SS詰め1
歌仙/現代における歌仙と審神者の不穏な話
花冷え、ぞくりぞくりとする感覚が背筋を逆さかに駆けていく。二の腕の辺りにはどうにも鳥肌成るものがぷつりぷつりと浮いて、両の手の平で摩ってみても一向に治まるところを知らない。
あの桜木の下にはどうにも死に体が埋まっているらしい。
そんな噂話は人の口を乗って、伝って、僕の脳を刺激する。ざわざわとした感覚はまるで風を前にした桜の花や葉の吹雪いたそれで、酷い悪寒に囚われた。
例えば、薄桃色の花びらやほんの黄色く染まった葉や若緑の葉が積もり重なった地面などを爪先に土を詰め込み掻いたとして、ぽっかり空いた穴だけが僕を出迎えるはずだ。そこに死に体など埋まっているはずがない、それは人の噂話なのだから。
けれど、けれど、僕の脳の片隅で誰かがぼんやりと唇に薄く紡いで警告するのだ。そんなことをするのは不毛で、そんなことをするのは危ういだけであるのだと。
僕は、爪と皮膚の間に存在する土の湿っぽい臭いを嗅ぎながらくらりくらりと目眩に襲われる。まるで桜に今にも攫われそうだ。攫うなら、きっとそこに横たわる死に体にしておくれ。死に体に、死に体を、何時の日か僕が土塊の上に横たえるその仄かな温もりを抱いたきみの身体などに。
この桜木の下にはどうにも死に体が埋まっているらしい。
歌仙/泣くのはおよし、愛しいきみよ ※刀剣破壊有
審神者は泣き濡れていた。苦戦を強いられる時間遡行軍との抗戦。傷付けられ、奪われていく大切な者達。刀身の半ばでぱきりと割れている短刀へと大粒の涙が落つる。小夜左文字、彼女が初めての鍛刀で迎えた刀剣男士。今は意志の宿らぬ鋼の身、本丸が残り二振りとなってしまっていた内、その一振り。
「主」
小さく、されど部屋に響くように審神者の鼓膜を震えさせたのは歌仙兼定、彼の声。音は彼女の心をさすり、彼の指先は折られた刀身を撫でた。伏し目の浅葱色、覗き込むようにして審神者の瞳の色と交わった。
「辛いかい、辛いだろう。痛むのだろう、その心は」
細まった彼女の目に涙は追いやられる。それは歌仙の指先へと落ち、そうして鋼へと滑りそれを濡らした。
「きみの苦しみは、僕が拭いたい」
濡れた鋼へと一度視線を落としてから、歌仙は言の葉を紡いだ。
「主、僕と相対死にしてくれるかい」
その音の響きというのはひどくやわらかなものであった。
「残酷だというのなら、逃げ出せばいいんだ。もう此処にはきみと僕しかいない。なれば、選ぶ道に僕とのそれがあってもいいだろう」
審神者の揺れる瞳は問うていた、歌仙はそれにとろけるような笑みを以て答えとする。
「僕のことはよい、きみが幸いであるのなら」
そうして小さく頷いた彼女に、響く静やかな音は鞘を抜き出た歌仙兼定の音で。
「痛くしないよ、寸に済む。僕も、直ぐに逝こう」
閉ざされた彼女の眼差し、一振り、刃風を追うようにそれは落ちる。とさり。
歌仙は首の無い胴を己の膝へ、首は愛しげにその頬を包むように両の手に。
「嗚呼、僕は漸くきみに触れられる。この愛しさを以て」
指の腹は、物言わぬ唇を撫でた。
「後を追うのは待っておくれよ、きみの肉が朽ちて骨に成りその先、唇を寄せることができなくなるであろうその頃まで」
歌仙兼定はただ愛しさに笑んでいた、死体の首は笑みを浮かべはしなかった。
歌仙/秘め事
朝露を浮かばせた新緑は目に眩い。露に触れるか触れぬかで惑う僕の指先はその場で静か、ただ瞬きで見守った後に珠の如き露はつつぅと葉を滑り地へと落ちてしまった。すぅと取り込んだ朝の空気に僕の肺は満たされる。日中は息苦しさを覚え無いでもない気温と湿度であるが、朝の早くは凜として清々しいばかりだ。
砂利の仄かな音、それに振り迎えれば主、きみがいる。知っていた、僕の耳はきみのそっとした足音もずいぶんと遠いところから捉えていたのだから。慌ただしい音を響かせてはならぬとけれども急いた心がそうしてしまうという足音。
「おはよう、主」
「おはよう、歌仙」
きみの唇が控えめに僕の名を呼ぶ。控えめなそのさま、僕の名を音に紡ぐに心を沈ませているのでは決してない。自身の唇に触れさせるきみの指先、微か隠れた口元は控えめといえど確かな笑みで。そうして頬を仄かに彩らせている薄紅なる色は。
こんな朝早くから僕を惑わすのはやめてほしい、と胸中で呟いたもののそれすらも偽りを孕んでいる。とても悩ましいことだ。
きみは僕がほんの少し前にそうしたように朝露に視線、そうして指先を。白魚のようなきみの指先が僕には目に眩く、この心は擽られる。きみは露に触れ、仄かに指先を湿らせるものだから。
きみの手を取ってしまったのも、指先に僕自身の唇を寄せてしまったのも、知らないことだ。僕ときみ、だけのことだ。
朝早くの本丸は未だ静寂に包まれている、よく知り分かるのは互いの心音だけ。寄せた身に、重なるような心音だけ。
ぽったりと落ちた朝露、僕ときみだけの秘めやかな時間のことだ。
歌仙/嫉妬の怪物
きみの生っ白い肌に在る鈍色なる首飾りは酷く僕の臓腑を騒がせる。ころころと笑うきみの笑み声は僕の鼓膜を心地好く擽るというに、その合間に首元からそれが金切り声を上げるものだからどうにも僕は本性で一線を描きたくなるのだ。確か、僕は首を薙ぐが得意であるが気にすることはない。上手くやってみせよう。視界に入るその煩わしい存在だけを一太刀に切り落としてみせよう。しかしもしそのついでにきみの薄皮一枚を攫っても許して欲しい、それは手元が狂ったことではないのだから。愛撫だよと笑ってやるので、きみはそのまま僕に悋気の念を抱かせたことを知るとよいのだ。
好ましい、そろりそろりと、宵が来る。
歌仙ぬい/待ち人来たる
花はいずれと散り葉桜に、季節は去りて新たな日々を共連れに。
誰ぞが逝きて誰ぞが生れいずる生死の狭間で僕はただひとぬい待ち続けよう。いつか訪れるあけぼのに、笑んでやるのだ。
おやきみ、随分と遅かったじゃないかと。
零れ桜に身を濡らし、黙して待つは雅じゃないか。
巴形薙刀/創世日和
我らは所詮玉鋼であったものだ、人の感情など知るには学ぶしかない。年月の末、付喪神の過程を以て刀剣男士として在る者なら既に知っているかもしれぬ。だが、だが、銘も逸話も持たぬ物語なき巴形の集まり、それが俺だ。かつてなど在るはずもなし、学ぶ時もまた同じに。ただただ、俺に在るは主だけだ。俺の物語を織り紡ぐは、俺を形成するは。なれば、この与えられた血肉の心の臓が時折に傷む意味や震える指先、誰ぞが口にした腸が煮えくりかえるという言い表しが此の事だと目を細めたあの瞬間は、篤と考えてみれば主が創り出したと言っても過言ではない。で、あれば、この意味合いというのも分かるはずだ。他でも無い主が、俺の主が。主の声音、体温、眼差しが他者に注がれた際に落ち着きを失う此の身のことを。この、臓腑で蛟が這いずり回るような感覚を人の言葉で言い表すとなればなんとするか、嗚呼、教えてくれ主。
歌仙/告白
月明かりが僕の影を伸ばし、こんなにも眼差しに明るい宵だというのにきみの面持ちを陰らせる。或いは、声音紡いだ僕の言の葉の所為か。この薄らと開いた唇をそうして喉を震わせて音を聴かせた折からどうにもきみの表情は僕の望むものではない。勿論、どのようなものであろうと君の創り出すものなら好いている。と言いたい心持ち、思うようにならぬから如何せん。なまじ形だけでも人の身を取ったが故か、何処までも欲深い存在になってしまっている。それでも偏にきみへと心を寄せているが為と赦して欲しい。悋気の念を孕む僕もまたきみの歌仙兼定であると。そうしてきみもまた僕を一等に好いておくれ。嗚呼つまり僕は、誰ぞ一振りに酷く嫉妬を抱かずにはおられないのだ。耳の裏に未だ嫌にこびり付く、あの声音。嫌な響きだね、まったく。彼は言った、アナタに恋をしました。
歌仙/漣
僕に倣ってきみの唇というのはこの季節の愛しを詠う。此の鼓膜を些細に震えさせるそのいと細かな振動というのが僕は愛しい。もしかしたら、きみが紡いでみせる和歌などを上の空にしてしまっている。それは師としてはいけないことだろうから、切っ先は表には出さぬのだけれど。
でも本当は、真実のところは、きみの喉仏のそれなどに喰らいついてやりたいと僕とて思っているのだ。本性のそれを宛がうでもなく、此のきみの与えたもう肉の塊、それをきみの喉のそれに添えて、行動に移したいと思っているんだ。刀としての真っ当に満ちていないのだから、褒めてくれたっていいんだよ。嗚呼、僕は、きみに口付けたいなどとと思っているんだ。浅ましく。きみの喉の仏の笑み声の震えは、僕の嘲笑の震えと似ているよきっと、とてもね。