全くもっての暗闇であった、丑三つ時を越えた此の夜に月は明るみを寄越すことなく光の欠片粒さえ存在しない。それは新月、其の夜に行われるひとつの手遊びであった。
 月も星も明るみを寄越さない夜とはいえ、幾つか並び立った蝋台全てに蜜蝋の灯りが灯されていてはだだっ広い空間も幾分明るいものであった。それでも薄影が揺らめき肌を舐るかのようなさまは、その火を灯したのが邪神と呼ばれる存在であった為であろうか。
 しゅぅしゅぅと音がする、ちろちろと小刻み揺れるのは燭台の火ではない。犇めく鱗の音を伴わせて蛇がその身を這わせていた。蛇と言ってもただの蛇だとは到底言えないだろう、禍々しい妖気を孕みずりずりとうねっていたのなら。
 そうして蛇はたった一匹ではなく数匹が其処にうねりあっていた。まるでひとつの塊であるかのようであったがその中程に、衣服は身に着けているものの捲り晒された女の四肢が白く浮いているものだから、其処に在るものがひとつの塊ではないことが分かるようであった。
 一匹の蛇が舌先でちろちろと女の喉元を舐ったかと思うとその頭を女の装いの胸元に差し込み、そのままにずるずると服の下を這い出していた。また他の蛇も服の隙間から入り込み生肌の上に蠢き或いは、服の上から腿に絡みついてはうねる途中に腿の内側、女のそこに鱗や腹を擦りつけるようにしているのだった。
 その光景は女が蛇たちに陵辱されているものであった。
 例えば陰陽師であったなら救いの手を差し伸べるべきその光景。男は、其処に犇めくさまを別の蛇の胴体に腰掛けながらも眼差しの先にしている。ただ静かに足を組み替え、組んだ自身の膝に片腕を立てるようにして頬杖、気怠げにも退屈だとにも思える表情でけれどもその瞳孔を細めるようにして、そこに眼差しを下ろしていた。
 肋骨が鳴いた、蛇は戯れにも女の胴体を締め上げ、声を漏らさぬように引き結ばれていた上唇と下唇の合間に油断の綻びを拵えさせる。そうして追い打つようにもずるりと皮膚の上を這うそれで、小さいながらも零された女の鳴き声に邪神の唇の端が僅かに吊り上げられた。
 唇を引き結び直し、男の姿を睨みつけた女は胸中でその邪神の名を忌々しげにも呟く。オロチ、と。
 八岐大蛇、それが男の正体でありまた、女の、陰陽師である彼女が本意か不本意か結果的に契約した存在であった。そうだ、契約者たる存在が自身の式神である者の使い魔に辱めを受けているに他ならなかった。
 いつからだっただろう、新月を迎える度に手遊びのようにも蛇で体を苛まれるようになったのは。
 それを彼女は思い出せない、片手の分の回数を越えた時から思い返すのを止めまた、今は邪神の思惑に抗うようにすることで必死に意識を保とうとしている為に。
 蛇たちに絡め取られた身体は床から離れ、遠目に見ると蛇は薄影に交じり見分けもつかぬもので女だけが宙にぽっかりと浮かんでいるようでもあった。両手首を纏め上げられたように彼女自身の頭部上にし、腿にぐるりと絡みつかれている為に両膝を割り開かれ足の裏を見るものに晒している。それは見えない糸に拘束されているかのようであった、まるで蜘蛛の糸に。決して、極楽浄土の蓮の上に在る蜘蛛のものではなかったが。
 浮いた足先が跳ねた。それは服の下に這っていた蛇が、下腹部に頭を擦り上げるようにもした儘に彼女の臍に己の身を埋め隠すとぐぐぅとその窪みを圧迫した為に。
 ぐっと息と唾を呑み込む音、その喉はいっそ湿った呼吸を繰り返す獣のようにも成りかねないものであった。幾度新月が訪れまた此の夜の深まりがまったく浅いものではなかった為だ。
 ぽったりとした汗の粒が一度蛇の鱗にぶつかり弾けさらに小さな粒たちになり薄影へと消えていった。いっそ掻き消えてしまえば楽なのだと、彼女に思わせる。そうしてその考えは瞬時に脳裏で首を頭ごと振るわせる。眼差しの先にいる邪神が、そのような些細なことで手遊びを止めるなどと思えなかった。
 契約者の思考を察してかはたまた視たのか、邪神は唇で嘲笑ってみせたようであった。彼女の足の裏が宙を掻くようにもしたのは苛立ちに相手を蹴り上げようともしたものだが勿論、大気さえ男の身に届くことなく代わりにただただ燭台の灯火が女か蛇の息遣いに揺らめくのであった。
 滲んだ汗を舐るようにも蛇の舌がちろちろと女の輪郭を撫ぜた、それは自身の主たる邪神より今は此方に意識を向けろとでも言うようであっただろうか。此のような湿り気帯びた夜の時でなければまるで猫のようにも顎の下を指先で掻いて可愛がってやるものだが、今や女の方が可愛がられてるものだ。
 思考が逸れたのは一種の現実逃避だったのかもしれない、精神と肉体を庇うものだ。それが寧ろ悪手だと知るのは、既に遅くなってからでしかなかった。
 彼女がはたと気付いた時には一匹の蛇が徐に布の塊を咥えていた、それに彼女はよぉく見覚えがあった。何しろ、先ほどまでいや今だって自身が履いているはずの衣服であるのだから。びくりとした震え。上半身の服や眼差し見下ろせば下着も残っているものの、まさか脱がされるなどと思っていなかったとその眼は明らかに狼狽えていた。
 人の子など容易く丸呑みできるほどの一際太い蛇が彼女の顔先の前で口を大きく開いた。牙の鋒を喉奥を見せつけるそれはあたかも捕食者と被食者の関係を今一度知らしめるかのようであった。
 彼女は慄いた、けれどもそれは今にも自身を丸呑みせんばかりの蛇の口にではない。その蛇がくねらせた腹の先、双頭の生殖器が露出されていたからだ。そうしてそのひとつの頭が布越しにぐっぐっと押し付けられ、そこに隔たりがあろうと埋めてやろうとするのに彼女は息を呑む。くねりながらの押し付けに、ずりずりと頼りないその守りさえずれてきているのが余計に彼女の焦燥を駆り立てた。
 何夜苛まれてきたとしそれでも、彼女は未だ生娘であったのだ。
「うそ、まって、」
 途切れ途切れに言葉を零しながら嫌嫌をするようにも首を振る、床に尻を着けていたなら臀部を擦りつけるようにもして後退していたに違いない。けれども、未だ女の身体は幾数の蛇に絡め取られその自由を許されてはいないのだ。抵抗する脚は他の蛇の胴を足の裏で押しやったようではあったが、小さな女の体を押し潰しかねないその太い蛇には鱗一枚とて掠ることなく、その無力さを蛇の姿越しに見える邪神に見せつけたようなものではないだろうか。
 邪神の眼が細まる、女にのしかかる蛇の生ぬるい吐息がより湿り気を帯びたような気もした。
「いやだ、嫌だ! だって、それは……ッ!」
 輪郭を舐る蛇の舌から顔を背けるばかりで距離など取れぬ。
 握り込まれた女の手の中で爪が皮膚を突き破って血が流れたようであった。それすら知らぬように彼女はより手を握り込み、蛇は身をくねらせ押しつけ、そうして。
 ぐちりと、音が。
「たすけっ、おろち……!」
 ぱちんと音が響いた。
 それは邪神の指先同士から或いは、爆ぜるようにも消えた蛇たちのそれから。
「嗚呼、助けてやろう。愚かな子羊、私の契約者」
 蛇たちが消えたことから床上へと放り出された女の姿を見下ろすそれは、燭台の灯りを背にしながらもひとつの大きな塊に見えた。ひとつの影、ひとつの闇の塊でありながらも無数の得体の知れない何かがその中に蠢いているような、犇めきあっているような感覚。足の裏や臀部、後ろ手に突いた両手の平の下から床の無機質な冷たさが這い寄るのも知らずに彼女は、その塊、邪神を見上げる他なかった。
 どのような状態であれ、求めるべきではなかった。肌の上を嫌に冷ややかな汗がつつぅと流れてやがて衣服に滲んでいた。
「なっ、違う!」
 どさりとも闇の塊が女を丸呑みしたかのようであった。消えた蛇の代わりとでもいうように体に覆い被さりのしかかってきたそれに、自身の身体に這ったオロチの指の腹に女は声を上げた。
 下界から隠すかのように彼女へと垂れた長い漆黒の髪に灯りさえ乏しいものとなったが、何かが蠢き犇めきあっていたように思えた時とは異なり其処に在るのは他でもないオロチ、その男であることが彼女にも分かるようであった。いや、もしかしたら分からせられているに他ならないものであった。
「何が違う、情慾を燻らせて此れで何夜目だ?」
 やれやれといった様子で自身とは異なる長さの女の髪を掬い顔先を寄せながらそう言ったオロチは、先ほどまで絡みついていた蛇を真似るようにもその鼻先を女の首筋に擦り寄せ上げ、輪郭を逆さに辿った後にその目元に吐息を触れさせた。
 指の腹も吐く息も温度のひとつも感じさせない、そのくせして眼の奥には身を焦がすような熱を孕ませているものだから、眼差しを逸らすようにもしてから彼女はぶるりとその体を震わせた。
 そうして次に彼女が震えたのは、指先で顎先を摘むようにもして顔先を無理やり合わせた後に徐に言ったからだ。それを、邪神が。
「自身で慰めるのにも、もう飽いただろう」
 何で知って、そう言い放ちそうになった唇は引き結ばれそれでも震えている。女の衣服の下、直に背中の皮膚を這う邪神の指は五匹の蛇であるかのようであった。それでも蛇の腹や鱗とはまた違うさわりに、オロチのそれに女の体は背を反らせるようにも浮いた。与えられる刺激に逃げる為の無意識のその動きがいっそ自身の体を相手に捧げるようにも差し出されているものに見えることに彼女が気付くわけもない。
 薄影を纏わせながらも心許ない灯りに浮かび上がるその光景は一種の宗教画めいていた。聖母マリアの死を嘆く御使いのようでいて、その胸元に唇を寄せるのは天使も悪魔も足元にも及ばない邪神という存在ではあったが。
「疼きを感じるか?」
 寄せたその下の心の臓に問いかけるようにも吐く息を滲ませた男は指の先で女の体を辿るようであった。装いに中心の線を描くようにも下り、下腹部の途中で窪みに僅かに埋まるその指の先。二度ほどその窪みの深さを確かめるかのように押し込んでから、妖しげにも唇を笑ませる。
 邪神の笑みを見留めるや否やその身体を押し返すようにも蹴り込んだ女の膝は容易くその手の平に受け去なされたようであった。そうして寧ろ都合が好いとばかりに片膝どころか両方の膝の頭を手の平にやすやすと割り開かれ体を捩じ込まれたのだから、何にひとつの抗いの欠けらさえない。
「いじらしいな、そうも頑なだと」
 言い返そうとしたのだろう、けれども女の口から出た音というのは鼻にかかったような艶めいた声であった。彼女は自身の手の甲でそのようにも鳴いた唇を隠し、頬を紅潮とさせながらも硬く眉を寄せて男を睨みつける。
「っふ、ぅ」
 湿り気を帯びた吐息だ、それに触れてやろうかと僅かに思ったオロチの手はより湿り気を帯びた箇所に既に触れている。
 蛇が押しやっていたようにも布地を取り払わずにそのままずらし、中に押し入ることはせずにぬかるみを確かめるようにも水音を伴わせて押し広げていた。下着の布はずらしたものの男の手は素肌というわけでもなく、その果たして平安時代に存在するものか分からぬ素材の手袋、それに滲んだ体液で小さくともじゅちりじゅちりとした水音が、女の堪え忍ぶ呼吸にさえ絡まるように響いていた。
 息を整えるいとまをやろうとでも言うように離れた男の指に女はその通りに呼吸を繰り返した。女の其処を離れた指の行き先など整える呼吸の合間に意識などできない。
 ぬるついていた、自身の唇に触れたそれは不快さを寄越してきていた。
 己の唇に充てがわれた男の指に女の腹が沸きだったのかそれとも或いは、兎も角、一瞬の思考の後にそのまま指を食い千切ってやるとばかりに歯を立てたものだが、自身の歯と歯の間に挟まれ薄気味悪い硬さを知らしめたその節、骨の感触に怖気付いては邪神の指の本数が減ることはないようであった。そうしてゆえ、ただただ男の手袋の生地をほんの歯先で咥えている状態であった。
 それらを見下ろすようにしながら男が笑った。そのままに腕を引けばするすると男の腕から蛇の脱皮のようにもそれが後にしていく。邪神の肌はその顔の色の通りにも不気味に青っ白いものであった。裏腹、細くとも節榑立った手や程よく筋肉の付いた腕が、それが人の男の形を取っているということを改めて分からせる。
 自身の抜け殻めいたそれを咥えている契約者の下唇に触れたオロチの指、その爪先は存外にするどいものではなかった。獣や魑魅魍魎めいたそれではなくあくまで人の程度に収まったそれに、その動向を女の目は僅かに追っていた。
 果たして男の爪先は人を模倣していたがやはり人のものではない。するりと脱がせることもせず、腰の骨を辿った先にある儘に辿った爪先にそれは下着とは名ばかりの布切れでしかなくなることだ。
 何のひとつの隔たりもなく触れたぬかるみに目をやることはせず、邪神は女の眼ばかりを覗き込みながら粘着質な水音を自身の指の腹に絡ませていた。契約者の、その女の眼の中に屈服がいつ浮かび上がるか実に愉しみにしている。
 滴るばかりの体液を知りながらそれが溢れてくる源に埋め触れることはなく、ただただ深淵の周りを辿り覗き込むだけのように興じているに過ぎない。
 手遊びは一体何夜めであったか、たった一夜ではないのであったら、その肌を震わせじっとりと汗をかかせ胎を疼かせるそれが終わりを迎えるのは気が遠くなるほどの先ではないだろうか。震える女の睫毛にくらりとした目眩が縋るかのようであった。
 束の間とはいえ朧げになった視覚、それで聴覚は補うようにも冴えてしまうのだろうか。女の耳にはくちゅりとした水音が嫌にでもよく聴こえてくるようであった。男の指に自身の体液が絡み滴るさまが向けてはいない眼差しの先にまざまざとあるようで首を反らせるようにして顔を背ける、それが意味など無い行為だとしても。
 結果として、どちらにせよ彼女は首を反らせて顔を背けることにはなるのであったが。
「あッ!」
 瞬間に目は見開かれ、僅かに溜まっていた涙の小さな玉粒が弾けるようにもして飛んだ。寄せ合わせた内腿に男の手を挟み込みながら、一瞬に呼吸を忘れる。
 邪神は女の内腿の痙攣めいた些細な震えを自身の手に感じながら一度そこを見下ろし、そうしてからたった今押し潰すようにもした女の陰核を撫で上げるようにもしながらするりとその手を抜き出した。
 指の先同士に絡ませた体液を興味深そうにも見る眼差し、女の目眩の縋りはすっかり杞憂であったということだ。
「こうも容易いと下賤な輩に暴かれないものかと頭を悩ませるな」
「思っても、いないくせにッ……!」
 女は息を乱しながら自身の口元を腕に隠す。そうしながらも整えようとしている呼吸を伴いながら徐に眼差しを横目、男へと向けるとそのまなこの中には上半身には衣服を身に纏っているもののそれすら乱れ、下腹以降は言わずもがなといった様子の自身が映っている。
「なんだ?」
「なんでもないっ」
「何も問題が無いと言うなら、続きといこう」
 しゅるりと衣擦れの音がした。それにぎょっとした彼女は思わず顔先を戻すように邪神へと儘に眼差しを向けてしまう。
 そこには女を目下に立ち上がり、帯を抜き、装いを一枚また一枚と脱ぎ払っていくオロチの姿があった。腕や手を覆っていたものは兎も角装い、その肌を、皮膚を今夜以外に目にしたことなどなかった。
 狼狽を露わにしながらも目を背けることができないのはそれこそが邪神に魅入られたということなのかもしれなかった。また、熱も湿度も情事の余韻(果たして余韻と言い表すには事はこれからでもあったが)も存在しているはずであったが装いが一枚一枚と花が花弁を散らしていくようにもいや重ねていくようにも思えるその光景は神聖なものを見ているようないっそ神妙な心持ちにさえさせた。
 燭台の灯りの薄影は邪神の身体も同じように舐っているようであった。骨の上に盛られた筋肉や血の管の隆起に陰影を作っている。神聖なものでも目の前にした心持ちであったからだと後に言い訳するかもしれなかった彼女は、その陰影に眼差しを向けてしまったことに。
 そうしてそれ、が、灯りと薄影が作り出した陰影でしかないことに数秒の後に気づいたようなものであった。
「えっ」
 思わず出た声であった。ない、続けて小さくこれもまた彼女自身無意識に。
「無い、とは?」
 その小さな呟きですら聞き遂げようとばかりに拾い上げた邪神に彼女はより狼狽える。
「へ、臍、そうだ臍が無い……!」
「邪神が女の胎から産まれたとでも思っていたか? だがまぁ、お前が望むなら拵えてやろうか」
 指先を下腹に、まるで粘土でも掬い取るかのように肉を抉りそこに窪みを作ったオロチはどうだとでも言うように彼女と眼差しを一致させた。そうしてから胸板があるばかりの胸元に片手の平、拵えたばかりの臍のある下腹にもう片手の平で意地の悪い笑みをみせる。
「どうした、乳房も必要だったか?」
 その唇の吊り上げは明らかに彼女が何に狼狽えたものか知り及んでいた。揺らいだ燭台の灯火は邪神にかかる薄影の姿形をちろちろと変える。引き潮のようにも引いた陰影の後に残された邪神の肌、拵えられた臍を辿ったその先、その箇所は女のようにもなだらかでそれでいて何も無かった。何も、何ひとつ。
「さて、」
 改めて女に覆い被さった邪神に乳房は今は存在しないもので、男の胸板に衣服を間に挟んでは彼女の乳房が押し潰された。ともすれば骨が軋む音を聞かせんとする圧迫に苦しげな息が女の唇から溢れる。空気の塊を吐き出したその唇の間に潜り込んだオロチの指に彼女は目を白黒させる、そうして自身の口の端に邪神の親指を引っ掛けられながらに目をさらに見開いたのは儘に唇を合わせられたからだ。いや、それは唇を合わせるだなんて代物ではなく捕食であった。喰う者と喰われる者のような。
 体どころか口まで覆い隠されるかのようなそれに息が詰まる。
 ずるりとした、女の舌が跳ねた。オロチの舌が彼女自身の舌に絡みついた為だ。噛み切ってやろうかと思い、そうしてこの為に指を突っ込まれたのかと遅れて思いやる。
 女の舌がまるでひとつの生殖器でもあるかのように男の舌に絡め扱き上げられる。口の端からだらだらと唾液が垂れ、それを拭ったオロチの指の腹が何処へ向かうかなど今の彼女に察せるはずもなかった。
 濁った水音が女の口から漏れた、それも殆どが男に呑み込まれたようなものであったが。
 男の口に、その喉奥に呑み込まれようと喘ぐ音を零さずにはいられなかった、自身の体液と体液を擦り混ぜるようにもして女のそこに触れられた為に。そうして、今は凹凸も無いただのなだらかな皮膚が続く邪神のその箇所を自身の濡れそぼったそこに押しつけられた為に。
 そのままに幾度か肌と肌が打つかる、水音と空気が潰される品の無い音が互いの合間で響いていた。
「っア゛」
 絡みついていた男の舌が女の舌を解放したようだった、その為に彼女は喘ぎの声を男に聞かせてしまったが。
 彼女は肺をめいっぱいに膨らませるようにも大きく呼吸をする、口の端に掛けられていた指も無くなっていた。
 それではその片手は何処に。
 オロチのその片手は女の後ろ髪を掻き分けるようにも頭部の骨を鷲掴むようにもしていた。
 今度ばかりは喉の粘膜でずるりとした感覚を味わう、逃げることを許されず喉奥に男の舌は差し込まれた。
 圧迫、肉厚、男の舌は、オロチの舌は決して酸素の通りひとつも許さぬような太さではなかったはずだ。けれども今や酸素の通りどころか喉の壁をみちみちと押しやるようにもして喉の奥ほどの粘膜を擦り下ろし上げの律動を繰り返すそれは決して人のそれを模倣したものではなかった。
 濁った水音が耳元で鳴るようにも響いていた、あるいは頭の骨の中で反響を繰り返している。ずちゅずちゅと押しつけられ擦りあわされる股ぐらか或いは肉厚の舌に擦り下ろし上げられる喉奥かそのどちらが生殖器官であるのか認知できなくなるような、境を失いかけるようにも彼女の意識が白く濁っていく。ぐるりと瞳孔が目の裏っ側に行きそうであった。
 びくんと、跳ねた。
 ぐぽり。
 喉の奥から抜き出された舌は人を模倣した通常の舌の長さ太さに戻りつつ僅かに女の体液を滴らせながら男の口内に仕舞われた。それから一度の舌舐めずりの後、邪神は白眼を剥きかけたそれに瞼越しに唇を寄せた。
「ふふ子羊、達したか」
 寧ろ逝くところであったと悪態を吐きたかったが身体が気怠く、口の端からはどちらのものか分からぬはたまたどちらともの混ざった唾液がてらてらと濡れ光りながら零れている。
 力の入らぬ女の身体をすくいあげるようにもして己の膝上に抱いた邪神はそのままにその背を手の平で撫で下ろした。労うようなその手が嫌な予感を増幅させるものだから、達したばかりの体を愛撫されるそれでびくつかせながらも男の胸板を押し返して距離を取ろうとした、女は。
 けれどもその空いた距離が好都合であった、オロチには。
 その背を支えた片手はそのままに、上着を捲るようにも女の腹にもう片手を這わせたオロチはじっとりとその先を見据えているようでもあった。
 一度邪神の指先が跳ねただろうか、それがなにゆえかと女が眼差しを向けた先、僅かにみちりとも音がした。その僅かな音を皮切りに決して些細とは言い難い、ぐちゅりぐちゅりともみちみちとも生肉を捏ね上げるような音を伴わせながら邪神のなだらかであった箇所に形成されていく男の生殖器、その光景はいっそ嘔吐きそうなものであったが異様であるがゆえに釘付けられるものであった。
「此の様なものか」
 一種の受肉とも言うべきか兎も角、形成し終えた男の生殖器を捲り上げたまま晒している女の薄い腹に沿わせて僅かに小首を傾げた邪神に彼女は慄いた、そうして憤慨めく。このようなものであってたまるか、と。
「しッ、死ぬ!」
 蛇のそれではなく人の男を模した形成ではあったが、胎を突き破り兼ねないと言うよりは確実にその器官を破壊するだろう凶悪極まりないそれに女は男の膝上で暴れた。
「死か、何度だってすくいあげてやろう」
 その下にある女の心臓を握り込むようにも衣服越しに乳房を鷲掴み邪神は言ったが、まるでどれも微かな安堵を寄越すものではなかった。契約者の抵抗など無いに等しい、駄々をこねる幼児を宥めるようにも邪神は扱う。情事はまったくにそれに相応しくはなかったが。
 息を詰めるようにして女の体が静止する、防衛本能か自身を守るかのように四肢を引き寄せ縮めようとするさまが苛虐を誘う。男のそれは女の狭間を隠すようにもひたりと触れ、数度そのままに擦りつけられた。獣のマーキングじみていてそれでいて体液をなすりつけているのは女の方だ。
 くぷりと、音がした。今の一度も埋められていない女のそこへと鋒が触れた。そうして僅かに引き寄せられた女の腰に粘着質な水音さえ潰し、ぎちりと嫌な音と感覚が主張する。
「いやだむりっ、はいらっ、入らない!゛あっ、あっ、やだやめてっ!」
 ししどに濡れそぼっているがするりと滑り込むわけもなく、僅かに触れ埋めようとしただけで女のそこを裂かんばかりの肉の質量に彼女は泣き喚いた。
 ずりゅんとした音、感覚は勢いに埋まったものではなく滑り跳ねたそれであった。蛇の頭のようにも擡げた男のそれが女の胎を見下ろすようにもしながらぽったりと体液を滴らせた。
「成る程確かに此れでは壊してしまいかねないな」
 壊したのなら直せばいいと邪神のその眼は言っていたがそれでも、一度のわざとらしいゆったりとした瞬きの合間に趣向を変えたらしかった。
「んっ、あッ……!」
 女の足の爪先が跳ねる、不可抗力のようにも顔先を向けてしまったそこには邪神の指を咥え込む己の肉体が在る。拒むような強張りは寧ろ男のそれを離さぬようにも締め抱くようでもあった。
「ふ、ぅ……っア!」
 それは情事の愛撫や挿入の為のほぐす行為ではなく許容量を推し量るものでしかないといった様子であった。けれども、ぐっぐっと肉の壁を押し込まれ儘にぐるりと中を掻かれては快楽を感じるなというほうがどだい無理な話であった。
「奥ゆかしいな」
 わざとらしくも空気を含むように抜き出されたそれで、嫌に耳に響く水音を伴わせた男の手に絡んだ体液が濡れ光る。
 形成した男の生殖器を女の体液の絡んだ手で扱き上げた後に、幾分それは人らしい大きさに成ったようであった。それでも、女の体を苛むには余りあるものだ。
 てらてらと体液に濡れた箇所同士が触れ合わされた、それを濡らす体液は片方だけのものであったが。
 ふーッ、ふーッ、と獣の威嚇めいた呼吸を伴わせ女の体や腹は強張っていた。
 僅かに肉が肉を掻き分ける、そうして。
 主張の無いゆるやかな女の喉の仏を晒し上げるかのようにも喉元を首を反らせ、背を弓なり、腿は震え、足先は跳ねる。見開かれた眼は見目に火花など散らしていないがちりちりちかちかと小眩いものを爆ぜさせたような覚えさえ。
 じっくりと弄ぶようにも押し進められると思っていたものは、不意を突くようにも呼吸の合間さえ知らぬと一息に女の奥ぶった箇所に埋められ、殴りつけるようにも胎の入り口に突き埋められていた。
 それはまるでいつぞやの邪神の戯れ、腹から背に向けて蛇魔で身体を貫かれた衝撃にも似ていただろうか。
 はくはくと呼吸にも成っていない口腔の開閉を女は繰り返す。オロチは片手の平を背に抱き寄せ、もう片手で出来の良い契約者を褒めるようにも頭を撫でていた。胎のそこを、甚振りながらも。
「……ァ、……ぅ」
 自身へと与えられたそれを遅れて認知したかのように喘ぎのそれが女の唇から微かに零れ始めただろうか。邪神の手に支えられていなければ絡繰人形のようにもかくりかくりと首を揺らしてしまいそうな響きであった。
 女の目から薄らかけた灯火、それが帰ってきつつあると見た邪神はその唇に笑みの形を作りながら愉しげにも女のその身体を揺らし始めた。手と手を取り合ってもいない、見目に蹂躙であるそれを舞踏のようにも思っている。男の膝の上で女の体が何度も弾み、結合部から追いやられた体液が互いの腿や床に飛び散っては汚す、それを。
「ア゛っ! やッ、ぅ、ぅう゛……!」
 彼女がオロチに縋るようにもひしと抱きついているのは、自身の腰骨をがっしりと掴み抜き差しを繰り返させるそれを抑制しようとするものでもあった。が、結局は縋り求められているものであると気を良くした邪神の掌の上で転がされているようなものだ。自身の耳元をくすぐる女のいじらしい喘ぎに実に気を良くしている。
「ぁあ、そろそろか子羊」
 唇で食むようにして女の耳の輪郭を弄びながらそう吹き込む邪神は形成したその器官で女の胎の震えを知り及んでいる。そうしてその言葉の通りに、オロチにいいようにされている契約者の幾度目かの限りは近いものであった。
「そうか、なら注いでやろう」
 もう既に言葉にさえなっていないその嬌声縋りに応じ、ばらりともざらりとも腰の骨のあたりを指先たちで撫ぜながら邪神は言った。
 邪神オロチはまったく息を上げることもなく汗のひとつも浮かばせていない。けれども肌の上、女の胎のそこがあるところを指の腹たちでぐぐぅと押し込んだそれが、びくびくと脈打ちながらも執拗にその入り口をごつごつと甚振るそれが、どこまでも人の真似事に興じてやろうというものであった。
 蛇が這うようにもずるりと僅かに抜きだされ、それでも全てを抜き出されぬならつまりは。
「──ッ‼︎」
 邪な神を貫き縫い留めるかのようにも突き立てられた。
 幾度目かの果てに、彼女がいったい何をできようか。
 契約者の姿を隠してしまうようにもぴったりと抱き寄せたそれ、僅かな隙間さえ許さぬとばかりにグッと、ぴったりと密着した結合部、震える女の胎の入り口にめり込むようにも埋め押しつけられたそれが宣言の通りにもびゅくびゅくと慾の濁りを吐き出していた。
 いったいこの邪神は何をその胎に吐きだしたのだろうか。



 ──何度目かの注ぎ込みに浮いた腰、僅かにぽっこりと膨れた下腹部が薄影の中から燭台の明かりに晒された。逆さに見える窓の枠の向こうに夜はまだ明けない、新月は未だ其処に有り続けるようであった。
「嗚呼、可惜夜だな」
 肌を舐りながらそう言った邪神に彼女は思うことだろう。蛇は朝をそうして月をその腹に呑み込んだのだと。
 果たして、今宵は本当に新月だったのだろうか。