SS詰め3
乱歩/深夜恋慕
貴女に恋文なるものを綴る折、私はほら吹きよろしく誤りを書いてやろうと思ったのですがどうにもこの手は宿主を裏切り真実を書き示してしまうばかりでした。
この孔雀青した眼差しの先に在る少しばかり古ぼけた羊皮紙の上に踊り出した文字の群衆、それを視線で追って脳で理解しようとしてもどうにも上手くいかず。これは本当に私が書き出した顛末なのかしらんと思考、筆などを構えるこの指先に他人事疑心の眼差しを向けてみたりなどして。考え込んでみてもあれやこれやとそのままの文字が右往左往するばかりなのです、そうです私の頭の中で! きっと、納得のいく結論など何処からか追い立てようとやってはこないのでしょう。貴女が、貴女が肯定の首の動きを見せないことには。
ちくたくと成る古時計はこの鼓膜を引っ掻くばかり、メトロノームの間隔でこの身を落ち着かせくれやしないものか。子守歌のような響きを携えて、どうか。
気付けば、針は追いかけっこの末に鬼に追い着いてしまったらしい。そうして、私の、私だけの長いばかりの夜というのは今宵も更けていくので御座います。
乱歩/謎解きひとつ
よろしい、ではまずひとつ謎解きと致しましょう。
初めにアナタのその眼差しです、目は口ほどに物言うとはよく言ったものです。アナタの眼はいつでもワタクシのことを好きだと物申しておりました、その告白の度にワタクシが何度手を腕を引いてこの胸に抱きたいと思ったことかアナタはご存じでないはずだ。いつ何時と眼を潤ませながら此方を煽っておきながら、アナタは自身のことで手一杯でワタクシのことなど気にも留めていなかった。ワタクシで心中めいっぱいにしておきながら、です。
ふたつめ、アナタ今のご自身の表情を分かっておいでですか。ワタクシが一言二言紡ぐ度にそのように頬を紅潮とさせて、辛抱ならぬと顔を俯かせてはそれは男の劣情を誘うことなのですよ。それを分からないでか、いいえ、きっとアナタは分からずにそうしていることでしょう。それこそがまぁ、アナタの可愛らしいところです。
みっつめ、アナタ今ワタクシの名を呼びましたか。か細く、羞恥の色を浮かばせながら乱歩の名を紡ぎましたか。ワタクシは、もう、それだけで駄目です。そも、ワタクシはアナタにこの名を紡がれる度に辛抱ならぬと心打ち震えていたのです。アナタが知らぬうちにワタクシの心というものはアナタに触れる度に熱く、ただ熱くなっていた。血潮が巡って仕方なかった。
では、では、謎解きの結論と致しましょう。「乱歩さんは私のことをどう思っているんですか?」ですって。さぁ、どうです謎はとけましたか。
乱歩/謎解き、140文字の解
孔雀青の眼差しは偏に目前の彼女へと向いている。或いは一心に向けられているのは視線だけではないのだけれど、乱歩その人の思いは全て、彼女へと。一つの問いを唇にした彼女への返し、分からせてやろうではないか自身の全てを。さて、謎を解せばそこに在るのは純粋な思いだ。愛していますよお嬢さん。
乱歩/葡萄酒、ぽちゃり
貴方のモノクルが互いの合間でかちゃりと仄かに鳴った、どうやら口付けるにそれはあまり邪魔にならなかったようで。
薄い、赤黒さの液体が乱歩さんの唇の端から垂れる。それは一筋を描き、顎先にたまってそのまま落ちた、滴り落ちた。その先はきっと絨毯に染みを作ったことでしょうがそれを確認する者などこの場にはいなくて。お互いに眼差しは目と鼻の先、貴方は私、私は貴女。
どちらともなく零した吐息がアルコールでほの湿った唇を掠めて、とてもぞくぞくとさせる。これは口にした、胃に落とした葡萄酒の所為でなんかない。その為になどしないで欲しい。お酒に弱い貴方は朱に染まった頬で笑む、これで終りですかと。挑発的に、笑む。余裕などないくせに。距離を詰めた私には分かることなのに、ぴったりとくっつけた互いの身体で分かりきったことなのに。
「震えておりますねアナタの睫毛、まるで雨に濡れた小動物だ」
「どうか、強がりを見抜かないでくださいね」
葡萄酒の所為などと嘯いて、既成事実を作り終えるまで。
とぷりと落ちる音がした、最初に誘ったのはどちらだったかしら。
乱歩/種明かしもまた、エンターテイナーの娯楽
「どうか種明かしはワタクシにお任せを」
先生は私の唇に指先を当てながらそう言った、その吐息さえ近いものでくらくらとする。彼の孔雀青した眼差しがどうにも私の心中を見透かしているようでとても、どきどきと心臓が煩いのだ。
「そうですね……、勿体振るのはやめましょう。好いていますよ、アナタを」
指先は頬に添えられた、吐息は唇に触れる。曝け出されたのは――。
乱歩/暇さえ与えられぬ
「ぁっ、痛い……乱歩先生いたいです……」
貴女のか細い声にふと眼差しをそちらへとやるとどうやら私の装い、袖口にある釦がどうにも烏の濡れ羽根色した御髪へと戯れていたようで。くいと引けば付いてくるは貴女、紅潮とした頬に、涙浮かんだその眼、息を詰めないでか。
もしや貴女はこれが事の中断かと思い浮かべたことかも。けれど、そう、寧ろ私は駄目です。いっそこれこそが一層に事を荒立てた。
「お赦しを、どうにも一時すらアナタに与えられそうにない」
時間は有限ですからね、故と嘯いて。
乱歩/誘惑
べったりとフィルムにとろけてはりついた飴のような、鼻腔その奥に四肢を纏わり付かせるような、例えば罪深い夜を思わせるそんな香りがした。
その不意打ちめいた、自身の鼻先を撫でたそれに己の意志とは無関係に差し伸ばされたのは此の腕で、そうして絡ませたのは此の指先と貴女の指先で。
嗚呼、無関係なんて形だけだ。どうあっても、その深くに在るは自身の欲深さだ。取り合った手の、貴女の手首の内側その薄い皮膚に鼻先を寄せたくなる。ほんの擽るかのように輪郭を辿らせ、何処から誘う香りが在るか知ろうとしている。
「アナタ、今宵の予定は如何程に」
応じがどうあれ、私はきっと此の腕に貴女を閉じ込める夜であろうが。
乱歩/贈り物
「サァご覧下さい。この両の手の平、何とアナタに見せておりません。けれどもここから、ここからどうぞ瞬きをせずにご覧下さい。魅せて差し上げましょう。
徐に手のうちを見せてきた乱歩先生はそう言いながら、まずは右手を握り込んだ。何が始まるのだろうと思いながらも、彼の言葉の儘にじっと瞬きを堪えてその手の平を見続ける。乱歩先生は低く小さな声音軽いリズムで壱、弐、参と唇に。そうして開かれた手の平の上には青い花びらが一枚。確かに何もなかったそこに花びらが現れた、瞬きはしていないはずだ。花びらを左手の手の平の上に、そうして握り込めば眼差しに隠れてしまう。壱、弐、参、先生の声は先程よりもどこか緊張したようなものに聞こえた気がした。ゆっくりと開かれた手の平に、互いの眼差しの先で消えたのは青い花びら。きれど次に現れたのは。
「――ピアス、ですか」
「そうですね、そうとも言います」
「……他になんと言うんですか?」
「アナタへの贈り物とも言いますね、プレゼントです」
数秒、顔を合わせて黙り込んだ。そうして先にふふっと唇に笑ったのは乱歩先生で。
「ワタクシがつけて差し上げてもよろしいですか」
するりと私の耳を指先に撫ぜながらそう言う彼の言葉は、許可を頂けるか否かの問いではないのだと思う。手袋、その布地の触りがどことなく自身の胸中をくすぐるようだ。
「まるで、乱歩先生みたいですね」
「ワタクシ、ですか……?」
「この石が、です。乱歩先生の眼みたいです。目を惹かれる孔雀青の色に、探偵本を前に無邪気であるのに不意打ちで流される江戸川乱歩その人の、眼差しの、よう、です……いえ、やっぱりなんでもないです……」
自身で言っておきながら何を言っているんだと思ってしまい、言葉尻小さな声で何も聞かなかったことにしてくださいと付け加えてしまう。
「なるほど眼、眼差し。……では、ワタクシは常日頃アナタを見ておりますから、どうか他に目移りしないでくださいね」
宝石のような眼差しが、目元に朱を彩らせながら私を見てくることでした。