ぼくらのアンダーグラウンド
――窓際に佇み仄かに睫毛を俯かせる彼女の眼というのはまるで、原石のそれです。
私が独り言にそう呟いた言葉というのは、傍らに在った文豪の方の耳に入りそうして言葉を返された為に会話に成るようでした。どうにも、私と司書の方が恋仲だということは新たにやってくる文豪の方々をエッと驚かせるもののようで、庭園の中程から司書室におります彼女へと眼差しをやる私の視線を辿ってはその方も自身の顎先を指先にて摘まむよう。その先に紡がれる言葉も予想の通り、君達は本当に惚れた腫れたの関係であるのかと疑問のそれでありました。何故そのようなことを仰るのですかと私が返さないのもなるほど、客観的に自身らを観察してみれば一寸ばかりもそういった疑問が浮かばないとは言えないからなのです。
今まさに、遠目にも視線があったのですが彼女の顔先はあからさまに私から逸らされました。それに私の隣からふむなどと零される音がやはり分からないとばかりで、君ばかりが好いているというなら察するに容易いんだがなどと言うので心中の私というのは、仰々しくポーズを取りながら種明かしをしたいばかりでありました。
恋う方の眼を何故宝石であると例えずにわざわざ研磨する前と例えたかと言いますと、それは彼女のその時の状況故に他なりません。誰と彼女を見ていない、いいえ、私ひとりがただ彼女と視線を一致させているその瞬間今まさに、その眼は宝石のそれとなるのです。とろりと、光を燻らせて。
先程まで太陽の下に在った私の眼には、地下室へと続く階段の薄暗がりというのがより一層陰って見えることでした。
互いにしか解り得ないであろう眼差し瞬きの合図とその後の逢瀬というものが、やはり私と彼女は心を交わした間柄であるというのを確かにするものではないかと思います。急く心持ちというのは革靴の下から足音を空間へと響かせますが、地下へ地下へと階段を降りるこの音が一種の儀式めいているとも思わずには。それはまるで、仮初めの世界を後ろへ後ろへと脱ぎ捨ててきているような。いち早く降りて行ったその人の目に見えぬ抜け殻を追いながら、やはり置いてきたものが仮初めの方であろうと思うことです。彼女にとって、特に。
地下室の扉を開けますと、ひんやりとした空気と僅かな塵埃の臭いが鼻先を掠めることですが、そのようなことはもう私の胸中にひとっつも留まることがありません。天井からたらりと垂れた洋燈の仄明るい眼下に徐に在る四つ足の椅子、その背もたれにしな垂れかかるようにして座り私を待つ彼女の姿が私を捕らえるばかりなのです。
「乱歩さん」
ゆるりと泳いだ眼差しは確かに私を捉え、司書である彼女の、恋人である彼女のその声音は今や冷ややかとは程遠くまたどこまでも甘えるものでありました。互いだけの時に呼ばれる名というのもこの鼓動をゆるやかに速めます。
「此度も此度とて驚かれてしまいましたね、どうにもワタクシどもは恋人なんてものには見えやしないと」
彼女の髪を指先にて梳き一房を口元へと運び唇を寄せてこのようなことを皆の前でしてみてはどうかしらんと問えば、彼女の身動ぎと消え入りそうな声が私の鼓膜を擽るもので人目が恥ずかしいと言う彼女がどうにも愛しいばかり。
「成る程知っておりますが、では隠してしまいましょうか。そうすれば何にひとつも恥ずかしいことなど」
外套を翻し、椅子ごと彼女の姿を隠す真似事などしてみせる。切れ込みからその姿がちらりちらりとするのはご愛嬌。
「まァそもそも、今まさに、隠しているに違いないんですがね。お誂え向きに地下室などあるのがいけない。いけないことです」
布地を払い見下ろせば彼女の目元の僅かに朱に染まったさまが自身の眼差しの先にあるものだから、やはり彼女の人目のあるところでの私に対しての振る舞いというものは私にとっても随分と都合が好いものだと心中頷かずにはいられない。手袋をしていない手の甲でするりと彼女の頬を一度撫ぜ、この頬の赤みは頬紅ですかねなどと敢えて尋ねればその頬を私の肌へと擦り寄せるかのようにしてそうですよなどと嘯くものだから感情というものは限りを知らぬと重なるものです。嗚呼まったく、いけない人だ。私の零した音に此方を見上げてくるその眼の仄かに震える睫毛など、どうしてわざわざ他の男に見せる必要がありましょうか。
じぃと眼差しと眼差しを一致させて幾秒に逸らされた目線と彼女の顔先に、それはいけないと指先にて頤を掬い上げるようにして此方を向かせると不安げな唇が心許ない吐息を零しているのが窺えます。嗚呼これではその朧気な呼吸をいつやめてしまうか私は気が気でないと、酸素が運ばれないなど大変だと息を吹き込んでやりましょうかと。互いの唇は触れ合わずにそれでもどちらとも分からぬ吐息が互いの唇を掠めている、とある感情を孕んだそれがどちらから押しつけられるものかと、吐息が熱を帯びている。
唇は彼女からぶつかった、とは言っても私の手の平が彼女の後頭部を支えたからのようなものですが。それでも、一度触れれば恥ずかしいものなどもうひとっつもないとでも言うかのように彼女は私へと口付けを絶やしやしません。拙く、それは大変に初なものでありましたが、それもまた好ましく感じるというもの。ただそれはある意味、何も知らぬ無垢を粧いながらもはらのそこでは彼女もまた女であるということだ。生まれながらに男を惹きつける或いは手繰り寄せる獣がそこに巣喰っている。しかし女のそれを知りながらもこうして求める私という男も、少々陰険でありながらもあくまで性根はお人好しにできているのかも。
彼女の髪間で指先を蠢かせたのを皮切りに今度は私から唇を重ねますと、装い越しですが私の胴を少しばかり手の平に押していたそれは指先に布地を握り込むものとなったようでした。
彼女がそうしていたように触れては離れ、触れては離れ、小鳥が啄むような戯れを繰り返しますと引かれる衣服というのが彼女のもどかしさを私へと伝えているようで、自然と吊り上がる口角を抑えるのが難しい。喰らってくれと言っているようなものだ、確かに私は彼女の唇を食むようにし始めたことですが。そうしてそうするごとに色めく彼女の吐息を自身の口内へと頂戴することは、私とてもどかしい。身のうちに蓄積されいつしか爆発などしてしまいやしないだろうかとありもしない空想をちらりとしてしまう始末でもあります。
モノクルを外した後の鼻先を軽く擦りあわせるように何度めかの角度を変えるそれで落ちたのは私の帽子で、肩口を掠めた不意打ちにぴくりと体を跳ねさせたのは彼女でした。彼女の舌先が跳ねて私のそれを仄かにぶったのには思わず鼻で笑ってしまったのですが、彼女はそのような些細事を気にかける余裕は微塵も持ち合わせていないようで。
互いの舌を絡めるそれで鳴る水音というのは静かなものだがこんなにも他に音のない密室では互いの鼓膜により響くというもの。漏れる甘ったるいような彼女の声。その鼻にかかったような甘い声音に気分を高揚とさせ、僅かに身を乗り出せばぎしりとなった四つ脚の椅子。響く水音に、男女の重みを受けて上がるぎしりなんていう鳴き声はどうにも情事を思わせる。
愛しい人は未だ生娘だというに!
そも、彼女と私の間での色事を孕んだ肉体的接触というのは唇同士を戯れさせるそれまでで。エンターテイナーを謳いながらも根っこのところでは臆病で、彼女に少しでも嫌われるを避けたいばかりの気弱な男でありましたからどうにも、唇を交わすところまででありました。舌を触れ合わせることにも随分と時間を要したことでした。けれども勿論、私がそれ以上を望んでいないというわけではないとお分かり頂けると存じます。片手袋は今や地下の床へとへたり込み、此方の手というのも素肌で彼女に触れたがっておりました。そうした指先は彼女の頬を掠め、喉の骨の僅かな隆起を知り、ほんの襟元を引っ掻く悪戯を勝手して、それでも未だ越えてはいけない縁取りがあることだと去り際を見極める。
しかし時に、自身の手といっても意思を裏切るもので、彼女の横腹を装いのうちへと潜り込んで逆さに撫で上げたのは私にとっても思わぬ不意打ちでありました。
流れ、と言ってしまっては些か聞こえが悪い。だけれど前述の通り私と致しましても心を頂戴した後は体も曝きたくなるというもの。不意打ちに跳ねた指の一本は寸にまた彼女の肌へと触れ戻っていたことでした、ぴったりと。徐々に、徐々に彼女の胴体を上の方へ上の方へと楽しむ自身の手を彼女の手がいつピシャリとやるかいっそ賭け事めいた気持ちでありましたが、私の指の腹が肋の骨の流れを撫で押し確かめているのを許し、もう乳房の膨らみを指先にて知ってしまった瞬間というのは嗚呼結局、縁取りなど角砂糖のそれだ。熱い紅茶に放り込んでしまえば忽ち無くなってしまうものではないかと、そんなことを今更改めて気付き直したようなものでした。
頬に朱を差し唇をきゅッとさせとある感情に堪え忍んでいる彼女のその様子にいたく心を打たれました、手の平に直に彼女の心臓の鼓動を捉えながら。
「やめましょうか」
もし、自身の思い違いではいけないと、そう言葉を紡いでみましたが私の口から出たそれはどう聴いても問い掛けの響きを抱いてはおりませんでした。臆病に唆されたものでは決してなく、ただ私は扇動したまででした。彼女から続きを催促されたがっていたのです。やめるなどと仰らないことを分かりきりながら卑しくも、彼女から求められたがっていたのです。
服越しに私の手へと自身の手を重ねたことが彼女の返事でありました。その可愛らしいお口を以て返して欲しいものでもありましたが、自身の胸へ男の手の平を押しつける形でもある彼女の大胆さに私の胸が高鳴ったことも否定できません。謀だと言われそうなものですが。
一度装いのうちから手を抜きだし、ぷつりぷつりと釦を幾らか外し襟元を寛げますと彼女はふいと顔先と眼差しを私の行動から逸らしました。けれども無意識の元に僅かに胸を張ったような彼女のその動作を見受けますと、嗚呼やはりおそろしいな女というものはと頷く男が心中にいることです。手繰り寄せられるかのようにその胸元に顔を寄せ、唇にて彼女の鎖骨のゆるやかな隆起に触れますと些細な悪戯の気持ちというのがちょっこり鎌首をもたげまして、儘に舌先にてちろりとしてみますとそのようなことも予期していなかったようで彼女の小さな驚きの声が空間へと響いたことでした。いえそれは偏に嬌声でしかない、嗚呼そうだこれは愛撫だ前戯だ、と自身の中に少し遅れて織り重なっていくのです。地下室という非現実めいた存在(私が地下室程度のものを非現実だと言うのには些かおかしい事とは存じます)がこれから、いえ今まさに好いたお人の体を曝こうとしているその事実を脚色しシネマのひとつだと錯覚させているのかもしれません。若しくは、少しばかり我慢が過ぎて感覚が草臥れてしまったのかも。お預けを喰らい過ぎたことかも。
背を丸めるようにして女の乳房へと喰らいつくさまといったら、確かにお預けの後の畜生めいているなと。釦こそ外したものの、生肌を遮る他のものはただ肌蹴させたり指先にて引き摺り下ろしているだけのこの堪え性の無さというのがやはり、野犬の類いを思わせる。故に、不躾にもべろりぃとそこを舐め上げたのは仕方ない。舌上に尖りを感じながら、花を思わせる仄かに甘い香りが味さえもそのようなものであると惑わせるなとぼんやりと思う。
「……美味しいんですか?」
何てことを尋ねてくるのだろうか、このお嬢さんは。窺った表情が、その頬に浮かぶ笑みというものが聖母めいていて、人知れず背徳感が震わせました。この身体を。
一見にはただ余裕めいている男の唇から零れる吐息もまた熱を伴い微かに震えて女の肌を滑り落ちていったものですが、果たして女はそれに気付いたことやら。
彼女の唇をぱくりとやって、一度二度自身の舌で相手の舌を扱き上げるかのようにしてから顔先を離してやりました。
「どうです、アナタはどう思いました」
伏せられ震える睫毛の影元の羞恥の色がなんとも私を悦ばしてやまない。分かりませんというか細い返事に私は、それは残念だと頬に唇を寄せました。口付け、辿り、指先にて垂れる髪の束を梳いて耳にかけると血色の良いそれが眼差しの先に在り、そちらへも唇を寄せなければという一種の使命感にかられることです。
唇で耳朶を食みながら彼女の乳房を下方より両の手で支え、いえどちらかといえば鷲掴みましたが兎も角、そうして指を乳の肉へと埋めるかのようにして揉みしだきますと極間近で彼女の悶える吐息が私の鼓膜をくすぐるものですから愉しいったらない。
「ぁ……!」
そう小さな嬌声と共に彼女が椅子から滑り落ちそうになったのは、私がその首筋をねっとりと舐った折でした。その体を掬い上げることなどなんてことないと、さッと私へと身を委ねさせましたがもう彼女は大人しく座ってなどいられないとばかりの熱を私へと知らせてくるもので、成る程。でしたら私が椅子に成りましょう、いえ椅子に座りましょう。
そうして対面する形で自身の腿上へと彼女を跨がせますと、彼女の両の腿というのはわなないているのです。足先が床へと着かぬその開脚が辛いものかと一寸は思ったことですが違うことです、彼女の意識が向いていたのはそちらではなく。視線を俯かせた先で羞恥を覚えたその腰が引けておりました、或いは私の腿の上で臀部が滑ったと言いましょうか。
「それでは落ちてしまいますよ、危ないでしょう?」
それが理由であるかのように腰骨辺りを両の手の平に支え力強く引き寄せますと、互いの距離というのは密となるもので。裾元を乱した彼女のスカートの下で未だ互い装い越しですがぴったりと触れあいました。
「っ乱歩さん、暑くはありませんか?」
そう言い此方のジャケットの釦を外し始めた彼女のそれはきっと、意趣返しのつもりなのでしょう。まったく、可愛らしいことだ。それで彼女の思惑の儘に外套もジャケットもひん剥かれましたが、彼女は自身が脱がせた衣服を床に放ることができないでいる。嗚呼まったく。声にせずそう紡ぎ、その手から取り上げて私自身が床へと落としてしまいました。それから彼女の背中へと手を回し、つい少し前と同じように顔先を胸元へと寄せすぅと一息、肺に彼女の香りを満たします。いずれうちを満たされるのは蹂躙されるのは彼女の方であるというのに、此方側がそうされたような心持ち。外身はままに、蛹のように中はどろどろに溶けているような。
幾分に意識をとろとろとさせていると、彼女が私の襟足の癖っ毛を指先にてくるくると遊んでいるような感覚が。余裕を取り戻したのかしらん、と乳房の肉をかぷりと噛み、淡くついた噛み痕を舐め、そうして吸いつきますと零される吐息と私の腿の上で身悶えするようなくねりが。余裕など、無いのでしょう。彼女の腿を掴んだ私の手の平の湿りけもまた、私自身にさえそのようなもの存在しないのだと言っているかのようでした。
「っ、……?」
とある不意打ちに小さく跳ねたのは此度は私でした。その不意打ちというのも、彼女の指先が衣服越しではありますが、疾うに勃ち上がった私のそれを掠めたというものです。偶然であるかと思ったことですが、或いは一度めだけはそうと触れてしまっただけかもしれないのですが、二度め三度めと装い越しに指先爪先で撫でてくるそれは彼女の思惑でありました。いいえやはり最初っから意図的に私へと触れたことでしょう、ちらりと向けた視線の先、払われたスカートというものが。
「悪い子ですねぇ……」
「そんな女の子はお嫌いですか、先生」
彼女の指先はこの胸元に「ユルシテ」と文字を綴ったことでありました、私の耳へと吐息を吹きかけるようにしながら。無垢とはいったいなんだったかと誰ぞがにやにやしているような、けれどもまあ悪くはないのですひとっつも。
「乱歩と、その唇が囁くならゆるしましょう」
いじらしく私の名を呼ぼうとしたその声音は遮られ跳ねたことでした。一方的に献身を受けるのも恐縮してしまうことですからと、彼女が焦れてやまないそこを私とて撫でてやっただけです。彼女が二度撫でてくるなら私とて二度撫で、意図せず一度と弾くように掻くようにしてしまったなら私は意図的ですが弾くように掻いてやる。彼女の触り方を真似るその戯れに気付いたようで、少しだけくすりとした笑み声、それでいて熱を孕んだ吐息ですがそれを零してより彼女は献身的に私をこすりだすのだから私の手だってそうです。
それで、指先を迷わせけれどもそれをすることができずに金具の小さな音をさせただけの彼女がまあ、可愛らしいことです。確かに、装いが焦れる。
ひっ、と仄かな悲鳴が。彼女がそう欲したように手を下着のうちへと潜り込ませたものですから、掠めたものは彼女の嬌声が私の鼓膜へかそれとも私の指先が触れたぷくりと膨れた彼女のそれである為か。
あっあっ、と鳴いて私へと縋るからもう私の真似事はできやしないだろうと思いつつ、指の腹に膣口を何度となぞり水音をちゅぷりちゅぷりと響かせる。脱がせているわけではないので眼差しにて確かめることはできないが、彼女のそこはししどに濡れそうして上下にこする合間にぶつかる陰核はぷっくりと充実し、嫌々とするように首を振る彼女のそれがただの善がりであることを一層に私に知らせるのです。
溢れて私の手を濡らすそれを指先に掻き、塗り込め、元のところへと押し戻すかのようにぬぷりと指先を中へと挿し込めば彼女の体がぶるぶるとおののいた。それに性急だったかと思ったことですが乱歩さんと名を呼ぶそれや蠢く中というのがどうにも先を促しやまないそれに思えて、よりぐッと挿し込みあまつさえ中の窮屈さを知るかのように肉壁を押しやってしまいましたので指一本では栓になどなるはずもなくとぷりと蜜はより溢れてきました。
彼女の背中をすべりとやると、びくりと震えて私の指を締めつけるものですからそんなことよしてくださいとばかりに陰核を撫でてみますと彼女の指先が私のシャツをぎゅッとやるもので、この後背に猫のひっかき傷のようなそれを拵えるには嗚呼未だとふと思ってもみることです。指の本数を増やしたり撫でるばかりでなく陰核を押しつぶしたりすると漏れる彼女のふゥふゥいう鳴き声が猫のものでもありました。なにも威嚇されているわけではありませんが。
「アナタ、ぎゅッと瞼を閉じてやしませんか。どなたをその瞼の下に描いておりますか。ちゃんと、アナタを乱しているはこの乱歩だと分かっておりますか」
声色が意地悪な響きをしていることだと自身でも分かりましたが、それでも彼女のなかをばらりばらりと掻き撫でながらそう言の葉で攻め立てるのがどうにもこの心に悦い。
私の肩口で息を詰め、その数秒でだらりとして達した後の吐息を零す彼女のさまといったら。
お疲れ様でした、と頬に口付けながら、達してとろけたそこを先程の性急さの形を潜めてそれでもゆるりと掻いているとやはり、嗚呼抱いてしまいたいなと思わずには。彼女の頬の肌を私の溜息が滑り落ちることでした。
けれどもそれは不味い、何せ彼女は生娘だ。初夜のそれまではいけない、ということではなく今この場で抱くには些かそう、場所が悪い。ベッドでも持ち込めばよかったかしらん、流石にそれでは用意周到過ぎる気も。
さてもさても、思考を紛らわせるそれで静めようとしても彼女を抱いたままではそのようなこと上手くいくはずもなく、勿論彼女を今まさに放り出して独りどうにかしようとしているわけではないが兎に角、つまり、私は盛ったままでありまして。
らんぽさん、らんぽさんと少し舌足らずな縋り声が。そしてもう戸惑うことなどないと私の勃ちあがったそれを取りだそうとしている手が。私の腿の上で身をくねらせたな、と嗚呼床に落とされたのは彼女の下着だな、とぽつねんと思っていましたら拙くすりつける或いは膣口にくぷくぷさせるものだからどうやらうちへと挿れようとしているそれを、私は此処でこの体位で初めての彼女を抱くのは如何なものかとしながらも見守ってしまったことです。
いいえ、いいえ、見守るなどそれは事実と異なる。結局は彼女の腰を支え勃ちあがったそれを支え、ずぷりとやったのは他でも無い私自身なのですから。
筆舌に尽くしがたい。
呼吸を無くし、今度ばかりは私が彼女へと額をこすりつけるように縋りつき、ようやっと思い出したような呼吸の深い溜息の後、無意識の元に唇より零れ出た彼女の名が音がその乳房の合間を流れていくようでした。またそのほんの些細な震えでさえ焦れて敏感な彼女の肌には愛撫と成ったようで、互いの合間で戸惑う彼女の右手その指先をぴくりとさせます。かりりと、彼女の爪先が私の装いを僅かに掻いたことで意識をそちらへと向けた私はといいますと、その彼女の手を取り労い徐に唇を寄せました。私を手繰り寄せてやまないこの手が愛しくて堪りません、勿論愛しいのは手ばかりではないですけれど。
お手を拝借、と戯れの言葉を後に腕を私の項へ後背へと導こうとしますとその前にと彼女が。
「乱歩さんが汗を掻いているなんて」
指の腹で私のこめかみの汗の粒を拭うその彼女の表情というものに、もう何も知らないねんねえの様であるなどと表現できないなと思うばかりです。
処女を奪った性急さとは裏腹にどこか穏やかでありました。けれどもそれは見せかけだけで、縋りつくことで互いの間やわく潰れる彼女の乳房の奥で心臓というものはどくどくと打っておりますし私の心臓も共鳴めいて酷く五月蠅いものだ。耳の裏に心臓の脈打ちは大きく響いているようですし何より、身動ぎひとつないままでも繋がりが脈打っている。
ただ繋がっているだけでこんなにも心地好い。けれどもその心地よさというのが焦燥をも伴っていて、嗚呼早く早くと先へと焦れったくなってしまうのです。それでもう動いても構いやしないかと私は、ごくごく幽かに膝をゆすって揺籃の役目さえ勤めたつもりですが勿論それは情交の戯れでしかありません。
嗚呼、曝かれてしまった。ほんの小さな独り言が彼女の唇より零れ落ち私の装いへと染み込んだようでした。そのように表現されますと私としましてもより、より一層曝き尽くしてしまいたくなるというもの。一糸纏わぬ生肌を曝け出させていないというに心化粧というものを全て何に一つも在りはしないように拭い去りたくなるものです。若しくは、唯々私だけを求めて縋りつく生物にしてしまいたいのかも。人でなしのお人形では彼女でないと分かっているのでそんなのはちらりと掠める男のエゴ或いは微かな浪漫なのですけれど。ああ、こうして、余計な考えに右往左往していないと浅ましく己の快楽の為だけに彼女を貪ってしまいやしないだろうかと恐ろしくもなるのです。
私の思案無くして揺れる彼女の腰というのが、無意識に今も揺籃と成っていただろうかとふいに掠めていやそうではない、これは彼女が彼女自身が身じろいでいるのだその体をくねらせて、と私の胸をいたく打ちました。求められないと喰らうこともできない臆病者などと仰らないでいただきたい、確かにそうなのですけれども。
私の湿った手の平は彼女の腰の骨を支え、ぁっあっと漏れる彼女のねだり声を沿わせてずるりぃと自身を抜きだしておりました。いいえ全てではございません、眼差しには障害物がありますがその奥で、未だ女のうちへと先端潜り込んだままぬらりと濡れ光る肉の竿というものが在る。二度目の穿ちというのは一息にやらずに膣壁を掻き分ける感覚を互いにじくじくと感じ入るものでした、長い溜息のような善がりの吐息を零したのはどちらであるか分かりやしません。きっと、お互いにでしょうけれど。
奥へと埋めきったままに、それでもぐぐぅと腰を押しつけますと私の上で細波のように痙攣する彼女の内腿の震えが私を或いは雄を愉しませました。また彼女の眼を覗き込みますと、やはり私が惹かれてやまないあのとろりぃとした燻りが今もちらちらと燃えているのです。互いの身も心も燃やし尽くすような業火ではないそれが、そのくせして私の背を炙るようにして急かしていけない。私の上で跳ねる彼女の腿が私の腿を叩く、それが段々と速まっているのを酷く客観的にも感じておりました。結局、愛しい人の中に子種を吐きだしてしまいたいという征服欲に私とて雁字搦めだ。忙しなく腰を突きだし荒い呼吸を零しながら。
譫言のように好き、好きと言う彼女に「ワタクシは愛しております」と「ええ愛しております」と一息では告げられておりませんが度に返しました。律動にさらなる返事ができずとも、雄を締めあげる雌というのが一種のそれです。
それに彼女の眼というものはその眼差しさえ私に伝えてくるのです、愛のそれを。目は口ほどに物を言うとはこのことだ。まさに。
「嗚呼本当に……、そのような眼は誰に魅せてもいけません。ワタクシ以外には、誰にも」
強かに奥をぶちつけたまま、彼女の首筋に唇を寄せそちらを吸いあげました。恋人などに見えやしないと手がだされては堪ったものではございませんから。
愛しい人の全てを得たいという欲望は改めて私の身を包み込んだことでした。身勝手な悋気が自身の下腹部に留まり、抽挿を小刻みにさせる。嗚呼それでも、むせぶような彼女の嬌声と私をきゅぅきゅぅと締めつけ欲するそれが射精感を高まらせましたが何より、息も絶え絶えに達する瞬間までも私の名を呼ぶ彼女のそれがのめり込ませたのです。幸福感に、彼女自身に。そうして肉体的には最奥に。
達したのは彼女が先です、殆ど同じでしたけれど。愛しさの全てを抱いた声音で彼女の名を呼び、同じように呼び返され、それで昇りつめたことでした。掻き抱くようにしながら彼女に対する慾望の深さのような濁ったそれをびゅくびゅくと注ぎ込み、嗚呼これで私だけの貴女だと満たされたのです。貴女は、この江戸川乱歩の貴女だと。
心を得ているだけでは飽き足らずそうして体だけを得てしまっていたとしても満たされないだろう私を、貴女の全てを欲する私をどうかそれでも嫌わずにいて欲しい。
そのような、私の我侭でありました。
ですから、ですから狡いのです。
「あぁこれで、私は余すところなく乱歩さんのものですね」
自身の下腹部を互いの合間で愛しそうに撫でさすりそのようなことを仰るものだから。
二度めと彼女の体を嬲ってしまったのは、青臭さの極みだ。
事の後、互い気怠げな四肢がそのままとろけてひとつに成ってしまいやしないかと思ったことです。或いはもしかしたら、彼女に今生に呼ばれたからといってそこからいでたわけでもあるまいに胎内回帰願望のそれを抱いたのかもと、ちらり。私の眼差しというのはその時、少しばかり胡乱な感じであったかも。そのような私の眼差しを彼女の眼は捉え、深い水底をじっくり覗き込むようにするのです。
「ねぇ乱歩さん。乱歩さんも、そんな眼は私だけにしてくださいね。決して、誰にも」
そしてとろりと惚ける彼女の眼差しというものが、やはり私には愛しくて堪らないことです。「ワタクシもアナタだけの乱歩ですよ」と、愛していますよと、何度と伝えずにはいられなくなることです。