万死に値する
ソルベがアジトに帰るとリビングのソファでが泣いていた。それも、ジェラートに膝枕をされながら。
泣いていたといっても子供のように大声を上げてわんわん泣いているわけではない。むしろ静かに、泣き声など漏らさずにただその双眸から涙を零しているに過ぎない。彼女が濡れた睫毛で瞬くと、瞬間閉じられた瞼の後にツゥと涙が目尻から髪間に向けて流れていく。そうしてその下にあるジェラートの衣服を濡らしているのが心配なのか、彼女は僅かに鼻声になったままにごめんねと言った。彼女の上方で読書に励んでいるジェラートは気にした様子も無く、べっつにーと笑い飛ばした後、空いている自身の右側のソファを叩いて、そこに座るようにソルベへと促した。
ソルベは、気難しそうに眉を寄せたままへと向けていた視線を外して、促されるままにジェラートの隣へと腰を沈めた。増えた体重分にソファは沈む。そうしてソルベは組んだ足、自身の膝辺りを人差し指で数回叩きながら思案し、むっつりと閉じていた唇を開く。
「ぁあー……何か、あったのか?」
ジェラートの膝上でがびくりと肩を小さく震えさせた。読んでいた本を栞も挟まずに閉じて放ったジェラートは、ソルベに視線を向けてあーあ、と首を振ってみせる。
「ハッ! ばっか、ソルベ。この場合はそっとしておいてやるのが正解だろう?」
「……マジか」
「これだからソルベは! なァ?」
「ねー、ジェラート?」
篭った声でくすくすと笑ったの頭を、ソルベは寄せていた眉根を緩めて掻き撫でた。繊細とは程遠い撫で方だが、乱れた髪が顔や目に掛かった彼女自身はおかしそうに頬を緩めてそれを受け入れる。ソルベと肩を密着させたままに自分の膝上のを覗き込んで、ジェラートは彼女の肌を辿っている涙の跡をやわく拭った。壁掛け時計がチクタクと静かに時を刻んでいる。
緩やかな時間の経過を眠らずとも閉じた瞼で過ごしたは、薄く開いた瞼を何度か瞬かせた後、きゅっと口角を吊り上げて切り替える様を見せた。
「っよし!」
と、は掛け声の後にジェラートの膝から頭を上げて、勢い良く立ち上がる。ぺちぺちと自身の両頬を軽く叩いて気合を入れているであろう彼女へと、ソルベとジェラートの二人は顔を見合わせた後に眼差しを向けた。二人の視線の先で彼女は、ニンマリと吊り上がった唇とそれに合わせてこてんと小首を傾げて言った。
「お腹空いちゃった!」
「……そんな時間、か。食いに行くか?」
「ソルベの奢りな。でも小腹空いたしぃ……あっ、冷蔵庫にプリンあったけ? 先それ食べる?」
「食べる!持ってくるね!」
「よろしくぅ」
ジェラートが頼むのと同時にぱたぱたとキッチンへと駆け足で消えた。彼女がいなくなったリビングで、ジェラートはソルベへと視線を向けながら言った。
「ソルベ、明日の予定空けとけ」
「あ? 明日は――」
怪訝そうな表情で言うソルベの言葉をジェラートは遮って、言葉を続けた。
「デートだ。を泣かしたらどうなるか、その身を以て知ってもらわなきゃ。だろ?」
「もう特定済みかよ」
「調べようとしてたァ?」
「そりゃそうだろ。……派手にぶちまけてやらなきゃなぁ」
「だねぇ」
手の内でナイフを弄ぶジェラートと、指の関節を鳴らしたソルベは、合わせた視線の後で思わず空気を噴出して笑ってしまった。そうして互いに肩を小刻みに震わせ、ジェラートは腹を折るようにして盛大に笑い出し、ソルベもジェラートの様にはいかずとも声に出して笑い出した。プリンを両手に構えてキッチンから戻って来たは、そんな二人を見てきょとんとする。
「なあに、どうしたの?」
「内緒だよ。ねぇ?」
「あぁ、お前にはまだ早い」
「えー、何それ!」
息の詰めるような愛しさが支配するリビングで、彼女の涙の代償の重さを身を以て知ることになるだろう男への同情は必要無いだろう。