収縮する世界


 どうやら、外は雨が降っているらしい。窓硝子に伝う水滴には今の今まで気付かなかった。意識をそちらへ向けることが無かったからだろう。本来ならば肌寒く感じるはずの室温はきっと雨の所為なのだろうが、互いの衣服越しに感じる人肌の温もりにそれすらも曖昧だ。ただ伝わってくるの温もりと、どこか甘い香りが瞼を重くする。傍らのテーブルに放り出した書類の期限は差し迫っているというのに、それに対するやる気は一向に湧いてこない。
 溜息のように吐いた息が、の首筋を撫でたらしい。後ろから抱き締めるようにしている身体が僅かに跳ねた。それに、の肋骨の辺りに回している腕に彼女の心臓の鼓動を感じる。刻みを少し始めたその鼓動を。
「……リーダー、態とやってません?」
「何のことだか分からないな」
 頬といわず首筋までも朱に染めて非難の視線を向けようとしてくるに、制するように回している腕に少しばかり力を込めた。細く、柔らかい。折れやしないかと若干冷や冷やした。
 半ば呆れたような吐息を押し出したが俺の手の甲の肌を擦るように指の腹で一度撫でた。そして血管を辿るように、もう一度。彼女は指の腹に俺の血液の流れを感じたのだろうか。俺は細めた目で彼女の脈動を感じながら、甘い香りで肺を満たした。

「なん、ですか」
 単なる呟きのような呼び掛けも耳の直ぐ側でしているのだから、は一度の区切りを間に入れつつも返す言葉をその唇の間から漏らした。彼女は正面を向いているというのに、その声は俺の鼓膜を震わせる。
 の香りを辿るように、自身の鼻先で彼女の首筋を撫でる。やはり、甘い香りがする。何処からか分からないが、その香りに包まれているような錯覚さえ覚える。
、俺はどうやらお前に欲情しているらしい」
 漠然と、そう思った。だから、言葉にした。腕の中では身体を強張らせて息を詰める。そんな彼女に構うことはしないで俺は、項に唇を落としてから問い掛けた。
「どうして欲しい?」
 白い肌は羞恥に染まって、はっきりとしないままに泳いでいた情欲が鮮明になっていくことすら感じる。
「思うままに、して欲しいです」
 羞恥の前に小さく、それでいて微かに震えているその返答は既に嬌声へと成り果てている。押し当てた唇から伝わるの体温に、情欲はその鎌首を急速にもたげた。窓硝子を打つ雨はその雨足を強めている。グシャリ、と音を立てる書類。どうでも良い。以外は、どうでも。
 甘い香りを吐き出すを丸呑みすれば――或いは彼女にさせれば――今以上に彼女以外どうでも良くなるだろうと思いながら、本能のままに自身の身体を動かす。他でもないがそう望んだのだからと言い訳のような言葉を胸中で呟きながら、恍惚とさせる吐息を吸った。

 頚動脈へと沿うように舌先を這わせたが、肌からは甘い香り通りの味はしなかった。しかし僅かに目線を上げて見上げた先のの潤んだ瞳は、自身を満足させるものに値する。いや、欲を言えば、まだこんなものでは物足りない。
「テーブルが、冷たいです……んぁッ」
 遠くに聞こえる雨音が僅かに鼓膜を震えさせる中で、抑え込もうとしたが適わず漏れたの嬌声は耳に心地好い。彼女は自身の漏らした声に羞恥を感じたのか、細めた目で目元に睫毛の影を落としてから顔を背けた。くしゃりと紙が音を立てる。
「ん、書類が……」
 紙切れにできた皴を案ずるが薄く開けた唇から覗く赤い舌。それを欲するように彼女の唇と己のものを重ねた。開いたままの隙間から差し入れた舌にのそれが触れた時、彼女は僅かに驚いたとばかりに身体を震わせた。そうしてから、怖ず怖ずと少しばかり躊躇いながら俺の舌に彼女自身から絡めてくる。赤く染まった肌と潤む瞳がいじらしく、悩ましい。
 何度か角度を変えながら絡ませた後、軽く触れる程度に口付けてから離れた。無意識だろうが、ほぅ、とは艶やかな吐息を漏らす。
「……煽っているようにしか見えないな」
「えッ……いえ、でも、その……気持ちいいです、し?」
「……あまりそういうことを言われると抑えが効きそうにない」
 俺がそういうと、見下げた先のは丸くした目でぱちぱちと瞬いた後、ふんわりと笑った。少し場違いでいて、それでも俺の気を惹いて止まない笑みだ。
「我慢しないで。リゾットの好きなようにして欲しい、です」
「お前はッ……、随分と煽ってくれるじゃないか」
「ん、でも、優しくしてください……ッぁ」
 僅かに衣服をたくし上げたそこから差し入れた手で彼女の肌を撫でた。横腹の皮膚の上を滑るように動いた俺の指には反射的に声を上げる。上げた後で、自身の喉奥から出たそれを隠すように彼女は左手の甲を唇の上へと置いた。逃げるように横へと泳いだ目。照れ隠しのそれは彼女の頬に赤みを帯びさせた。紅潮した頬を見る限り、彼女の言葉通り自身の好きにすることは難しいようだ。機会はこの先幾らでもある。今回が最初で最後だというわけではない。そうともあれば、理性を失った獣のように彼女を掻き喰らうより、一つ一つを確かめるように、楽しむように、事を進める方が良い。
「っ……!」
 内腿に柔く食い込む俺の指先に、は震える睫毛と共に声にならない嬌声を上げた。睫毛の落とす影を見ながら焦らすように内腿の肌を撫ぜる。彼女は物言いたげに視線を一回俺に寄越してから、やはり視線は俺のそれから逃げるように泳いだ。鼻で笑った先で彼女が手の甲の下で唇を引き締めるのを感じた。
 遮る手の甲へと一度口付けを落としてから指先を滑らせる。きめ細かな肌を楽しむようにゆっくりと。その行く先が何処かだなんて言葉にするのは無粋で、の瞳は熱のままに濡れている。
「ッふ……!」
「随分と、濡れているが?」
「そんなの言わないでください……っア!」
 が唇を開いたその時を狙って中指を滑らせた。ぬるぬると粘着質な蜜を掻き出し陰核へと塗り込むようにすれば、それに合わせたように彼女は短い吐息と共に嬌声を吐き出す。遮る手の甲を退けてから唇を重ねた。彼女の嬌声を自身の口内へと呑み込む。その間にも右手の指で時折焦らすように周りをなぞった後、敏感な部分を弾き上げた。
「っあ、やだっ、入って……ッ」
「まだ、指が一本だけだ」
 きゅぅきゅぅと俺の指を銜え込む内壁を押し広げるようにぐるりと掻きなぜ、親指で陰核を柔く押し潰す。ビクゥっと刺激の波を身体へと走らせたは瞼を固く閉じ視界を閉ざした。まだ達してはいない。
 溢れ出る蜜に、掻き撫ぜるそこから響く水音が室内へも響く。窓硝子を打つあの水音はあんなにも遠いというのに。
「ぅ…ん、ッふ……っ」
 指をもう一本押し入れればは眉根を寄せてその首筋を晒した。自身の指を圧迫する膣内の狭さに些か冷や汗が流れる。
 の流した生理的な涙が髪間へと消えていく。彼女の頬は赤く、震える睫毛は情欲を誘うものでしかない。それに視線をやりながら、陰核を擦り上げ彼女の中に埋めていた指を折り曲げた。
「ッ……!」
 刹那酸素を失ったかのように息を詰めたは、眉根を寄せ閉じた目をより固く瞑った。それと同時に感じた肉の収縮にの一度めの絶頂を知る。詰めた息を彼女は小さく吐き出した。が、まだだ。未だ埋めたままの指で中を掻き乱せば、は目を見開き抑えることも出来ぬままに嬌声を上げた。
「ひッ、あっ、やッ!」
 俺に制止求めることも出来ぬままに善がるの二度目めがやってくるのはそう遅いものではなかった。
 ぴくぴくと痙攣する白く浮いた下腹部を晒し達した。蜜の溢れるそこから己の指を引き抜いた俺は、とろりと惚けた顔で睫毛を伏せる彼女の目元に唇を落としてから彼女を抱き上げた。この先、彼女の背を預けるのが硝子テーブルでは些か荷が重い。
 シーツに背を沈めるは俺の首へと腕を回して口付けを乞う。それに答えながらベルトを外し、寛げたそこから自身のものを取り出した。数度根元から扱いて宛がうと、唇を離した先でがハッとした顔で息を呑む。
「止めておくか?」
「っその質問はズルイ……!」
「だろうな」
 俺も今更、止めることなど出来るはずもない。
「ふあぁッ!」
「ッ、やはり……キツイな……」
 身体を強張らせるを落ち着けるように、彼女の頬を自身の手の甲で撫でる。は浅く短い息を吐く。
「ッ、力を抜け」
「で、きるならッ、……やってまっ、す……!」
 彼女の目尻からポロリと髪間に向かって涙の粒が流れた。
 繋がったそこは動きのままにぐちぐちと粘着質な水音を跳ね上げる。俺自身が膣を激しく行き来するたびには喘ぎ声を上げ、それに呼応するように中からとぷりと蜜が溢れて止まない。そうして室内へと響く水音は一層激しさを増す。
「ひッ、あ! んあッアッァあッ!」
 嬌声を絶えず上げ続けるがより一層に善がる場所を攻め立てながら、俺自身も求めるままに彼女を得ようと中を抉るように腰を揺すった。の締め付けの感覚が短くなってきた。
「やぁッ、ぁああっ! う、んあぁッイっちゃっ……!」
「っ……イけばいい、そのまま」
「ッイっちゃ、ッあぁぁあッ!!」
「!…………くッ」
 びくびくと痙攣するの身体。雄を締め上げる内壁に収縮に、彼女を揺さぶる動きもそのままに昂った己の精を中へと解き放った。

 熱い吐息を漏らしながら息を整えると唇を重ねた後、涙の跡が窺える彼女の目元を指先で拭った。見下げたこの光景は切望して止まなかったものだ。
……」
 呟くような俺の呼び掛けにが驚いたような表情をみせる。それでも締め付ける彼女の身体は正直だと言えるだろう。
「我慢しないで、いいのだろう?」
 生憎の雨は一層激しさを増している。それはいつしか好都合へと変わっていた。