襲撃前夜
ゆらゆらと波間を揺れるように漂っていた意識は冷水を浴びせられたかのように急激に浮上した。今の今まで失っていた意識に勢い良く開けた視界もイマイチ鮮明じゃァない。視界にぼんやりと陽炎のように移るそれを確かなものにしようと、二三度瞼に力を込めるような瞬きをしてから、視界は漸く鮮明な光景を広げた。
陽炎の正体はで、そのがオレの腹部をその太股で挟むかのように跨いでいる。僅かな驚きと共に身動いだ。そうすればオレの鼓膜はカチャリと響く金属音で震えて、さらに自身の手首にあるその物体へと意識を飛ばす他無かった。右手首も左手首も纏めて捕らえたその正体の名を囁いたのは、オレの身体を見下ろしたの唇だ。
「手錠。……ごめんね、猿轡もしちゃって」
道理で。布越しに呟いたオレの言葉はくぐもって、に言葉の意味は伝えなかったようだ。何をどう勘違いしたかは知らないが、眉を下げて困ったような表情を浮かべるは、手錠をされて挙句それをベッド枠へと繋がれたオレの手首へと労わるように触れながらもう一度謝罪の言葉を口にする。シーツの衣擦れの音は遠くに聞こえる。衣服越しとはいえ、目前へと距離を詰められた彼女の胸にさてどうしたものかと形だけの困惑を心中に浮かべた。それと一緒に、意識を失う前のことも少し。
確か、の部屋で彼女と飲んでいたはずだ。昨日仕事を終わらせたばかりの非番のオレと、同じく非番の。昨日に引き続き仕事の入ったソルベは抜きの、あっちこっちの取り止めも無い世間話のようなしょうもないやり取りを数時間に亘って繰り広げてた。の浮かべる笑みを見ながら傾けたグラスの中、あの酒に一服盛られてたってぇわけか。その動作に気付かなかったのは暗殺者としての身でどうなんだと言われるかもしれないが、そもそもにがそうまでしてオレにどうこうってのは予想してなかった。微塵もなかったんだが、そんな気配。いやはやまさか、襲われるなんて思いもしなかった。
「――でもね、……猿轡と手錠をしたジェラート、とても良いと思うの」
その言葉の後にオレの左耳へと唇を寄せたはそこにあるピアスもままに唇で食んだ。直に鼓膜へと響く水音と、彼女の舌が皮膚を這う感触。それに時折当たる歯の刺激。ぼんやりとした熱が生まれるのを感じる。猿轡とされている布を少しの力を込め噛む。
鼻から抜けるような息を吐いたのはオレじゃなくで、食むことを止めてそのままにピアスへと唇を落としているようだ。金属からはその熱を窺えないが、彼女の熱い吐息は未だオレの耳を擽っている。
胸板の辺りに添えられた彼女の手の平からも上げた熱のままの体温を感じる。上体を起こして再びオレへと見下げる視線を落としてくる。……それが襲う側の表情かよ。随分と計画的だってのに、顔は真っ赤で目は涙が零れそうなほどに潤んじまってるじゃァないか。これは、クるものがあるなァ……。
「私、ジェラートのこと…………」
消え入りそうな声で、いや、語尾は消え入った。オレの上着の前を寛げたは直にオレの肌へとその手の平で触れた。目尻から涙が零れそうだ。真っ赤な頬で、それでも羞恥以上のものを求めている。それほどまでに、ってぇわけだったのかねぇ……。ま、そのお陰かな。衣服に隠してる道具を取り去られなかったのは。オレの鎖骨辺りへと顔を寄せて唇を落とす。その隙に確かに其処に有る針状の道具を指先で確認しておいた。詰めが甘いんだよなァ……。心配になる。
淡々としているだろう。オレのことだけど、実際そうでもない。が耳を当てて聞けば隠す暇なく明かされるだろう。心拍数は上昇している。
「……っ」
の爪先が掠めて、吐息が漏れた。抑えたつもりが、布越しでもそれはへと聞こえたようだ。上目で見てきた目と打つかったオレの視線は絶対に熱っぽいのだろう。控え目に嬉しそうに笑んだ彼女はその場所へと唇を寄せて、愛撫を施してきた。正直、こういう行為も始めてではないし、そこが性感帯でないといえば嘘になる。それを知ってか知らずかは舌先で触れてくる。また、自身の声が漏れた。
上半身を僅かに上げたは決意めいた目と引き結んだ唇でオレを見てくる。そうしてから迷ったようにオレの上から退き、シーツの上を僅かに後退する。その行動を見守るオレの視線に気を向ける余裕はないらしいが、伸ばした腕でベルトに手を掛けた。金属音に衣擦れの音。前を寛げられたそこにはあまりにも正直な自分自身が彼女の目へと晒される。
「っ、えっと、……触れるね?」
余計な確認の言葉の後に、指先を滑らせるように触れきたそれは確信を持ってそうしたわけじゃないだろうに、オレの熱を上げるのに充分なものだった。皮膚上を滑ったの指を追う様に溢れた液、それは彼女の指先へも触れたらしい。息を呑むような音はオレの鼓膜を震わせる。もう一度、と確認するように同じ動きで滑らせたそれはほんの少しの力が込められて、言葉も出ない。実際は、猿轡で拒まれたにせよ出てしまったが。
「……ッぅ!」
「ねえジェラート、気持ち良い……?」
尋ねずとも答えは分かり切ってるだろうに、はオレの方を見ながら問い掛けてくる。柔く握り込まれたそれでさらには促すように上下に扱かれて、その刺激に耐えるように固く目を瞑った。耐えるものではなく、より鮮明にそれを感じるための行為のようだ。事実、の体温や与えられる快感がより一層オレを高まらせたのだから。
さらり、との髪が触れる感覚と吐息に触れたかと思うと次に襲ったその刺激。オレは猿轡をきつく噛み締めた。の口内は熱く、また堪らないぐらいに気持ちがイイ。
これより先にあるものを浮かばせるその締め付け吸い付けに腰が浮きそうになるのを堪えて開けた視界でへと目をやった。オレを銜え込む、その光景にくらくらしそうにもなるが、そろそろだと音を小さく響かせたそれを鼓膜で確認して相手には悟られていないことを見た。猿轡越しの呼吸を整える。
「……っん、じぇら」
一度解放されたその瞬間、今だろう。
「!?」
シーツへと沈んだのはだ。オレが今の今まで預けていた背中は空気に撫でられている。
ナマエが勤しんでる間に手錠を解除したピッキング用具は無造作に遠くへと放り投げた。驚かせるのはタイミングが大事なんだ。今がその時、鳴り響いたのは手錠の音だ。勿論、の両手首にそれは在る。驚きの声を漏らした。その後に自身の手首を見つめた目を見開いた。後、勢い良く見上げてきたその視線はオレの向ける視線とまるで音を立てるように打つかった。オレは漸く自由に動かせるようになった手で猿轡を解いてそれをベッド下へと放り落とす。解放された唇はにんまりと吊り上げるのを止められない。
「随分と、遊んでくれたねぇ?」
攻守逆転。涙を潤ませたが堪らない。
何が起きたか分からないといった表情を浮かべるも、オレがシャツの釦へと手を掛けて一つ外したのを認識した途端漸く開いた口で言葉を吐いた。ただし、明瞭を得ないものだ。
「どっ、どうしッ!? えっ、手じょ、え!?」
「外しちゃった」
「っでもベッドの枠に!」
「そこからも外しちゃった。じゃないと、今の手首にあるのが可笑しいじゃァないか。愚問ってやつだ」
問い掛けに律儀に返してやりながらも手は休めない。慌てるの手首は纏めて片手で彼女の頭の上の方でシーツへと押し付けた。邪魔するものもなく、支障無く全ての釦を外し終えた上着を肌蹴させてからの顔を窺えば涙を浮かべた目で睫毛を震わせている。可愛い。思わず言葉を零してから、赤い唇に噛み付くように喰い付いた。の吐息まで喰らうように。嬌声にも似た彼女の声を舌先に転ばせて、瞼を閉じて善がるその表情をオレの方は開けている視界でじっくりと観る。ぽろり、と遂に涙が零れた。
「っふ、……」
「泣くのはまだ早い」
快感の末に流れる涙もしょっぱいのは変わらないらしい。目尻の後に頬へと口付けへと問い掛けるように視線をやれば、その頬はやはり一層の赤みを目下へと広げてくれた。羞恥の前に引き結ばれた唇は、肌の上を滑ったオレの手にあっというように隙間を開ける。押し上げたそれにの胸は僅かにオレへと晒されているのだから。
隠したいのだろう、反射で動こうとした彼女に手首を掴む手に僅かに力を込めて制した。手遅れ、だろう? そう意味を込めて。
「ぅ、ん……」
「ねぇ、気持ち良い?」
「! そ、そんなこと聞かないで……!」
「いやァ、態々聞いてきたのは何処の誰だったか」
滑らかな肌に柔らかなそれを、あまり力を込めず手の平の表面で楽しんだ。は焦れったそうに顔を背ける。その様にもオレの唇は吊り上がってしまう。「邪魔だなァ……」そう言ってからシーツとの背中の間へと差し入れた手でホックを外し、取り去った邪魔者をまたベッドの下へと放り落とした。完全にオレの目へと晒されることとなったの胸へとまじまじと視線を落とし、そうしてから包み込むように手を押し当てた。
「っう、……あ! ん」
少し乱暴に揉み拉いだのはオレにも余裕があまり無いからだ。がそうしたように、オレも彼女の鎖骨の辺りへと唇を寄せて、おまけとしてそこを吸い上げた。出来た鬱血痕を舌先でなぞって、もう一度触れるだけの唇を寄せる。自身の鼓膜を震わせるの嬌声が堪らない。彼女の唇をもう何度と奪いながら、外気へと晒したままになっている自身を衣服越しにだが彼女へと擦り付けた。
「……こっちも邪魔だなァ」
の胸元から下腹部へと肌の上を指先を滑らせてから、彼女のスカートの布地を指先で摘まみ上げた。はうんともすんとも言えず、唇を震わせるだけ。それでも協力的で、スカートもベッド下に花のように広がるだけだ。シーツへと浮かび上がる彼女の四肢も堪らなく興奮する。
「じゃァ――」
「……やっ」
「ん? 嫌? じゃ、まだ脱がさない」
彼女の上げた声に引っ掛けていた指先を退けて、下着はそのままに忍び込ませるように手を差し入れる。中指を辿り捜すように動かし触れたそこはすっかり膨張している。また少し動かせば粘着質な音を弾き上げる。意地悪く周りを撫でることを続ければ、熱に浮かれたその目がオレを見てくる。悪くない。ひとっつも。
期待に沿うように差し入れた指先はきゅぅきゅぅと締め付けられる。熱い中のその感触を確認するように、にしたらそれはもう歯痒いばかりにゆっくりじっくりと楽しんでやった。それだからその間に御褒美をやるように膨らんだそこを押し潰すように撫でてやる。の嬌声がその度に上がり、震える体が迫る時を知らせる。
「じぇ、らぁと……ッ!」
「もう良さそうだ。それとも限界?」
キッと向けられたの視線はオレを煽るものにしかならない。意地の悪い問い掛けだと自分でも思う。そろそろ耐えられないのはオレも同じだというのに。
取り去った下着をまたベッド下へと放った。その行く末を見守るでもなく数度扱いた自身を乞うようにひくつくその場所へと摺り寄せ、そして埋め込んだ。
「っひ、ぁ、ぅ、んんッ!」
「っ、……くっそ、良過ぎッ……!」
の中に沈めた自身は同時にその膣内の愛撫を受ける。思わずといった様子でシーツに背を擦って逃げようとするの腰を逃がさないとばかりに押さえて引いた。締め付け。手首を捕らえている手に力が入ってしまった。一度息を吐いてから、もう我慢しないと腰を動かした。
「あっ! あ、ん、アぅ、ッ! ぁあ!」
「っ、まるで、無理矢理ヤってるみたいだ」
「ひぅっ、ん、ぁ、ああ、ア!」
拘束したままに涙を浮かべて善がるその姿を貫き揺さぶるその様はなんだかイケナイことをしている気にもなる。なるが、それすら興奮材料になるものだから、腰を止められそうにもない。
「っふ、締め付けて……無理矢理って言葉に、もっと、欲情しちゃった?」
「ちがっ、ぁア! もッ! や!」
「じゃァ、もっと強引な方がイイ?」
「あッ! っん、ぁ、ひっ! いッ、ァあ!」
ご要望とあらば、と貫きをもっと深く荒いものに変えれば、は身体を這い上がるその快感に上体を仰け反らせて喉を跳ね上がらせた。息も絶え絶えなその嬌声に寄り添うように身体を屈め、彼女の喘ぎを自身の口内に飲み込む。と、同時に遠慮なく彼女の中を抉るように擦る。堪らない、とばかりに上がる彼女の嬌声は舌先に甘い気がする。
解放した唇は詰めた距離のままに吐息を互いに触れさせる。熱く短い吐息を零す。下唇を食めばそれにすら甘い声を漏らし腰を震わせる。生理的な涙に濡れた瞳はとろりと熱に浮かされていて、それにすら舌先を触れさせたくなる。衝動をそのまま中を貫く動きにすれば、昇り詰めようとする彼女の収縮に攻められて一層に求めてしまう。
「じぇらッ、ァ! ひっ、ぃ、んぅ! イっ、ちゃ、ぁア! ん、もッ、とぉ……!」
「ッさァ、煽り過ぎると、……知らないよ」
「いッ、ァあ!あっ、あッ、っ! ん、はっ、ふぅ、んんッ!」
嬌声の合間に自身をより一層求められればそれに答えたくもなる。が快感を前に押さえ切れずに高い声を上げるその場所を執拗に突き上げ、また擦り上げる。熱を高める嬌声と間隔の短くなってきた収縮は彼女の限界を知らせてくる。
「ひッ、ィ、やッ! あッ!! ッ!!」
「っ!」
最後の詰めた嬌声と共にが達し、その締め付けにオレはグッと呑み込んだ息と寄せた眉でその収縮を甘受する。彼女の奥で与えられたそれに抑えた声とは裏腹、覚えた吐精感のままに精液を吐き出した。遠慮なく、たっぷりと。
遮るものなく直接中に広がる間隔にの下腹部は痙攣するかのような小さな震えを見せている。その場所へと手の平を押し当てて、この下で拡がる自身の精を思い浮かべた。……ヤバイ。
「っ!?」
「うん、……その表情もクるものがある」
「じぇらっ、!」
「……襲った責任は、取ってくれるよね?」
謝ろうかと思ったが、やった視線の先のの表情に思わず素直な感想を漏らしてしまった。オレの名を呼ぶことで二度目の始まりを制しようとするそれを、僅かに引き抜いてまた押し込んだ動きで押さえ込んだ。未だ繋がったままのそこからは粘着質で酷く卑猥な音が上がる。その音はの耳にも届いたようだ、唇をきゅっと結んで羞恥に耐えている。思わず自身の下唇を舌先で舐めてしまった。問い。手の届く範囲に曝け出されているものを我慢出来るかどうか。答え。我慢も何も、するつもりが微塵もないね。
「徹底的に愛してやるからさァ、覚悟してくれる?」
手の平に期待に満ちた下腹部の震えを感じた。
「結論としてはさァ、はオレのことが好きだってことでいいわけ?」
指に引っ掛けた手錠を回しながら問い掛ければ、オレと同じようにしてシーツへと俯けになったが突いた両肘のその先、両の手の平で赤い頬を隠すように包みながら小さな声で肯定の言葉を漏らした。手首に薄っすらと残る手錠の痕は申し訳なくもあるが、彼女を飾る一つの装飾品のようで目に止まる。鎖骨の辺りにあるオレ自身が付けた痕はもっとオレの目を引いた。
「あのねジェラート、私ね……」
言い難そうにしたその唇へと視線を移せば、一度閉じて考える間を作った彼女は言う覚悟を決めたらしく、囁くようにオレの耳元で言葉を吐いた。
「その、……ソルベの、ことも……」
カチャリと、手錠が鳴った。オレは握り絞めるようにして回転を止めた手錠を開いた手の内でへと見せるようにした。は困惑を浮かべることなく吊り上げられたオレの唇を見たのだろう、呆気に取られるように上唇と下唇の間に隙間を開けている。
「ヤるなら徹底的に、だろ? 詰めの甘いままじゃァ、ソルベにもヤり返される」
共犯だろ? 手錠に自身の唇を寄せてからの前へと差し出せば、呆気に取られていた唇を結びそして引き上げて笑みを見せてくれた。そうして手錠へと彼女の唇も寄せられる。――斯くして、次の標的を決めたオレとは誓いを立てたその唇を奪い合った。