ぴちゃぴちゃという、まるで子猫がミルクを舌先で舐め掬い取るような音が空間や自身の鼓膜に響いているようだった。その音の震えが耳に歯痒いからとでもいうように垂れてきた髪を耳に掛け直し、ふぅと僅かに息をつく。
子猫なんて可愛いものでも、ミルクだなんて血液の分類のものでもないと自身が唇で食み舌で舐っていたものに眼差しを向けた。添えた手の平のびくつくような跳ねがどちらの──私とロキのどちらのものかいっそ分からなかった。
「なにやってんの、続けて」
ぱしんッ、と響いた乾いた音と衝撃に身体を跳ねさせた私は恨みがましい眼差しを自身の下半身方向に在るロキの眼差しに向けた、実際その眼差しも表情も見えないものなのだけれど。
顔は見えずとも、私の生身の臀部を叩いた手の平をごめんごめんとでも言うようにひらひらと振るロキに、私自身の裸体の下に重なるように寝そべるロキの裸体に、どうしてこうなったとでも言いたくなった。けれど、もう一回をお望みかな? ともジェスチャーを見せるロキの手の平に口は喋ること以上の優先事項を決定した。
女に見間違えられることもある顔面とは裏腹、突いた手の平の下にしっかりと感じる腿の筋肉や大凡の女にはあるはずもない部位、確かな雄のにおいにくらくらともした。いっそ眠っている間の夢ではないかと思ったそれを叱咤したのはロキによるあらぬ箇所への口づけで、ちゅっとわざとらしく立てられるリップ音に、若干唇で咥えなおした私の嬌声の混じった吐息が彼の肌を滑り落ちていくようだった。私の唾液に濡れたその肌、いや、その女顔には似ても似つかぬグロテスクな、そそり勃ったペニスに。
こめかみから流れた少しの汗が顎先を伝った後でぽったりとロキの腿へと落ち弾けた、それのどれの行き先へも思いを馳せるように、このような状況に成るに至るへ回想した。
「六月九日が何の日か知ってる?」
「何その唐突も無い天体暦の問題」
ぐるりとも空間を捻じ曲げて出現したロキの本日の開口一番は問いであった。
「ある一定の割合の人間の中での行事なわけだけど、別に神がそれに乗っからないっていう定めがあるわけでもないでしょ。まぁ別に暦がどうとかどうでもいいけど興が乗ったからヤっちゃおっかなって思ったのさ。どうせ暇でしょ? 知ってる知ってる。さ、シようか」
「か、会話……」
そのままに腕を引かれ、目眩を伴った空間移動の後に、ロキの自室でベッド上にて顔を突き合わせての答え合わせだった。何のことはない、日付との言葉遊びで、体位でしかなかったけれど。いやもちろん、丁重にお断りはしたものだった。ヤる気になったロキを止めることなど、できるはずもなかった。
以上、回想終了。
なにも、ロキとまぐわうことが初めてであるというわけでもない。なにも、ロキに与えられる快楽が嫌いというわけでもない。ただ少しだけ、惨めな生物に成った気分になるだけだ。好いているわけでもない奴をよくもまぁ、幾度と抱けることだ。愛だ恋だと高尚なことを垂れるつもりはないけれど。
くぷりくぷりと私が粘膜で粘膜を愛撫する合間にもくちゅくちゅだなんてロキもまた粘膜で粘膜を愛撫していて、その長い舌が時折に間違えたとも言うように挿し込まれては抜かれていくのに身体から力が抜け重力に負けるようにもロキにおちてしまいそうだった。もしくは少しだけ、殆ど預けているようなものでも体勢を崩してしまったようだった。
「くすぐったい」
ぽつりとも呟いたロキのその吐息がどちらともの体液に濡れている粘膜に触れたかどうか、判断もつかないうちに襲った感覚の後はつまり、天地交代とも言えるだろうか。
「キミの髪が悪いんだよ、くすぐってきてさ」
「はぁ? じゃ、結ぶから退いてよ」
若干呆気にとられていた私にそのようにも言うものだから、片眉を上げるようにも私だって言った。
「そんな暇あると思ってるわけ? いいから黙ってなよ」
「ひゃッ! んっ……!」
舐められ擦られを受けて膨れ敏感になっているそこを突然に摘まれでた自身の喘ぎ声はだいぶ響いた。その嬌声を塞ぐようにも私の唇を押し滑るようにしてから捻じ込まれたペニスで非難とそれは押し止められてしまったけれど。
指先と指先でひだをひっぱりながら息を吹きかけたようだった、ロキは。彼の身体の下で逃げ場が無いにしても私の身体は跳ね、本能的に逃げようとする。それを許さないともするように押しつけられた腰に、ペニスに、喉への圧迫は増すばかりだ。
「あはッ、びくびくしてる。そんなに気持ちイイんだ」
口腔内はもちろん喉の如何ほどまでに埋められているそれで反論の言葉を返すことなどできるはずもなかった。喉の粘膜をたらたらと垂れているのはきっとカウパー液であり、ロキとて慾情を抱いてるに違いないという事実は音にはならなかったということだ。
下にいた時よりもあからさまに、執拗にと言っていいほどに弄んでくるロキに歪な嬌声がほとんど絶えず喉の奥から込み上げてきていた。歪になるのは、指や唇や舌で苛んでくる合間にも変わらずロキは私の口とて蹂躙しているからで、私の唾液とまじったロキの体液が唇や頬や周辺をお構いなしに汚していった。
寄越される快楽に溺死しそうな感覚になりながらも、ロキの愉快そうな感情を時折に感じ取り浮かれている自身がいることを知る。いま此の瞬間、ロキの感情を占めているのが自身であることへの恍惚だ。──あの子でも、あれでも無い。仄暗い影と、苛烈な熱が自身の腹を過ったように思えた。
「はァ? 今、誰のこと考えた」
瞬間に鋭利さを極めた空気は、喉元に突きつけられた刃物の鋒のようだ。
肉を抉らんばかりに腿に埋められたロキの指先が痛い。私の唇は痛みを訴えるではなく、抜かれたペニスにちゅぽんと音立ち取り上げられたものを恋しがるようだった。ただ、痛みも羞恥も覚えている場合ではない。明らかに、ロキの機嫌が悪くなったのだから。
「べつに誰のことも、ッ!」
ぐるりとも詰め寄ったロキの顔先に驚いたのではない、彼のその指と指が私の舌を力任せにも挟み込んだ為だった。
「嘘付くんだ、この舌は、ボクに」
ロキの指先にまず間違いなく付着しているだろう自身の体液の味が舌に触れていたとしてもそんなの分かるわけもない、ただ分泌される己の唾液が喉の奥へと伝わっていくカウパー液を追うようにも流れていく。歪な嚥下でひくつく喉元、僅かな隆起の喉の骨にもう片方の手、指の腹をあて押し込んでいくロキに嫌な汗が流れる。
みしりとも、滲むように鳴った。
「──なぁんてね! 冗談冗談、嘘付きは今更だしね。お互いに」
パッと解放された舌を反射で縮こませるように逃した。笑っていたのが形だけでその眼が果たして笑っていたか否か、それを確認する暇は無い。噛みつくように、喰らうかのようにあわされた唇。捻り潰されかけた舌はじんじんとしている、それを労うかのように執拗に舐られ(もちろんロキ自身の舌で)、私には嚥下する余裕もないお互いのまじった体液をじゅるりとも啜られた。
「ぁ゛ッ、」
喰らいながらも下腹部を辿っていたロキの片手の平は、その指の全ての腹を使うようにしてぐりっと押し込んできた、この皮膚の下に胎が在るんだよとでも言うように。
「モノ欲しそうにしちゃってさ、……くれてやりたくなるじゃん」
その言葉に冗談でしょうと叫びにも似た訴えをしそうになった、ここまでで終えるつもりだというそれは酷く残酷な事実でしかなかったのだから。実際に私の喉から溢れたのは、劣情にまみれた、彼の名でしかなかったけれど。
「ロ、キ……!」
下腹に埋まった指が、ロキの指が僅かに跳ねたような、気がした。
「……もういいや、やっぱ挿れよ。揺らして、鳴かせて、ぐずぐずにしてやりたくなった」
だらしなくも濡れそぼった粘液に押しつけられたそこからぐちゅりなどと下卑た水音がした。
「 」
──が、キミが悪いんだからね。
小さく呟かれた私の名まじりのそれに、そういえば、今日で初めてロキの名を呼んだなと何処か他人事に思ったけれど、叩きつけるようにも埋められたロキのそれで何も分からなくなった。あとはもう、ロキの言ったその通りにしかならない、そういうことだった。