果てる
ふぅ、と一息吐きながら暗殺チームアジト、リビングへと足を踏み入れたのはで、任務終わりである彼女へ労いの声をかけたのはそこのソファで憩いの時を過ごしていたジェラートだ。彼といえば何時もはソルベと共に占領する三人掛けソファを今日はソルベが単独の任務に出ている為に一人で占領している。ジェラートは天井を見上げる形で預けている背はそのままに、腹の上に置いている無作為に菓子を詰めた大袋から手の平サイズ正方形の袋菓子を取り出し、そしてへと放り投げた。それを手中に収めた彼女は切った封の中から覗く焼き菓子を見て微笑む。
「あんまりお菓子ばっかり食べてるとふと――、虫歯になるよ?」
「それは大変だなァ」
片頬を押さえて痛がる振りをした後、ジェラートは勢いを付けて上体を起こした。腹の上から転がった菓子入りの袋は床へと転がりはしなかった。
ジェラートから貰った菓子を三人掛けソファの傍ら、斜め前にあるシングルソファへと腰を沈めてから食べ始めた。彼女と向き合うようにソファへと座り直したジェラートは興味津々といった様子でへと視線を向けながら両の手で頬杖を突く。その視線に何なのだろうかと小首を傾げた彼女は食べかすでも付いただろうかと己の口元を隠してみて彼に違う違うと笑われた。
「今日お暇なのはジェラートだけ?」
「そう。皆出払っちゃってるよ」
「そうなの。じゃあ、……夕食、デートのご予定でもなかったらご一緒しませんか?」
「おっと、光栄だなァ。よろこんでぇ」
「お菓子は控え目にしといてね?」
くすくす笑うにジェラートも頬を緩めて笑む。その彼がほんの少し眉を下げて笑んでいることに気付けなかったは何気ないように壁掛け時計へと視線をやって「ん、シャワーでも浴びてこようかな」と薄く開けた唇でぼんやりと呟いた。
「を抱きたいんだけど」
が視線を時計へとやっていた時だ。ジェラートが言い放ったのは。なんでもないことを言うように発せられたそれに、内容を直ぐには理解出来なったは反応を返すことは出来ずただ動きを止めた。数秒の時は止まらずとも彼女の動きは止まりそれから、ジェラートの言葉を三度程脳裏で復唱した彼女はぱちぱちと瞬くままに視線を問題の言葉を吐いた人物へと戻し、そして問うた。
「……本気?」
彼女の問い掛けの答えは彼の口から返される前に彼女自身が移した視線の先にあった。至極真面目な表情のジェラートと唖然としたが互いの顔を見合わせる。
「冗談で言わないよ。至極本気の言葉さ」
「……あの――」
戸惑いを浮かべた表情ではジェラートから視線を泳がせる。彼女の視線が逃げ場を探るように室内を泳ぐのをジェラートは見て、そうして唇を開いた。これもまた、彼女を驚かせるものだ。
「が好きなのはソルベだってのは知ってる」
「えっ、……なんで知ってるの」
極秘事項として己の心中深くに仕舞っていたつもりのそれを難無く言い放たれた彼女はぽかんと唇を開けて驚き、またどうしてかと尋ねる。彼女の視線の先のジェラートは悪戯が成功した時のように唇を吊り上げて、また目を細めて言う。
「分かるからさ。他の奴等はどうだか知らないけど、少なくともオレはをずっと見ていたわけだし? 分からないわけがァない」
「私は、ジェラートとソルベが恋人同士だってのを知ってるけど……」
「うん、そうだね。オレはソルベが好きで、ソルベもオレが好きだ。つまり愛し合ってる。それでも、オレはのことも愛してる。それってイケナイこと? そりゃァ、無理矢理に手に入れようとしてはこなかったさ」
はジェラートの言葉を聞きながらソファの上で身じろぐことが出来ないままでいる。彼がソファから腰を上げその距離を詰めてくるのにもただ視線を向けるだけで、閉じた唇では何も返事を返せない。
「それでもずっと、欲しかった。……堪らなく、ね」
ジェラートの声色はが普段耳にする常時の彼のものとは違う熱っぽさを浮かべていた。距離は詰め切って最早彼女は彼に見下ろされている。の瞳の中を覗き込むように身を屈めたジェラートに、彼の目に映る自身の姿を見上げた。
「……ねぇ、。本気で嫌なら、オレのことを軽蔑するってなら、早くそれを示した方がいい。もう理性なんてもの、機能してないんだ。互いの肌が触れたら、……オレはもう遠慮しないよ」
彼女の座るソファを軋ませるジェラートの左手。その音を鼓膜で捕らえながらも身動き出来ずにいるは見上げた彼の右手が自身の頬へと伸ばされているのをどこか他人事のように視線で追った。――彼女の頬へと添えられたのは確かに彼の手の平だ。
「ジェラ、」
「もう聞かない」
その言葉通り、彼は彼女の言葉を聞くことはなく合わせた唇で口内へと飲み込んだ。酸素もの余裕も全てを奪うかのような口付け。彼女は自身の身体を包むような痺れ息苦しさにジェラートの衣服をぎゅっとその手で掴む。の手は自身を拒絶する様を見せなかった。突き放すどころか寧ろ離れることを拒むようなそれに、ジェラートは許されざる罪の行為に手を染める思いを打ち消し一層に深くした口付けで彼女を求める。それでもまだだ。まだ、足りない。
「……シャワー、浴びたいんだっけ?」
解放した唇にまるで名残惜しいとばかりに潤んで熱っぽいその目の視線。ジェラートはの首筋に一度唇を寄せ、そして彼女の体を抱き上げた。向かう先は勿論――。
流れる湯の温度は決して高いものではないはずだ。それなのに自身の肌を打つその流水が酷く熱く感じまた己の唇が零すこの熱を孕んだ吐息は何なのだろうか。僅かにシャワーノズルから流れ落ちてくる湯に震える身体を濡らしながらは思う。
「っぁ! ぅぅ、……んッ!」
彼女の喘ぎ混じりの吐息は少し冷たいタイルの壁を温めるようだ。体温を上げた肌と律動の度に押し付けられ触れるその冷ややかさ。熱に浮かされた頭では後者さえも快感となって彼女へと押し寄せる波となる。は耐え忍ぶかのようにまた唇を結び、耐え切れぬものは眉根を寄せたままに開けてしまった唇の間から熱を孕んだ吐息として零した。
「声、……我慢しないで欲しいんだけど」
繰り返していた律動を一度止めたジェラートがの耳元へと囁くように言う。その動作の為により深くへと押し入ったジェラート自身には縋り付くことの出来ない手を壁に当てたままに握り締め、苦しそうに息を詰めた。
ジェラートはのその様を知りつつもグぅッと突き上げるようにしながら、同時にノズルへと手を伸ばし自身等へと僅かに流れ落ちていた湯を止めた。
は自身の中に埋もれるそれが一層に自身へと刺激をもたらさぬように恐る恐る振り返り、ジェラートの明らかに欲に濡れたその瞳と目を合わせた。
「っ、……恥ず、かしいし……響く、から……」
「今日はオレらしかいないから幾ら上げてもらっても大丈夫だけど」
「……ジェラートに聞かれるのも……恥ずかし、っひァ!」
の言葉を遮るかのように僅かに引き抜いて突き上げたジェラートに、彼女は不意打ちのように嬌声を上げた。の向けた視線の先では悪戯にジェラートが唇を吊り上げて笑む。
「可愛い。本ッ当に可愛い……。……我慢出来るならすればいいさ。オレは我慢しないし、出来ないからさ」
愛撫の眼差しで彼女の肌を撫でたジェラートはの膝裏へと手を添えたかと思うとそのままに持ち上げた。ジェラートの方へと身を捩っていたは自身の体を支える足の自由を一本分急に奪われたことにより驚きと共にバランスを崩す。と、それと同時に深くなる突き上げは体位の変化の為にの中を擦る角度を変え彼女により一層の快感を与えた。頼り無く地を踏む片足も震えて今にも崩れそうだ。それでもジェラートがの体を抱え込むようにして突き上げを繰り返すので彼女の膝が濡れたタイルへと崩れ落ちることはない。既に自身の脚で自身の体を支えることが出来ないはジェラートのままにその体を揺さぶられて淫猥な音をその空間へと響かせていた。
「っァあ! ぁ、あ! っ! ん、ァ!」
「っ、は……そんなに、気持ちイイ?」
「っひ、ァ、あッ! あっ、ぁあ! いッ、やァあ!」
「んッ……、こっちはさァ、素直なんだよねぇ」
ぐぐぅ、と奥へ突き入れたままにの背中と自身の肌を重ねながらジェラートは彼女の耳元で囁くように言う。彼の情事の熱を纏った声色。ジェラートは結合部より音が響くよう態と中を掻き撫でるように動き、そうして彼女が羞恥の為に漏らす吐息を側で拾いその唇を吊り上げる。彼女の収縮による愛撫を若干眉根を寄せて耐えているものの、ジェラートはより余裕を持っている。その為に奥にあったまま律動を止めて彼女の反応を見る。は彼を締め付けながらも詰めた息で刺激を乞うた。
「っ、……!」
「どうして、欲しい?」
「ッ、そんな、の……!」
「の唇から、聞きたい。ねぇ、言ってよ。オレが欲しいってさァ」
互いの全ての距離を埋めるように押し付け重ねられる肌には切なく疼いたまま吐息と共に言葉を零す。
「ジェラートが欲しい……ひっ、やぁあんッ!」
その言葉を得た衝動のまま、窺うことも探ることも止めた本能ままの荒々しい律動でを揺さぶり貫き、ジェラートは彼女の名前を切なげにその唇から零した。それに答えるように彼女もまた彼の名を呼ぶ。
這い上がる快感に昇り詰めようとするの熱く荒いうわずった嬌声。自身の胎内を抉るような突き上げに一際高い嬌声を上げたはジェラートを強く締め付けたままに達し、また昇り詰めたままに意識が霞む感覚を覚えた。痙攣する自身の中を打つように吐かれる熱いジェラートの欲。それにすらは身体を震わせ、そして彼女の脳裏の景色は霧に覆われた。
朝の日差しの眩しさに薄く瞼を押し開け目を覚ましたは指先で目元を擦り、そしてもう一度瞼を閉じた。そうして中途半端に覚醒していた脳に浮かんだのは熱を孕んだジェラートの声で。バッ、とベッドから飛び起きるように上体を起こしたは忙しない慌てた瞬きで昨日にあたる行為の記憶を呼び起こし、今自身が置かれている状態を整理することに務めた。衣服は着ている、それでも、夢の中の出来事ではないことは上げることはない幾つかの要因で把握出来た。彼女は悶える。
赤く染めた両頬を押さえて声にならない声を上げる彼女がそれに気付いたのは起床五分後のことだ。サイドテーブルの上にあるメモと、その傍ら控えめな輝きで魅せるそれはピアス。が手に取ったメモに綴られている文字は確かにジェラートの筆跡で、それは急な任務の為に自身がそこにいないものを謝罪した内容であった。それと、彼女に似合うだろうからと買ってしまったらしいその贈り物のこと。
「……私、ピアスホール開いてないんだけど」
そう言いながらも手に取ったピアスを指先で遊んだははにかんでいた。
「貴女は何を欲しているんですか。この戦いに意味はあるのですか」
星の輝きを目に秘めた少年の問い掛け。彼の分身による攻撃、それと向けられる視線、その先で僅かに目を伏せて愁いを見せた女。彼女もまた分身による能力を行使しながら薄く開いた唇で零すように言葉を吐いた。
「……欲しいものは、もう無いのよ。奪われて、二度と得ることが出来ないの」
「……では何に縋り付くと言うのですか」
「朽ちることのない、過去よ」
四月の空の下、吹く風が流す彼女の髪間覗くように見え太陽を受け耳元で光ったそれは彼女に似合うものだ。場に似合わず確かにそう思った少年はそれでも、己の分身の拳を振るった。星の煌きが耐え難いようにその瞳を閉ざした彼女は自身の心音を耳の裏側へと響かせて過去へと思いを馳せる。降り積もる雪のようなそれに埋もれ、落ち沈む彼女は最期に笑う。世界の無関心の果てにあるものを望みながら。