれすら愛撫になってしまうようで、追い討ちに耳元で言う。
「ほら、僕の指を締め付けている。何やらきゅぅきゅぅと物欲しそうだ」
「そんなっ、……そんなこと、っあ……!」
「まったく、……素直じゃないね」
此方の口は素直だけれど、と粘着質な水音を態と掻き立てるように指を引き抜き、思わせ振りに中と外を行き来させた。ぐっと奥まで指をやる際に手の平が肉芽に打つかる。腰を浮かせ、快楽と僕の指の両方から逃げようとする理性の働きに、本能が優ればよいと僕はその逃げ腰を抑え込んだ。手の平で腫れ物を打つのはもう、意図的であった。
「やぁ、やだぁっ……! あ! はっ、……ぁん!」
「嫌というがね、随分と銜え込んでいるよ? 美味そうに」
「あっ、ぁあ! だめっ、ぐちゅぐちゅしないで……!」
「……、ああ」
「やぁあっ! だめっ、だめってぇ……! ぃ、いって……! ぁ、あ、あっ!」
「ふむ、……どうしようかな」
「ぃ、イッちゃう……! やっ! っあ! ん、かせっ、歌仙さんのがいいっ……!」
きゅぅと僕の指を銜え込んでその胎を震えさせている、愛しい人のそんな姿での懇願だ。勢い、指を抜いた。見やるにびくりと体を跳ねさせたが達してはいないようだ。先まで僕の指を銜え込んでいたそこはひくりひくりと銜え込むものを強請ってはいるが。
「……なら、脱がせてくれるかい?」
一糸纏わぬ彼女自身と違って、僕はまだ装いをしゃんと崩さぬ身に着けている。
乱れた呼吸を胸元手に落ち着けようとしている姿を四肢の先から先まで隅々視線で辿り、ベッドに膝立ち彼女の手を待つ。帯に手をかけたあの時は本に必死であったのだろう。今も乞うそれに必死ではあるのだが、僅か帯を抜き取るだけでも彼女は顔を背けて羞恥をやり過ごそうとしている。彼女のそれは僕を脱がせているというよりは、手遊びに僕の着物の前を払っているだけに見えた。
それも愛いものだと、生地に指の腹を撫でさせるだけに一所懸命な姿を傍ら、ベッドサイドの小物置の中から避妊具を取り出した。
「殆ど脱げていないが……仕方ない、これで許そうか」
僕の着物の襟元を寛げたに留まっていた手を取りその体、ゆっくりとシーツに押し倒し戻した。封の片辺を口に銜え、手早く自身の衣服を取り払い邪魔だと床に放る。片手とろとろと蜜を零し濡れているきみのそこを撫ぜながら、もう片手で口に銜えた避妊具の封を切った。きみの内から溢れ出る蜜が口程にものを言う。
もう一度と指を呑み込ませ、掻き撫ぜた中から蜜を己の手に絡ませるようにして抜いた。ちゅぷん、と鳴った水音と彼女の小さな喘ぎを鼓膜に、猛る自身に避妊具を被せ、愛撫した手で数度根元から扱けば欲情したきみの目が僕自身を見ている。
「乞われなくてもやろう、僕もそう我慢強い方じゃないからね」
柔らかな肉に指を食い込ませるように抱えた片膝裏。その肌に唇を寄せた後、宛がう。きみのその体の強張りが伝わり、僕の腰から背筋にえも言われぬ心地よい痺れが走る。細波のようだ。その引潮を追うように、ぬぷりと音を立て僅かを埋める。だが、ししどに濡れ解れているはずのそこはやはりきつかった。先端を埋めたぐらいであるに互い、圧迫感に眉が寄る。
「いっ、ん、ぅ……」
「っ、……やはり、一度達した方が良かったか」
見下げるときみは僅か下唇を噛むようにして耐えているものだから、気を紛らわせるに肉芽をやわく押し潰して弄った。その喘ぎは合わせた唇、互いの口内に呑み込む。お前の全てが欲しいと食い千切らんばかりの締め付けは僕にも辛い。全てをくれてやってもいいのだが、と思いつつも。
置いた手の平の下、下腹部は震えて早く全てを収めてしまえと訴えかけてくる。それでも無理に肉で押し挿らず、手慰め彼女のその柔肌の感触を楽しんだ。
「早く穿ってしまいたい、きみを……」
その場所を広げるように腰を少し回し、彼女の顔色と呼吸に合わせて進める。内壁を広げるぬちぬちという音、胎が苦しいと戦慄くきみは己の指を噛むようにしてやり過ごそうとしているものだから、自身を傷付けてはいけないよとそれを退け、僕の指をその柔らかな下唇に触れさせた。しかしきみは僕の指に歯を力任せ立てることをせず、唇で食むような愛撫を必死にしている。時折当たる歯は甘噛み以上にじんわりと僕の体に甘い灯火を宿す。理性をも燃え尽くしそうな炎の横で燻るそれは危うくて、だが心地いい。
「ん、……む、ぅ……んんっ!」
「っは、……そう美味そうにされては、もっとくれてやりたくなる」
それは僕を中程まで呑み込んだそちらに対しても言った言葉だ。僕の指を幼げに食む上の口と雄を求め絡みつくような下の口との差異にその身を徹底的に愛してやろうと、全てを埋める前に浅い位置でぐちぐちと揺さぶりかける。短い行き交いでも悦であると互いに熱を上げていく、これで十二分だとは言わないが。
「んぁ……あっ! ぁあ! んっ、……ふ、ぁ……!」
喘ぎを耐えられぬと僕の指を上手く食めない唇。その口の端に親指をかけるようにして、閉ざすに閉ざせないままのきみに僅か抜いた自身を先よりも奥に埋まるように突き挿れるを繰り返す。
「っや、ら……! あっ、ぁあ! あ、ぁ!」
ままに舌先を絡めるだけに交わす。顔先を離せば親指の腹で彼女の唇を拭いどちらとも分からない濡れを舐め取った。潤んだ目でそれを見るきみは胎で僕の猛りを甘く締め付ける。
「ああ……心地いいね。焦がれも、募るがっ……!」
「ひっ! ぃ、んっっ……!!」
言葉尻に深く穿つ。
その埋もれのままに身を折り、彼女の額と己の額を合わせた。肉が肉を食む感覚の心地良さに眉寄せ短く息を吐き出してから、告げる。この瞬間に紡ぐきみの名はそれだけで僕に息の詰めるような愛しさを深めさせた。
「――、これで……僕の全てをくれてやった」
「ぁ、……っ…………!」
「っく、ぅ……!」
告げ終えると同じに、体と胎の中をびくびくと痙攣させるようにして達した彼女の僕の欲を乞う締め付けに咄嗟耐える。昂りを吐き出すを強請るにきゅぅきゅぅ締まるその満ち引きをやり過ごし、半ば我が身に何が起きたか分からないといったきみの目を覗き込む。潤んだその目に僕の姿が映っていることに体の痺れを覚える。
「おやおや……イッてしまったのかい?」
「……ぁ、……かせ、……さんが……!」
「僕が?」
「なまえ、呼ぶから……っ!」
「ああ、きみは……僕をどれだけ煽る気なんだ……動いても、大丈夫かい」
確認するかのように少しを揺するが、未だ達した余韻に感ずるきみは短い喘ぎを零す返事しかできない。それから、僕を銜え込んだままに歪な深呼吸をしたきみはどこまでも優しげな眼差しで僕に言う。
「っ、わたしも……ぜんぶを歌仙さんにあげる。好き。大好きです、歌仙さん……ぁああっっ!」
彼女の中を抜け切るかどうかのぎりぎりまで腰を引き、一突きに最奥まで腰を打つけた。僕の体に駆ける悦と戦慄くきみの胎。自身を追い討ち攻め立てるように繰り返す、この突き立てのがつがつとした様はきみを思いやっているとは程遠いが、そんな僕でさえ恋しいと縋るきみに互いを分かつ距離など無ければいいと腰と腰を押し付け合った。
「ん、そこっ……! ぁ、あ! ん、ぃっ……っぁあ!」
「ああ、ここかっ……!」
「んっ! ぁ、やっ! そこっ……ばっかりぃ……!」
「は、……そう言って、よいとばかりに締め付けて……!」
「っあ! ん、はぁっ……! だっ、てぇ……ぁ、んっ! きもち、ぃ……!」
「っなら、もっと、くれてやろうっ……!」
一層によがるその箇所を抉るように突き上げながら、自身も目眩にも似た快感に酔い痴れる。揺さぶられ続けながらも僕の名を幾重に呼ぶきみの、口付けを欲しがった唇に自分のものを重ねては昂りも重ねていく。
互いの体の間に潰れる粘着質な水音が死ぬほどの恥じらいであると、嫌々と首振るきみのそれが建前にその体をより熱くしていく。二人、分かつ熱のままに溶けてしまいそうであった。
「ぁあ! かせっ、……かせん、さんっ……! ぁ、んんっ!」
「あぁ、好きだ……っ、きみが愛しい……く、ぁ……きみを、きみが……っ」
「あっ、あ! かせんさんっ……! あげる、……あげるからっ……!」
ちょうだいと、より舌足らずにきみは言った。
「ふっ、く、ぅ……でるっ……!」
半ば先端をめり込ませるようにしながら越しに弾けた雄の昂りに、僕の名を口にしながらきみは二度目の絶頂を眼下に晒した。互いの全てを許しあった交わりの果ての幸せの感触を、僕はいつまでも慈しんだ。何度も、慈しんだ。
静やかな雨足が庭先を濡らす。今は、冷たい雨空もビロウドみたいに柔かく感ぜられた。
その身には大き過ぎる僕の着物を手繰り寄せるようにして着ているきみ。肌寒くはないかと寄り添う体を一層に抱き寄せ、庭先にまた二人目をやる。ゆっくりと夕に向かう時の流れも今はただただ感受できた。この穏やかで温かな気持ちは全てきみがくれたものだ。
「初夏には、八重の薄紅をきみに贈りたい」
「牡丹の、ことですか?」
「ああ、僕が一等に好きな花だ。今なら牡丹を一に好きにさせたのがきみだということを言える」
緩やかに瞬きをするきみは、やはり分かってはいないのだろうから、その頬を手の平に撫でながらあの日のことを思い出す。
「初めて会った日、きみの着物の柄は牡丹だった。八重の薄紅を纏うきみの微笑み。僕は、ひと目で恋に落ちたものだ」
ああ、この人は花だ。誰に手折られることもなく可憐に咲き誇った大輪の華。花を生けるはずの僕が花に生かされ、指先を触れさせるのさえも戸惑わせる花だ。
「きみはね、その時からずっと僕の心を放さないんだ。……結婚指輪が目に入った時はいっそ、腹を切ろうかという心持にもなったものでね」
あの日の花は僕の隣に在り続ける。触れることを許されなかったきみは今、その唇に触れることさえできる。きみは僅か目を丸くして僕の横顔を覗き込むものだから、奪うようにその唇に自身のものを寄せた。
花が揺れている。
「……花を」
「うん?」
「花を、見たんです。生け花を。死んだと同じに日々を過ごす、その中で見たあの花は……本当に生きていた。新緑の力強さや、小花の可憐さ、大輪の艶やかな姿。……これを生けた人はなんて凄いんだろう、素敵なんだろうって思ったんです」
言葉を区切ったきみは、仄か上唇と下唇に隙間を空けて呆然とする僕の唇に指を触れさせた。
「思ったら、会いたくなって……会ったら、本当に素敵な人だった。……それに可愛い。こんな歌仙さんは、私だけの秘密ですよ?」
きみの手を頬に添えた。互い笑み、肌寒いからと嘯いてよりと抱き合う。きみの温もりと耳に心地いい心音。合間鼓膜を震わせるに横目見やれば庭先には未だ雨が降る。晩秋に降る雨は時雨。雨粒は、椿や山茶花を濡れ冷えさせているのだろうか。互いの心に雨はもう降らない。花弁舞い散る山茶花を見ても物悲しくはないと、秋はより深まるのだろう。