能有る鷹は爪を隠す
出し惜しみすることなく用いられたお高いであろうチョコレートのお陰か、ねっとりするほど濃厚なチョコレートケーキ。何かを思わせるほど鮮やかな紅色のベリーで作られた程好い酸味のソース。ソースを纏わせながらも僅かに残されていた果肉が日差しを前にきらりと光る。またその傍ら差し込まれたデザートフォークも素知らぬ顔で眩さをみせ、三分の一程の分量でケーキを分断してみせた。そうしてその身を沈める。チョコレートケーキを運ぶデザートフォークの行く先は彼女、の口内だ。
「そのソース、今日ののリップと同じ色」
カフェのテラス席、と対面となる席へと腰掛けこちらはピスタチオムースに舌鼓を打つジェラートが言った。半分程切り崩されているその断面から覗くのは洋酒漬けにされた白葡萄。
「そのムースも腹の中にドぎついものを隠してる」
の言葉にジェラートは唇を吊り上げる笑みをみせた。彼の笑みを見返すもまた頬を緩めて唇を吊り上げている。彼女の飲んだアイスピーチティー、それのストロー、先口にはのリップの色が僅かに付着してる。
ちらりと流したの視線の先、貼られたポスターはどうやら映画の案内のようだ。唇の形だけでその題名を呟いた彼女を見て、ジェラートもまた映画のポスターへと視線をやった。
「観に行く?」
「今日?」
「今日」
「行ける?」
「行けるでしょ。話は?」
「もう終わりに差し掛かってる」
「だったら、片付け自体はそうかからないってのは分かり切ってるだろ?」
そうね。と言ったはまたチョコレートケーキを口へと運び咀嚼した。目前のジェラートは既にピスタチオムースを片付けて皿をテーブル端に在るその山へと加えた。呼び止めた店員、何度目かの追加注文。ミントのグラニータ。
「あ、終わったみたい」
丁度チョコレートケーキを食し終えたはデザートフォークを皿へと横たえた。ジェラートは嫌な顔をする。今し方頼んだそれを自身の胃へと放り込めなくなったからだ。それでも、直ぐに何時も通りの悪戯な笑みで唇を吊り上げたジェラートは会計を済ませるらしかった。はちらりと地面へと視線を移し、影の表面が人知れずとぷんと波打つのを見た。
「お喋りで助かったわ」
「夜はオレらの相手しか出来ないしね」
「あら、それはどうかしら?」
「浮気するヤツは痛い目見るけど、さァどうするってね」
「勘弁だわ」
そうして二人は席を立つ。忙しなく人が行き交う通りへと腕を組んで紛れれば何の一つも違和感は無い。が口元に浮かべた笑みの数秒後、二人が後にしたそこから上がる金切り声。先程ジェラートがミントのグラニータを頼んだ店員のものだろうか。他にも悲鳴や戸惑いの声。どうやら、客の一人が死んだらしい。人体急所内三箇所。計三発の銃弾。ありがちな昼下がりの出来事にジェラートとは足を止めることはない。そもそも――。
「ソルベ、さっすがァ」
「私は射撃苦手……」
「どう調整しても目標から右にずれるんだろ?知ってる」
今頃は自身らと落ち合うよう歩を進めているであろうソルベを思い浮かべてとジェラートは同じように待ち合わせ場所へと歩く。彼等は鷹だ。