種無し果実


 自身が所謂「種無し」だと知ったのは十代後半。きっかけは語るに足らないことだから言う必要もないだろう。その頃の俺と言えばこれは今も変わらないことだが、整っている容姿のお陰で寄って来る女は数多。それをとっかえひっかえで突っ込んでは捨てていたので、先天性のそれだって別に構いやしなかった。寧ろ認知しろ、だなんて言って来る女がいなかっただけ楽だと思っていた。
 稀に、妊娠したから責任を取れなんてとち狂った事を言って来る女もいたが、そいつには笑って俺は種無しなのだと言ってやったもんだ。俺の下半身事情の絶頂期と言えばその頃だろう。
 二十代前半、そうまだ、君に会う前の話だ。既に暗殺家業に身を置いていた俺に悲劇だか喜劇だが分からないそれが突然やって来た。
 何の変哲も無い日だったんだ。その日任務も入っていなかった俺はそこら辺で捕まえた女、いや俺が捕まったのか? まあ、それはどっちでも良いか兎も角、その女と共に安っぽいホテルへと入ったわけだ。まあ何をする為ってナニをする為だったわけだが。
 シャワーなんて浴びずにさ、ベッドに女を突き飛ばし口を押さえつけてさ、服を破いたわけよ。で、布切れも同然のそれを纏う女を上から下まで視姦するようにじっとりと見てたらさ、あれ? って俺思って気付いたんだ。違和感に。いや、違和感を覚えたってか、覚えてないのか? 何も覚えなかったことが違和感っていうか、まぁつまり俺の息子が全然反応しなかったわけだよ。いや、俺自身の息子のことさ。スタンドじゃなくて。その日はその女が無意識に好みの範囲外だったとか思い込んでさ、次だ。
 その翌日、任務帰りに見かけた女は結構俺好みだったから態々アパートまで押し掛けてやったわけだけど、やっぱり駄目だったんだ。勃たない。その一言に尽きる。次、次、次も。今の今に至るまで、てか無情にも変哲も無いあの日を境に俺は生殖機能の一切を失っちまったわけだ。
 流石に参ったね。あぁ、参ったよ。任務なんて手に付かないし、荒れたよ。そりゃあ、リーダーが逆に心配してくるぐらいには俺は駄目になってたな。信仰もしてない神様に都合良く縋って願ったもんだ。無情にも何も変わらなかったんだがな。
 立ち直るっつうか、諦めるっつうか、悟りを開いたのか? 兎も角、生殖機能を一切排除した自身の身体に叱咤し任務に就けるようになった俺は漸く暗殺業務に戻ったわけだ。
 性交? 子作り? 子孫繁栄? 何だそれ、笑える。いやあ、まじで笑える。そう言ってたけどさ、そうも言えなくなった。どうして? 勿論君が原因さ。。俺等やっとこさこじつけて恋人同士なんてものになったじゃないか。俺さ、嘘っぽく聞こえるかもしれないけど、のこと心底愛してんだぜ。だから柄にも無く悩み込んじゃってるわけだ。
 "愛しい彼女を孕ませることが出来ない自分は、いったい何で彼女捕らえておけるだろうか。"
 ほんとさ、柄じゃあないよなあ。だがな、俺はまじで心配してるんだって。

「メローネって若いのね」
「俺が? いや、確かに若いけど。それって青臭いって意味で言ってるんだろ?」
 くすくす笑う。彼女の唇は紅く濡れて酷く扇情的だっていうのに、俺の機能は何だって役立たずなんだろうか。
 ベッドの上で向かい合って座ってさ、何だか初々しく初夜を迎える夫婦みたいだ。演劇的。でも口から漏らすのは喘ぎ声なんかじゃない。彼女は俺へと向けた言葉の続きを紡ぐ。その酷くそそられる唇で。
「性交だけが愛の形じゃあないでしょ?」
「何だそれ、夢物語じゃあないんだぜ」
「だって、生物は己の子孫を残す為に産まれて来ました? そんなの知ったこっちゃあないわ」
 彼女の指先が俺の指を撫でて弄ぶ。絡まるそれは一つになりたいと俺へと訴えかけてくる。彼女とひとつになれたら、ディ・モールトいいんだがなあ。
「メローネの子を孕んだとして」
「うん」
「その子が男であれ女であれ、やがて子孫を残すわけよ」
「うん」
「メローネの一部はそうして受け継がれていく。に、してもその一部を他の私じゃない誰かに奪われるなんて、やってられないわ」
「……俺等の子孫、そこにの一部があるってのに?」
「私は私自身がメローネを愛したいの。ほんのちょっとの一部までもね」
「ふーん。……嫉妬? 俺ってベッリシモ愛されてるな!」
「ディ・モールト愛してますよ。だからくだらないことで悩むのは止めたら?」
 くすくす笑うの後頭部の髪を鷲掴んで、噛み付く様に彼女の唇を貪った。離したそこから俺のだかのだか分からない唾液が垂れていて、湿って熱の篭った吐息が漏れるもんだから、このまま彼女とひとつになれたら、と再度思う他ないんだ。俺には。
「感じてるあんたを見たらやっぱり、俺を突っ込んで中で果てて孕ませたいって思うんだがなあ」
「うん、若い若い」
 そんなことを言う彼女の唇は塞いでしまって、本能のままに彼女をシーツへと縫い留めた。やっぱり紅く濡れている彼女の唇は喘ぎ声を漏らすべきなのだ。俺はそれを望んでいる。有り余る生殖本能とは裏腹に皆無の生殖機能。なんだ、俺って奴は滑稽じゃないか。
「ふっ……、ぁ」
 白くきめ細かな肌は今や行為の熱にうっすらと朱に染まっていて、柔らかなの胸を些か強めに左手が鷲掴んだままに半開いた唇へと自分のものを押し当てれば、嬌声と共に彼女の舌が俺の舌に絡む。
 見下げるは一糸纏わぬ姿。何時の間にだか彼女の衣類は取っ払ってしまった。この性急さじゃ青臭いと言われようと、否定出来ないな。頭の隅で自身を笑いながら、空いている右手を彼女の肌の上を滑らせながら降下させていく。
「っ」
 俺と舌を絡めるのに忙しいには悪いが、既に十分過ぎる程に濡れているそこを円を描く様に一度、二度と擦り不意打ちのように芽を押し潰した。口内で息を呑む彼女は身体を震わせているが、それが恐怖なんてものじゃないことは俺が良く知っている。はただただ、俺の下で快感に震えているのだ。可愛いんだが、ベリッシモ。
「……濡れ過ぎ」
 絡めていた舌を解いた後一度触れるだけの口付けを送り、離した唇で俺は素直な感想を口にする。まあ、思ったこと全てを口にはしていないが。全て口にしていたら、どれだけ時間が掛かるか分かったもんじゃあない。
 真っ赤な頬と、震える睫毛の目元に口付けて、思い出したように右手で執拗に入り口を擦る。はもどかしいのか唇を結んだままに顔を背け、艶かしい首筋を俺へと晒していて、俺は誘われるままにそこを一度下から上へ舐め上げた。
 の擦り合わせる内腿に挟まれた右手をちらりと見下ろし、彼女の髪の間から覗く耳をぺろりと舐めた。嬌声が俺の耳を擽るから、俺は君のイイ箇所を擽ってあげる。
「っひ、……めろっ、ねっ……!」
「我慢しないで感じたままに、喘いでくれよ」
 指を一本差し込み掻き混ぜながらそう言えば、固く目を閉じながらこくこくと必死に頷く。感じすぎて喘ぐに喘げないその様に指をもう一本追加すると同時に柔く、強く、そして緩急を付けて突起を弄べばは引き攣るように喉から断続的に喘ぎ声を漏らし始めた。
 ぴちゃぴちゃ、くちゅくちゅ。卑猥な水音との嬌声が支配する空間に満足気な笑みを浮かべた俺はお留守になっていた左手をやわやわと動かし、その胸への刺激にも彼女はトーンの違う嬌声を響かせた。
「ひっあぁあっ……!」
「もう、イきたい?」
「やっ、あ!」
 必死に頷くそれは俺の問い掛けへの答えなのか、ただ耐え切れない快楽への反応なのか判別に苦しむ。が、どちらにしろ良い反応だ。
 指の本数をさらに増やし、狭いその中でばらばらと動かしたり、時には性急に追い立てたり、の膣の温もりを感じながら掻き混ぜ、陰核を指でピンッと弾けば彼女は声にならない嬌声を一つ大きく上げた。膣腔がきゅーっと締まり俺の指を断続的に締め付ける。
「やらしー」
 達したの頬をぺろりと舐めて、引き抜いた自身の指に垂れる彼女の愛液も見せ付けるように舐め上げた。羞恥の視線がベリッシモ堪らない。
 乱れた息を整えようとする彼女を横目に引き出しから取り出した所謂大人のおもちゃ。の、喘ぎ声とも紛う困惑の声は口内へと飲み込んだ。
 そこからは乱れに乱れるの奉仕の嵐。その様は俺達だけの、秘密。
 なあ、玩具だとか指だとかそんなチャチものじゃ、俺の方はちっとも満たされないってのに術がそれしかなかったんだ。只管に俺の手によって善がるをさらに高みへと攻め立てるそれが、俺自身だったら良いのに。
 俺の愛だけで、が孕んでしまえば良いのに。
「ディ・モールト素晴らしい」
 緩やかな動きで彼女の下腹部へと添えた手とは一転、性急な動きの張りぼてに遂に背を弓なりに反らせて達した。ひとつになれない俺と君はいつまで一緒にいれるっていうんだ。毎夜毎夜、孕んでも張り詰めてもいないそこに口付けを落として、このまま彼女とひとつになれたら、ディ・モールトいいんだがなあ。だ、なんて俺は何度呟くのだろうか。

 ほら、また朝が来て俺を嘲笑ってるぜ。