バタフライ×バブル
意図的に薄暗くなるように調整された光源の元、それでも視線を置く人物を見失うことなくジェラートは頬杖を突きながらグラスへと口を付けた。甘ったるいカクテルが喉を滑り落ちて胃液と混じる。既に幾分かを受け入れている内臓が少し熱い。つまみとして出された小皿の中のナッツから胡桃を摘み上げながら彼はゆっくりと瞬きを一つする。狭まる視界と開けた視界の両方で釘付けになっている彼女、を見ながらジェラートは言った。胡桃は億劫そうに奥歯で噛み潰される。
「淫靡な雰囲気のとも過ごしてみたいよなァ」
度数が高いだけのアルコールと煙草の煙の味を舌先に転がしていたソルベは、ジェラートの呟きに視線は彼と同じ相手へと向けたままに呟き返す。特にソルベの視線は彼女の首元で美しく、そして艶かしく舞う蝶へと向けられている。
「自殺願望があったのか? 遺書は何処だ」
「一夜の為に死ぬ程オレも酔狂じゃァないから、戯言」
「だろうな。ぁあ、戯言だ。淫靡な雰囲気、良いな
「うん、イイね」
髪型服装化粧に言動。計算の元に作り上げられたそれに彼女の微笑みが向けられた相手の男が堪らずと彼女の腰に腕を回したのをソルベとジェラートは確認した。店へと入ってきてからの一連を見守っていた二人は常々彼女の皮膚上で舞うそれが何故蝶なのかと口にする。彼女の手腕を見ていると蝶より蜘蛛だ。されど二人はこれも口にする。蝶もまた彼女を思い浮かべるものに他ならないと。
の舞台は閉鎖空間からさらなる閉鎖空間へと。ソルベが腕の時計を確認してから時刻を告げる。それから後幾分の間好みではない酒で時間を潰す必要があるのかを考えながらジェラートは追加注文を頼んだ。
「ジェラート、随分と飲んだのね」
バスタブの中で腕を伸ばして身体を解しながらは唇を開く。その瞳は服が濡れることも気にせずにバスタブの淵へと軽く尻を預けているジェラートを上へと見上げながら。彼の手の平がばしゃりっ、と水面を叩き生み出された波紋に揺れる泡。泡、泡、泡。入れる素の量を少しばかりといわず大いに間違えたのではないかと思われる泡の所為で少しばかり水面が揺れた所で泡のガードは越えられない。
「不味いからアルコール分だけでも稼いだってぇつもり」
アルコールの香りを纏いながらもそれに溺れることが滅多にないジェラートは手の平に少しばかり泡を拝借してバスルームの壁に背を預けるソルベに向けて吹いてみせた。黒い彼の服に僅かに真っ白い泡が付着する。バスルームだなんて閉鎖空間でも気にせず紫煙を燻らす彼の為に室内はシャンプーやらの甘い香りと煙草の香りが混じって不思議なにおいがする。
「あぁ、美味しくなかったね。あのお店
「飲み直そうぜ?」
「デート?」
「そうだねぇ、明日は非番だし洒落込もうか、なあソルベ?」
「もう今日になっちまったがな」
自身の両の手の平で口元を覆い、「そうかぁデートかぁ」と無邪気に嬉しそうに笑うの姿にジェラートは思わず彼女の手首を掴んで唇に至るに障害となるものを除いた。
「……匂いの割りには苦いッ!」
「口にしても美味しいバスジェルってあるの?」
ちろりと自身の唇を舐めたはその後舌を出して顔を顰めてみせた。バスジェルの味は甘党二人組のお気には召さなかったようだ。舌先に残る苦味は消せないが、失敗を誤魔化すように彼女もまた手の平に掬い取った白い泡をソルベへと息を吹いて飛ばしてみせた。顎先でバスルームの天井隅を指すように煙草を避けさせるソルベの表情は形ばかりでちっとも嫌そうでない。それどころか口辺に浮かんだ僅かばかりな笑み。それは泡を吹くのに少し近付き過ぎた故に彼女の鼻先に付いた泡の為。ジェラートもまたのその姿を向けて笑った。
「セクシーなもいいけど、やっぱりこういうのもイイ」
「うん?」
「ジェラートの自殺願望についての話だ
小首を傾げるの疑問は置いてけぼりに、彼女の鼻先の泡をジェラートの指先が弾く。
「蝶の舞う位置は不規則なんだろ? 首筋もイイけど、鎖骨とか胸元でもイイと思うけどねぇ」
首筋を撫で下ろすように指先を滑らせたジェラートの服の裾は既に濡れている。彼女のスタンド能力発動時に現れる蝶の居場所へと、要望を出しながらその箇所へ指先を滑らせたり突っついてみたり。時折入るソルベの相槌。
「腰、だな」
「あァ、……あと太腿の、内側とか?」
「ジェラートのエッチっ!」
笑いながら声を上げたの報復。引かれた腕は抵抗もないままに身体をバスタブ内へと寄越した。ばしゃんっ、と水の飛沫と泡を舞い上げるそれ。後にはふわふわの真っ白い泡を頭に載せてきょとんとするジェラート。泡まみれとずぶ濡れの彼を笑ったソルベもまた道連れだ、ジェラートとは合わせた顔と悪戯な笑みの後に泡混じりの湯を掬ってはそれを彼へと掛け始めた。ソルベの喫煙タイムも終わりを告げる。
「悪餓鬼共がッ!」
「キャー! ソルベが怒った!」
「水も滴るイイ男にしてやったんだっての感謝しろッ!」
崩れた髪を掻き上げながらのソルベによるシャワーの湯攻めで二人の頭上や鼻先の泡が流れ落ちる。シャワーヘッドを奪い取ろうとするだが、彼女では腕の長さが足りない。より高い所かの水流に髪を流されながらの彼女の抵抗を笑うジェラート。思い出したとばかりに合間、顔面に向けられたそれに途切れる笑い声。
――三人の戯れはバスルームをジャックしたままに後数時間に及ぶ。