口腔内に収めていたものが突然奪われるのは驚きと共に多少の痛みを伴うものだ。
気配を感じさせず、けれども長年の付き合いでそこに現れるだろうなと察した相手、つまりロキ。その彼が開口一番の挨拶も口にせず、私が口にしていた棒付きキャンディを奪ったことは僅かな目の見開きを私にもたらした。そうしてその私の反応が、きっとロキにはおもしろくなかったんだと思う。いったい彼が何を思考巡らしたのか定かではないのだけれど。
「はぁいロキちゃん、ご機嫌麗しゅう」
「ねぇこれ釈迦くんにもらったヤツでしょ、どうせ」
そうだけど、とも紡ごうとした私の唇がこしらえた隙間を早々に埋めてしまったのは偏に、ロキが徐に距離を詰めてきたからに他ならない。
わざわざ背をくぐめるようにし距離を詰めるそれは所謂、覗き込まれているというやつだ。まさしく目と鼻の先、鼻先同士が掠めあいそうな距離では私の揺れた毛先がロキの髪に交じ入り、けれども互いに存在し続けるその色合いがどこまでも交じらないものだと知らしめるようだった。
「ロキちゃんもキャンディ欲しかったの?」
そう軽口を吐くものの、先ほどまで舐め唇で咥えていたミントキャンディの所為ですぅすぅとする唇は些細な風に撫ぜられるだけでも敏感になっていた。だから、ロキの吐息が私の唇を撫でるその感覚がまざまざと奔るようで、もしかしたら此の口辺はひくついているかもしれなかった。
「釈迦くん分かってないなぁ、キミが好きなのはどろっどろに、舌が爛れそうなほどに甘ったるいやつなのにね」
「いやロキちゃん、会話をしようよ」
聞く耳を持つつもりがないのだろうな。私から取り上げたキャンディを地面へと落として蹴飛ばす彼の笑っている口辺とひとつも笑っていない眼を微かに交互に見やって零した吐息もまた、自身の唇を撫でては落ちていくようだ。
ロキは、ただ自身の悪友が奪われるのが酷く腹立たしいだけ。それもかなり上位に気に入らない存在にちょっかいをだされて、我慢ならないという。それはきっと幼な子の癇癪に似ている。そういうところが可愛いくて、また少しだけ臓腑をぐらりとさせるような感覚を孕ませる。そこまで膨大な感情を向けられるあの成り上がりが、酷く羨ましくて仕方なくなる。
「なんだ偶然! どろっどろに甘いチョコレヰトを持ってるからあげようかなぁ? さぁ、食べなよ」
言いながら彼自身の指先でぺりりと包みを剥がされたそれは儘にロキの指と指で摘まれていて、ぐいと唇に押しつけられている間にも熱で溶け始めているらしかった。僅かに押し引かれるようなそれが紅を引かれているようにも思えて多少くらりとしたのは、もしかしたらロキが押し付けてくるこれが洋酒入りだからなのかもしれないだなんて思ったのは、意識の逃避じみた。
「あー……、口の中にチョコミントが発生してる……」
「あはッ、ごめんごめん、苦手だったよね。ついうっかり。でもチョコはまだたくさんあるから、上書きしちゃえばいいわけさ。ね?」
そう言いながらぺろりと自身の指の腹を汚した溶けたチョコを舐めとったロキに、心底、私とて彼を奪われたくないなぁという思いが臓腑を掻き混ぜるのだった。